第21話

 大きさは五百円硬貨程で、ゴツゴツしており、形状はまるで掘り出したばかりの鉱石のそれだった。色はラムネ瓶のような色で、半分白く濁っている。 

「これが、『守護石』?」 

 正直、これを見ても何の御利益もありそうな気がしないのは気のせいですか?海岸を歩けば、これよりもマシな色の硝子の破片が手に入りそうである。 

「我々は、単に『石』とだけ、呼んでおりますが、世間では『守護石』と呼んでいるようです」 

 占い師の自信満々な声を聞いても、未だに信じられないでいた。 

「酷な言い方かもしれませんが、貴方のお持ちのその『石』は、アクセサリーとしての価値はあるでしょうが、我々の『石』のように持ち主を災いから守るといった効果は無いでしょう」 

「災いから守る? そんな事って……」 

「信じられないのは尤もです。全ての災いから守る事は出来ないかもしれません。ですが、ある一定の災いからは守る事は出来ます」 

「おい、お喋りが過ぎるぞ」 

 人が二人入ればいっぱいになるテントに、ヨッコラショっと言いながら、先程のスーツ姿の男が入って来た。思った通りかなり体格の良い男で、無理矢理俺の横に座られた俺は、危うくクッションから転げ落ちそうになった。 

 男の無言の圧力により、俺が場所を空けると、男は胡座を組んでそこに座った。 

「なぁ、坊や、悪い事は言わねぇ、お前さんのそれを何処で手に入れたのか教えてくんねえか」 

 ずぇったい、こいつ、真っ当な職の人間じゃねぇ! 

 男は煙草に火を点けると、俺の肩を組んで来てその煙を俺の顔に吹き掛けた。 

 カーッ! 何だこいつ、感じわりいなぁ。 

 俺は肩に掛けられた男の手首を掴むと護身術の要領で一気に力を加えた。 

「イ、イテテテテ!」 

 男は煙草を口から落としそうになりながらも、俺を力ずくで押し退けた。 

 俺は押された拍子に、目の前にいた占い師に倒れ込みそうになった。そして、なんとか彼女に倒れ込むまいと必死に足掻き、命綱を掴むかの如く彼女の被っていたベールを掴み取ってしまったのだった。 

「あーーーーーっ!!」 

 目の前にいたのは、捜し求めていた人物! 内場理子、その人だった。 

「ったく、キヨさんのせいでバレちゃったじゃない」 

 もー、と内場さんである占い師が、スーツ姿の男に悪態を吐いた。 

「あー? 何だって?」 

「今のはキヨさんのミスですからね。上に報告させていただきますからね!」 

「ちょっと待て。そうは言うが、大体、君がこの子にさっさと石の入手経路を聞き出してくれりゃあ、こんな事にはならなかった筈だろ?」 

「うわぁ。……本当に内場さん、いたんだ」 

 思わず漏れた独り言に、内輪揉めしていた二人が、ピタリと固まった。 

「な、な、な、何で私の名前を!? あんたに会ったのは、今日で二度目よ。名前なんか教えた覚え、無いのに!」 

 彼女の言葉に、今度は俺の方が固まる番だった。 

 小学生の頃、クラスメートだった事を指して言うのなら“二度目”なんて表現にならないだろう。いや、それ以前に、彼女はクラスメートとしての俺には、全く気付いていないようだし……。まあ、お互いこれ程までに容姿が変わっていれば、覚えている――と言うより、気付く方が稀であろう。 

 だとしたら俺が何時、内場さんに会っているんだ!? 

「二度目って。……それって何時の事?」 

「あんたが麒翔館大の図書館で金縛りになって、固まってた時の事よ。何、あんた、そんな事も覚えてないの?」 

 呆れた様子で彼女は言った。 

「おいおいおい、そんな事まで話しちゃまずいだろうが」 

 彼女の台詞に、更に呆れた様子でキヨさんと呼ばれた男は、首を振った。 

 麒翔館大? 図書館? 金縛り? 

 俺はと言うと、内場さんが言う所の図書館での妙な出来事を思い出すのが精一杯で、そんな彼女等の様子に構っている余裕すらなかった。 

 あれだよな。『麒翔館大』の『図書館』で『金縛り』、と言えば、俺が女の霊に取り憑かれていた時の事しか心当たりはない。 

 けどあの時、あの場に内場さんはいただろうか? あそこにいたのは、元凶である女性霊と、その霊を食ってしまった――ように見えた――妙な彼女。それだけだった筈だ。 

 いや、ちょっと待てよ……。 

「あん時、とっとと逃げた女!!」 

 思わず指をさして叫んでしまった俺。 

「ご名答」 

 彼女はそう言って、肩を竦め、鼻でフンと笑った。 

「で、何であんたは私の名前を知ってるの?」 

 太々しい様子で言うと、胸で腕を組み、俺を睨み付けた。 

 内場さんって、こんな娘だったっけ? 記憶にある彼女は、暗く内気な感じの娘だった。 

 けれど今目の前にいる内場さんは、柄の悪い元気の有り余った感のある人物。まあ、さっき彼女が化けてた占い師ならば、記憶にある内場さんと言えば言えなくも無いか。 

「ちょっと、黙ってないで答えなさいよ!」 

「ぬあ!!」 

 物思いに耽っていた俺の顔の十センチ程の所にまで顔を近付けて彼女は言った。 

 ……やっぱりこいつ、昔の内場さんとは全くの別人じゃねぇか。保よ、こんなのに会いたかったのかよ? 

「ほら、これ」 

 俺は自分の携帯の待受画面を見せると言った。 

「うわっ! これって内場ちゃんが雑誌に撮られた時のヤツじゃねぇか! 何、お前、内場ちゃんの事、好きなの?」 

 横からキヨさんと呼ばれた男が俺の携帯を覗き込み仰け反った。 

 んなわきゃねぇだろ! 

 と、心の中でツッコミを入れたが、実際に言ったのは「いえ」という単純且つ適切な言葉だった。 

「でも、これを見ただけで私の名前が分かる訳ないじゃない」 

 ヒューヒューと、一人場違いな冷やかしを行っていた男に、内場さんは言った。 

「え? ああ、そう言えば雑誌にゃあ名前なんか載って無かったな」 

 先程までのふざけた様子はすっかり鳴りを潜め、最初感じた妙な威圧感を漂わせた。 

「どうなんだ?」 

 男は半眼で俺を見ると、そう言った。確かに、一般の人間からすれば恐ろしい表情だろう。 

 けれどそういう顔は常日頃から鏡や家族で見慣れている人間には、特に効果は発揮しない。 

 それに、恐らくその体付きから考えても、何かしら格闘技の経験者だとは思うのだが、今現在、男からは殺気という物が全く感じられないのだ。 

 この状態で恐がれと言われても、土台無理な話である。 

「それに最近、よくうちの大学にも来てたみたいだし」 

 どちらかと言うと、華奢な内場さんの方が、遥かに殺気を漂わせている。 

 ……って、何悠長に構えてんだよ、俺! 

 つか、やっぱり保の読み通り、内場さんは麒翔館大の学生だったか……。 

 て言うか、ちょいタンマ。俺が麒翔館大に出入りしてた事を知っているという事は、俺達が地味に目立っていたって事か? 

 そりゃ今は殆ど出入りをしてないが、一時期は自分の通っている大学が麒翔館大かの如く、毎日のように部外者が足繁く通っていたら、気付かれない訳はないよな。それにそう言えば、保のファンが麒翔館大にも出来てたもんな。目立つなって方が、無理な話か。 

「ちょっと、聞いてるの? ……あんたまさかストーカーじゃないでしょうね!」  

「ス、ス、ス、ストーカー!?」 

 俺の沈黙を、俺がうっとりと内場さんを眺めていたと思われたのか否かは定かではないが、思ってもみなかった事を言われ、思わず声が裏返る。 

 これって、余計に怪しく見えるじゃねぇかよ、俺! 

「いやいやいや! それは絶対に有り得ないから! その雑誌を見たツレが、内場さんに気が付いて、捜してたんだよ」 

 俺はその付き添い、と続けた。 

「私を捜していた、ですって?」 

 尚も胡散臭げに彼女は言った。 

「内場さん、小学生の時の事、覚えてる? 芝小だったよね?」 

「芝小? ……まあ、覚えてるけど」 

「確か三年だった筈だけど、俺、一時期内場さんとクラスメートだったんだよ。俺、片瀬亘。覚えてない?」 

「……片瀬? 何となく覚えてる気がする」 

「良かった。で、実際に内場さんを捜してるっていう俺のツレは、一緒に麒翔館大に出入りしてた奴の方。新山保って言うんだけど、覚えてないかな? 二組にいたんだけど」 

「あんたと一緒にうちの大学に出入りしてた人間は見た事あるけど、他のクラスの人間までは、流石に覚えてないわよ」 

 不機嫌そうな様子で、彼女は言った。確かに、彼女の言う事も尤もだ。そんな幼い頃の記憶、ましてやクラスメートじゃない人間の記憶なんて、よっぽどの事が無い限り覚えてる筈がないよな。 

「でも、それだけで私を捜していた理由にはならないわよ」 

 未だ納得がいかないという体で彼女は言った。 

 そりゃそうだ。同じ学校に通っていたから捜してみましたじゃ、俺だって納得出来ねぇよな。けどなぁ、まさか保が初恋の君、内場さんに会いたがって捜してた――なんて、答えようものなら、またストーカーかって、騒がれそうだしな。どう答えたらいいものやら……。 

 と、その時、内場さんとキヨさんと呼ばれた男の携帯が同時に鳴った。二人はそれぞれ直ぐに電話に出ると、二言三言話した後、慌てた様子で電話を切った。 

「内場ちゃん、悪いんだけど俺、急ぎの仕事が入ったわ」 

「ごめん、キヨさん。悪いんだけど私、急いで行かなくちゃならなくなったの」 

 と、二人が早口で同時に言った。普通なら笑ってもおかしくないシチュエーションだが、逼迫した空気がそれを許さなかった。 

「と、言う訳だ。話は今度聞かせて貰うから、帰ってくんねぇか」 

 俺を押し出すようにテントから出すと、男は一人でさっさとテントを片付け始めた。しかもその脇では、内場さんが着ていた衣装を無造作に脱ぎ始める。 

 若い娘が、何て事をしているんだ!?――と思いつつも、チラチラとその様子を見ていたら、何の事はない。中からジーンズとシャツを身に着けていた。 

「じゃ、内場ちゃん、悪いけど俺は先に行かせて貰うよ」 

 そう言って手を振り急ぎ足で立ち去った。 

 内場さんも脱いだ衣装と男が片付け終えたテント――意外に軽いらしい――を一纏めにして肩から担ぐと、急ぎ足で立ち去ろうとした。そんな彼女を慌てて俺が追い掛けると、テントを設置していた敷地であるオフィスビルに入って行った。 

 彼女は顔パス。当然ながら、俺は入口で止められた。 

 暫くして手ぶらで戻って来た彼女は俺に気が付くと、近寄って来て言った。 

「今は時間が無いから。悪いんだけど、その石は預かっておいて」 

 俺が手にしたままだった彼女の言う本物の『守護石』を指し、言った。 

「え? でも」 

「絶対、肌身放さず持っててよ。売ったりしようなんて考えないでよね」 

 チラッと考えなくもない事を先に釘を刺され、笑うしかなかった。 

「じゃあ、連絡先教えてよ」 

「その石をこちらから取りに行くから、その必要はないわ。じゃ、くれぐれも石をちゃんと持ってるのよ!」 

 最後にビシッと指差し、内場さんは立ち去った。 

 後には、俺と、得体の知れない石が一つ残されたのだった。 



     * 



 結局、吉元さんが階段から突き落とされた時に残された石の手掛かりが、何等掴めないままの結果に終わった日の翌日。大学に行くと、昨日にも増して、俺は自分に注がれる妙な視線に悩まされていた。 

「カタやん、お前なかなかやるな!」 

 その日の午前中最後の講義であるマスコミ論の講義終了後、欠伸をしながら片付けをしていると、肩を叩かれた。 

 そこには及川のみならず、近藤や保までが揃って立っていた。 

 及川の言葉に訳が分からずにいた俺は、何故かそのまま三人に学食に連れて行かれ、皆にトンカツ定食を奢って貰う羽目……いやいや、事となった。 

「なぁ、何で奢ってくれるんだ? き、気味が悪いなぁ」 

 近藤は、まぁ、食え、とばかりに箸立てにある箸を取り無理矢理俺に握らせた。 

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