イカロスの戦線

COTOKITI

第1話 飛び立ち

我々は今までに何機墜とした?

そして何人殺した?

母艦で挨拶を交わした戦友が帰って来なかった時は何度あった?


そう自らに問い掛ける度、あの嘗ての戦いの日々が思い浮かぶ。

狭いコックピットに座り、操縦桿を握り、全周型モニター越しに幾万の死を見てきた。


一つ、確信している事があるとすれば、あそこには間違いなく主人公なる者はいなかった事だ。

物語には必ずたった一人の主人公が存在する。

しかし本当の戦場には主人公だなんて奴は一人としていなかった。


あの荒れ果てた大地に眠る英霊達全員が主人公であり、脇役なのだ。

それと同時に悪であり、善でもある。


そう、確かあの時我々はまだ第二世代機に乗っていた。

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《地球、旧アメリカ エルドリッヒ企業軍アラスカ基地》


北米大陸に支部を置いている企業、エルドリッヒの所有するアラスカ軍基地。

荒野を包み込む静寂を何かの駆動音が破った。

アラスカ基地の一角にあるだだっ広い訓練場にその音の発生源が複数隊列を組んで直立していた。


「戦闘区域に突入!対AS戦闘用意!」


『AS』。

企業軍が宇宙への進出に伴って他の惑星での戦闘に備えて開発した兵器。

コンセプトとしては未開拓の地でも戦車や航空機よりも素早く戦力を展開し、陸上兵器の中ではずば抜けた機動力と多彩な装備による汎用性を活かして様々な任務で運用するというものだ。

因みに正式な名称は『人型機動多目的兵器』。

ウチだけの話かもしれないが、どうも技術屋連中はこういう言い回しが好きらしい。


今乗っているのはその第三世代機にあたる。

宇宙軍とは違ってこっちは陸軍の為、受領は大分遅れていたが、漸くこのアラスカ基地にも来た。

機体名は『MESTA/56G FIREFLY』。

従来のF型よりもジェネレーター出力が向上し、スラスター推力も格段に上がった。


それでいて植民惑星『FR-1』にて生産しているマレリウム合金を使用、軽量化に成功しており、推進剤の容量や装備、弾薬の携帯数を増やす事で航続距離、継戦能力の向上に成功している。


ただ、欠点はジェネレーターの熱量に従来の冷却装置では力不足であり、オーバーヒートを起こしやすくなっている所だ。


「隊形を崩すな!間も無く接敵するぞ!」


「了解!」


広く間隔を開けながら六機のファイアフライは隊形を組み、荒野を飛んでいく。

足裏と腰部のスラスターが下に向かって噴射し、機体が浮かび上がっている。


そこから更に背部のメインブースターが機体に速度を付与する。

これによってASは高い機動力を得ている。


「スポッターを射出しろ。 敵はファーストトレンチで待ち構えている筈だ」


ファイアフライの首元あたりから小型の無人機が複数射出され、前方の偵察へと向かった。

『スポッター』と呼ばれる無人偵察機が飛び立ってからしばらくするとコックピット内の全周型モニターに六つの赤い菱形のマークが表示され、レンジファインダーが対象との距離を知らせる。


スポッターは昔は無かったがあると無いとでは大分安心感が違ってくる。

何しろ最近のは索敵だけでなく周辺地形の調査や地雷などのブービートラップの探知に複数機による撮影を行い、その情報を即座に送信できるようになっている。

それにECMによりレーダーが使用不可な状況でも使えるというのも強みだ。


「散開しろ!」


そう言うとファイアフライは二機一組に別れて敵の潜む塹壕へ突撃する。

相手もこちらを捕捉し,すぐさま弾幕が襲い掛かって来る。

演習用の模擬弾とはいえ,毎分数千発で放たれるガトリング砲の40mm弾によって生み出される制圧射撃は心理的にも大きいダメージを与える。

それを攻撃側はジグザグ移動で躱しながらファーストトレンチに肉薄する。


距離2kmで使用火器の有効射程に入り、FCSが対象を捕捉した。

ファイアフライの両手に握られていた57mmAS用短機関銃の銃口を前方でガトリング砲を構える敵ASに向ける。


「俺から撃つ!お前はタイミングを合わせろ!」


《り、了解!》


バディと縦一列に並び、第一射を俺が撃った。

ボックスマガジンから薬室に供給された57mmの演習用弾が工事現場のドリルのような音と共に撃ち出される。


自分が今何発撃ったのか、それが分かるほどに反動がコックピットにまで伝わって来た。

ファーストトレンチにいる敵はこちらの射撃に気付くと慌てて中に隠れた。


そして今度は後ろにいるバディが同じ場所に、同じ弾数を発射する。

だが、弾は狙っていた場所よりも離れた場所に着弾した。

最早ばら蒔いていると言っていい程の集弾率。

パイロットの訓練不足が見て取れた。


「何をしている!まるで当たっていないぞ!」


《す、すみません……!》


「あぁ!もういい!近接戦闘に持ち込むぞ、着いてこい!」


部下に腹を立て、ヤケになりながらも塹壕に潜む敵機の位置を確認し、次の指示を出す。

隊長機により命じられた僚機は背部に格納していたロケットランチャーを展開する。

ASの右肩から砲口を覗かせるロケットランチャーの薬室に回転式の弾倉が回転し、一発目が装填される。

FCSがレンジファインダーにより得た敵機の位置情報や機体の速度、風向き等の情報を基に弾道を計算し仰俯角を調整する。



全周型モニターに映る全ての敵機がロケットランチャーの射程圏内に捕捉された。

すかさず隊長が発砲を命令し、六機のASから無誘導ロケット弾が弧を描いて撃ち出される。

230mmのロケット弾が時速700kmで飛翔し、塹壕へと降り注ぐ。

巨大なHE弾の直撃にたかが溝を木材で補強しただけの塹壕が絶えれるはずもなく、塹壕がただのクレーターに塗り替えられていく。


この砲撃にたまらんと塹壕から飛び出す敵機を視認するとスロットルレバーを押し倒し、加速する。


「全機突撃、体制を立て直される前に片付けるぞ!」


全弾撃ち尽くしたロケットランチャーを再び格納し、57mm短機関銃を両手に粉塵の中へ突っ込む。

中に入れば案の定敵機がパニックを起こして右往左往していた。

既に予想済みであった光景を見て隊長は別に何か思うわけでもなく黙々と容赦なく57

mm弾を敵機の背後に叩き込む。


敵側の無線はもう阿鼻叫喚と表現するに相応しい混沌っぷりを見せていた。


《て、敵はどこだ!何も見えないぞ!》


《駄目だ!動きに着いていけねえ!》


《二番機と三番機を喪失!俺ももう――――》


模擬弾が命中し、撃破判定が出た為、次々と僚機の無線が途絶える。

三機、二機、一機とその数は減り、呆気なく隊長機によって撃破された。

何から何まで予想通り。

何の意義も感じない戦いだった。

弾薬の無駄遣いと兵站部から怒られてもおかしくはないだろう。




訓練を終えたASが基地に戻り、ハンガーへと入っていく。

ハンガーにASを駐機させると、コックピットのハッチを開き、整備兵の用意した階段から降りる。


整備兵に群がられるファイアフライを背にパイロットジャケットを脱ぐとそのままそそくさと自分の部屋へと向かった。

辺りに負のオーラに近い何かを撒き散らす彼に他の整備兵も僚機のパイロットも近付こうとは思わなかった。

まるで放射性廃棄物のような扱いだ。


兵舎の二階に彼の自室がある。

隊長だから何か特別という訳でもなく、一見も二見もしようがただの一人部屋だ。

良く言えばシンプルイズベスト。

悪く言えばみすぼらしく、素朴。


一人暮らしの大学生の男の家を連想させるような見た目をして無駄は全て取り払っている。

あるのはベッドと冷蔵庫と机、そしてその上に業務用と暇な時のネットサーフィンに使う型落ちのノートパソコン。

冷暖房設備等を除けばざっとこんな感じだ。


そしてこの部屋に入ろうとする者も1人としていない。

少しでもヘマをやらかせば殴られるとでも思っているのだろう。

安心して欲しい。

殴りはしない、というより殴れないのだから。

ただ、常日頃苛立っているのはそれが原因だが。


ジャケットを脱ぎ捨て、そのままベッドに潜り込む。

訓練で余計に溜まった鬱憤をこうして不貞寝をする事で消化している。

この行動に対する意味を考えるのは余計にストレスが溜まるので考えないようにする。


暫くベッドに突っ伏していた後、兵舎の放送が鳴った。

基地司令からの呼び出しだ。

この時間帯には特に仕事は無かったはずだが。


疑問に思いつつも制服に着替え、基地司令のいる司令官室へと向かう。

夕方になり、日光の差し込む廊下を歩く。

一歩二歩、歩く度に軍靴が音を鳴らす。


ハエ一匹といない空虚な廊下を歩きながら、ふと左側の窓の方を向く。

数百年前から現在に至るまで唯一見た目が変わる事の無かった、その名も太陽が彼の眼前に輝いていた。


紅く染まる荒野を見渡していると、まるで絨毯爆撃か、砲兵隊の一斉射撃で火の海となった大地のように見え、あの時を……忌むべき過去を思い出した。


『FR-1戦役』


今より六年前の2980年に起きた戦争。

国家の復活を目的とした大規模な武装勢力、『三銃士』とエルドリッヒの戦いはFR-1だけでなくその周辺の宙域までをも巻き込み、ここ数十年で最も大きな宇宙戦争としてアルビスの記憶にも新しい。


当時彼も少尉としてその戦いに参加していた。

宇宙での戦いは凄まじかったの一言に尽きる。

星の数ほどの戦闘機の群れが互いに交差し、曳光弾を撃ち合った。

そこから更に離れた場所で何百隻という軍艦が撃ち合い、粒子砲弾と対艦ミサイルが川の濁流のように押し寄せては暗黒の宇宙を一瞬だが紅く染めた。


実際に参加したのは地上での戦いだったが、彼はこっちの方が恐ろしさをもっと理解している。

夥しい数の曲射榴弾とミサイル、APFSDSが襲い掛かり、MBTに匹敵する複合装甲を持つ筈の追加装甲持ちの第二世代重量型ASを揃えた機動装甲師団が一瞬にして木っ端微塵になった。


圧倒的密度の砲撃を針の穴に糸を通すかのように掻い潜り、砲兵隊の横っ腹に76mmアサルトライフルを叩き込んだとて今度は敵のAS部隊が津波の如く押し寄せてくる。

これほどの激戦を繰り広げても、エルドリッヒは戦局を覆すことは叶わなかった。


三銃士の力を見誤っていたエルドリッヒは第一次降下作戦で出鼻をくじかれ、その後の第二次、第三次降下作戦も失敗に終わった。


追い詰められたエルドリッヒは第四次降下作戦『レインボー作戦』に総戦力の殆どをつぎ込み、果てには禁忌とまで言われた最終兵器、超大型衛星軌道砲台『エスペランサ』までを持ち出し、三銃士への総攻撃を行った。


その結果は相討ち。

エルドリッヒ側は総司令部を潰されたこと、三銃士側は本拠地をエスペランサによってリーダーごと蒸発させられたことが敗因だった。


エルドリッヒは総戦力の七割を失い、残りの三割は幸運にも三銃士の追撃艦隊から逃れることができ、帰還に成功した。

リーダーを本拠地丸ごと失った三銃士はそのままなし崩し的に瓦解し、今ではFR-1上に点々と存在する小規模な組織しか残っていない。

この結果を見れば、案外マシな終わり方だったのかもしれない。




「アルビス・ドルターク大尉です」


思い出に浸っている内に司令官室に着いてしまった彼は目の前の小洒落た作りの木製の扉をノックした。


「おぉ、来たか。 入れ」


しっかり入室の許可を頂き、慣れた手つきで扉を開ける。

その先には執務机。

と、そこで革張りの椅子に座っているこのアラスカ基地の司令官がいた。


「本日は、どう言ったご要件でしょうか」


自分がいつも立つポイント、執務机から3m離れた場所から先程まで執務をしていたのであろう基地司令を見下ろす。


「単刀直入に言おう、宇宙軍の方から辞令が下った。 お前には明日から『ラオ』へと向かってもらう」


人生の転換点とやらは、随分と唐突に、そしてあっさりとやって来た。






















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