人工知能が描く未来

那古野 賢之助

前編 - 映画のチケットの行方



人工知能は人の模倣である必要はない。


実際に大規模なネットショップでは、会員の閲覧履歴や頻度や人数をもとにニーズの高まりを察知し、購入される前に会員の近隣の倉庫まで事前に移動させる。これを推測、及び学習をする人工知能によって行なわれているというのだ。


購入した商品をユーザーに少しでも早く届けるために。



+ + + + +



朝日が眩しい。気持ちよく寝ていたというのに不快感に目を覚まされて、手探りで元凶を探ると、スマートフォンが振動でメールの受信を知らせていた。仕事に関わる緊急の連絡だといけないので、仕方がなく開いて内容を確認すると、ネットショップからの通知だった。


『新サービスのテスター利用期間が終了しました』


私は、ちょうど1ヶ月前から人工知能を利用を開始していた。ネットショップの新しいサービスをテスターとして体験利用していた。今朝の6時で利用期間が終わったというのだ。この1ヶ月間、私はとても不思議な体験をした。


この新サービスを簡単に説明すると、生活などに必要な物が届く自動宅配サービスだ。テスター利用ということで私から費用を支払う必要がなく、届く全ての商品が無料だというので、いつもネットショップを利用している私は迷うことなく応募したのだ。


自動宅配サービスとは不思議なもので、例えば歯磨き粉が切れそうだという日の朝に、注文しなくても商品が届く。それだけではない、食品や日用品も全て必要だと思う時には手元に届いているのだ。


最初は、私の今までの購入履歴の頻度から予測して、必要なタイミングで届けているのかとも思った。だがサービス利用開始から3週目にして、私の予想は裏切られた。


2週目の最後の夜に私は大学時代からの友人と遅くまで酒を飲んでいたのだが、3週目の最初の朝には胃薬が届いたのだ。人工知能の予測は4週目に入るとさらに過剰となり、友人から自宅で飲み会をしようという誘いの電話が入る前に、酒が届いたくらいだ。私自身の記憶にないがスマートフォンで酒を検索したのだろうか・・・。




自動宅配サービスが今朝で終了となったものの、まだ元の生活に戻る不便さを感じることもないまま、私は朝の支度を済ませ、職場へ向かうために玄関を出る。住んでいる集合住宅のエントランスでポストを確認する。少し背伸びをして借りている家賃高めの、この賃貸マンションでは受付のコンシェルジュが受け取りをして荷物の振り分けまでしてくれる。ネットショップを高頻度で使う私にとっては、とてもありがたいシステムだ。


今日は封筒が2通と、小さな箱が届いていた。


封筒と小さな箱を開けると、クレジットカードの支払明細など事務的なものを除くとネットショップの送り主から3つ届いていた。自動宅配サービスは今朝終了しているが、おそらく昨日の夕方以降に届いたのであろう。つまり、自動宅配サービスの人工知能が最後に出した私に必要なものというわけか。


・映画の試写会のチケット2枚

・シンプルなハンカチ

・絆創膏


随分とロマンチックな予測をしてくれたようで、映画に彼女を誘って、映画に感動して泣いたところでハンカチを渡して…、絆創膏は何に使うんだ。よく分からないが何か起こるんだろう。ここまでくると予測を超えて予言の域に達している。そもそも生活必需品じゃないものが届くって、プレゼントであってサービスではないじゃないか。


この忙しい朝の時間帯に、わざわざ部屋に置きに戻るのも面倒なので、その場で箱と納品書を破りエントランスに設置されたゴミ箱に捨てて、届いたものはポケットに入れて駅へと向かった。




IT関連企業に勤める私は一日中バタバタしている。それこそ、私的なことを考える時間などないくらいだ。私は朝の出来事など忘れて仕事に集中して1日を過ごしていた。こんな働き方をしているせいか、どうしてもプライベートがおろそかになってしまう。


私は交際相手がいるのだが、なんとも難しい時期にある。お互いに仕事を優先するものだから、付き合い始めの楽しい時期が終わると、あとは惰性のような付き合いが続いている。連絡も取らないので今も交際中なのかすら怪しいと思う。そんな相手と、今更、自動宅配サービスの人工知能が予測するようなロマンティックな展開など起こるはずがない。




さて帰ろうかと準備を始めて、ようやくそんなことに思考を巡らせていのだが、仕事が終わった今になっても映画のチケットが必要になるような展開は無い。


個人的には人口知能とはいえ、女性との交友関係に首を突っ込まれたようで、面白くない気持ちもある。それが理由だと言うつもりはないが、同僚の女性に映画のチケットはプレゼントしてしまった。


交際相手と行けば良いじゃないか、と感じる人も多いかとは思うが、彼女は仕事に熱心な性格で、休日も私との時間より、勉強会や交流会などのイベントを優先するのだった。それに対して私は、彼女の仕事を頑張っている姿が好きだ、尊敬しているとは口では言うものの、寂しさを感じないわけがない。古い考えかもしれないが、男の私が寂しいと言って、相手の負担になることも嫌なので、その気持ちをついつい隠してしまうのだ。


そんなことを考え、職場から家に向かっている時に、彼女からメールが届いた。





『映画のチケット届いた?』

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