センパイとチッパイ
夏目咲良(なつめさくら)
センパイとチッパイ
それは、乳というにはあまりにも、大きすぎた。大きく丸く分厚く柔らか過ぎた。それは、正に肉塊だった。
「……わたしの胸、どう思う?」
あずさ先輩は、興奮を抑え切れないと言った風に訊いて来た。たわわに実った果実のとてつもない質量を背中に感じる。香水かシャンプーか、凄く良い匂いがする。色っぽい吐息と長い髪が首筋に当たってくすぐったい。
『昼休み、武道場で待っています』
同級生から渡された手紙に従い、そこまでやって来て待っていたら、いきなり後ろから抱きつかれたのだ。
思ってもみないシチュエーションに最初はドキドキした、でも、だんだんと冷静になるにつれて怒りがこみ上げてくる。
腰の辺りに廻された先輩の手をゆっくりと解く。
そして、一瞬で彼女の後ろに廻ると、右手首を極め、肩を押さえつけた。
先輩が色っぽい悲鳴をあげる。
「痛い!痛いわ!アキラさん!」
「凄く大きいですね自慢ですか嫌がらせですかあたしにそういう趣味は無いので二度としないで下さい分かりましたねそれじゃあ失礼します!」
一息に言い捨てると自慢のバストをぶるんぶるん荒ぶらせながら、大げさに痛がる先輩を床に放りだし、あたしは道場を後にしようとする。
(ああ、もう!)
自分の迂闊さを呪い、こんな風に産んで育てた両親をちょっとだけ恨む。
名前が石松(いしまつ)晶(あきら)という漢を感じさせる名前だろうが、誕生日が
5/5だろうが、ショートカットだろうが、背がクラスで一番高い割に胸の成長と反比例していようが、あたしはれっきとした女だ。ラブレターらしきものを貰ったら、胸が高鳴りもする。中学時代に貰ったラブレターの相手が全員女子だったこともすっかり忘れるほどに。
何か泣きたくなってきた……。
屋上にでも行こうか。そうしよう、涙がこぼれないように、上を向いて。
(え?)
微かな物音がした。あたしは思わず、振り返る。が、そこでは先輩が座り込んでシクシクと泣いているだけだ。それは無視してさらに視線を巡らせる。
(まさか……)
漫画だったら、電球がピカッと点いているところだ。
あたしは、用具を置いている倉庫に向かう。
ガタッ!
今度はハッキリと音がした。人の気配も感じる。
あたしは倉庫の両開きの扉に手をかける。開かない。
わずかな隙間に指をねじ入れ、今度は全力を込めた。
「うぉぉぉぉぉっ!」
思わず、声が出た。
ゆっくりと、確実に扉が開いて行く。
「ちょ、マジで?」
「嘘だろ?」
そんな男子の声が聴こえた。
「あんた達何してんの?」
左右で扉を押さえていたであろう男子が二人と正面に何かを隠すように、床に這いつくばった男子が一人、計三人。
その中の一人が見知った顔、手紙を持ってきたヤツだったことと、床に置いてあるデジカメを見てあたしは自分が完全にハメられていたことを悟った。
「全部、アンタ等が仕組んだ訳ね?」
自分でも声が低くなっているのが分かった。
逃げないように、男子三人を視線で牽制し、ゆっくりと倉庫の中に足を踏み入れる。
「それは違うわ、アキラさん。わたしが命令したのよ」
「乳(ちち)神(がみ)様!」
突然、すぐ後ろから聴こえた声にビビりながら、あたしは振り返る。
そこにはいつの間にか立ち直った、あずさ先輩が立っていた。長い髪をかき上げ、胸を張るその自信満々っぷりが異常にムカつく。
「貴方達、、信者以外の者がいる前では、『あずさ様』と呼びなさいと言ったでしょう?『乳神様』なんて、本当のこととは言え、恥ずかしい」
「申し訳ありません、あずさ様!」
いやいやいや。どっちにしろ、恥ずかしいじゃん!
盛大に突っ込みたくて仕方ないけど、いきなり出現した妙な世界観に気圧されて、何も言えなくなってしまう。
「……えーと、一体、どういうことですか?……あずさ、先輩?」
自分も『乳神様』とか『あずさ様』とか呼ばなきゃいけないのかなあと一瞬考えてしまい、たどたどしい言い方になってしまう。だって、何か怖いし!
「それは、もちろんわたしと貴女が愛を交わした瞬間を記録してもらう為……」
「ストップー!」
気圧されるなんて、言ってる場合じゃない!『交わした』って何?事実無根の発言にあたしは異議を唱える。
「あたし、ハッキリと断ったじゃないですか!その上、隠し撮りさせるなんて何を考えているんですか!」
「ですから、わたしと貴女の愛の記録を……」
「してねーってんだろうが!」
遂にあたしはキレた。どうやら、この『乳神様』には、話が通じないようだ。まったく、これだから胸ばっかに栄養の廻っている人は……。
べ、別に羨ましくなんか無いんだからね!
「と・に・か・くっ!アンタ等は、撮影器具を全部寄越しなさい!大人しく寄越さない場合は、どうなるか、分かるよねえ?」
あたしは、指をボキボキ鳴らした。三人だろうと、コソコソ隠れて写真を撮るような男子に負けるはずが無い。というより、後ろにいるあずさ先輩の方がよっぽど怖い!
男子三人があたしの前に並んで立つ。その顔には強い決意のようなものが浮かんでいた。
「我等は、『あずさ様』に忠誠を誓い、女性の乳を愛でることに生涯を捧げる事を誓った同志であり、乳(にゅう)友(ゆう)だ!生きるも死ぬも同じ!」
言動にちょいちょいよく分からない単語が入るけど、とりあえず勇ましげなことを口にする三人。
やる気なの?あたしは身構えた。
「お願いです!僕達の話を聴いて下さい!」
「弱っ!」
三人は、揃って床に額を擦り付け、土下座しだした。
予想外の展開に戸惑ってしまう。
「今、この学校には二つの勢力があります。その争いを止めるには、あなたと『あずさ様』の力が必要なのです!」
「……はい?」
何か、急に話が大きくなってきたし。凄く下らないような気もするけど、一応聴いて置こうか。
「古来より我々には、二つの宗派があります。『巨乳派』と『微乳派』です」
「……へえ」
微乳という響きに若干、胸の痛みを覚えるものの、一応相槌を打つ。
「『微乳派』は十五年ほど前まで、ほんの僅かな信者の集まりにしか過ぎませんでしたが、ここ数年勢力を増してきており、この学校に限れば、『巨乳派』信者の数とほぼ、五分と五分です。漫画、アニメ、美少女ゲーム、グラビアアイドル、いろいろなメディアで信者同士の争いは繰り広げられてきました」
「……それで?」
「先人達も我々もずっと悩んできました。何故、同じ女性の乳を愛でる者同士で争わなければならないのかと!そして、ある日答えを見つけました!」
熱っぽく語ってきた男子のテンションがどんどん高くなって来る。
「それは、『微乳派』の『乳神様』を探し出すことです。今までも候補となった女性はいましたが、年齢や倫理的な『それはマズイだろう』という理由で見送られてきました。そして、争いは激しさを増すばかりでした。ですが、我々は遂に見つけたのです。年齢制限も倫理もクリアーした至高の微乳を持つ女性を!そして、今日、その方と『あずさ様』を引き合わせることに成功しました!」
「……」
人間、怒りを通り越すと、言葉が出なくなるということにあたしは今日初めて気付いた。いつの間にか握りしめていた拳が音を立てる。
「分かりましたか?アキラさん。わたしと貴女が愛を交わしたのは運命だったのですよ」
あずさ先輩の言葉にもう突っ込む気にもならない。今は、来るべき時に備えて力を溜めるだけだ。
「アキラ様!あなたこそ『微乳派』の『乳神様』です!『あずさ様』と共に我々を導いてくださ……。ウボァー!」
あたしの拳が目の前の男子にめり込んだ。お腹を押さえながら、倒れる男子。
「微乳、微乳ってうるせえんだよ!そんなとこ、褒められて嬉しい訳ねえだろうが!」
あたしは、残った男子二人がビビるのをほっといて、倉庫の奥に進んだ。そして、目障りだなあと思っていた、マットの上に置かれた物体を掴む。
それは、こいつ等の誰かが持ち込んだであろう抱き枕。水着姿の巨乳グラビアアイドルの写真に文字がプリントされている。
『童貞殺し』と。
『童貞殺し』を肩に担いであたしは言った。
「さあ、どっちから先に殴られたい?」
その後。
いろいろと心に傷を負ったあたしが聞いた噂によると。
あの日、残った男子をボコっている間に姿を消していたあずさ先輩は相変わらず、『乳神様』として信仰の対象とされているようだ。
まあ、もう勝手にすれば良い。
べっ、別に悔しく無いし!
負け惜しみかも知れないが、女の価値は胸の大きさだけでは無いと思う。
だから、あたしは名前が石松晶だろうが、誕生日が5/5だろうが、ショートカットだろうが、背がクラスで一番高くて、胸の成長と反比例していようが。
そんなこと、関係無しにあたしを好きになってくれる人が現れることを信じている。
センパイとチッパイ 夏目咲良(なつめさくら) @natsumesakura
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