私に、できるかな(4/4)
「……ごめんね。靴とズボン、
「気にしないで。これぐらい、少ししたら
また少し、
どうしたものかとケントが考えあぐねていると、だいぶ落ち着いてきた様子のリアが話し始めた。
「……あの人達にからかわれることは、前からあったの。でもちょっと馬鹿にされるぐらいで、全然気にしてなかった」
落ちこぼれの期間が長いと、よくも悪くも神経がずぶとくなる。少々の
落ちこぼれと天才。正反対でいて、その実、
だからこそケントは、リアやマルティナに今まで誰にも感じたことのなかった何かを感じる。目立ちたくて目立っているわけではない。自分は精いっぱいやっているだけなのに、周囲から向けられるのは
「でも流石に、鞄を隠されたのは
その鞄は今ベンチの一角を
「あの人達の言ってることは正しいよ。ケント君と同じ
「だから、結果を出せたのは私の力じゃないみたいに言われて……悔しくて……」
本当に努力したからこそ、そう思える。苦しくても、頑張ることを止めなかったからあの結果がある。
今まで誰よりも自分を信用していなかったのは自分だ。それが、今回の件で少し信じてもいいかもしれないと思えた。その自信の
「――前にも言ったけど、僕は頑張り方を教えただけだ。頑張ったのはリアだ。あの結果を出せたのは僕の力だけじゃない。十一班の、僕と、リアと、マルティナの力だ」
一人の力ではない。三人の力だ。その
「……見返してやりたいなぁ」
ぽそりとリアは、遠くの方を見ながら
「あの人達がもう馬鹿にできないぐらい強くなりたい。もう落ちこぼれじゃないんだって。努力したら、ヒトは変われるんだって見せつけてやりたい」
そして、視線をケントの方へ。
「私に、できるかな」
少し
魔法が苦手な落ちこぼれのマギアス。
――踏みにじられた新芽は、より太く、強くなり、
「それはリア。君しだいかな」
そしてケントはベンチから立ち上がった。
何を心配することがあろうか。事実、彼女はケントが何をするでもなく立ち直ってしまった。
立ち上がった視線の先、
「――よかった。僕だけじゃなかった」
その赤髪をポニーテイルにしたリザイドの少女は、二人に気付くとケントと同じように笑顔を浮かべて
何も約束などしていなくても、三人は自然と同じ場所に集まった。それが
人種も違う、性別も違う、学科も違う二人ではあったが。シファノス陸軍学校に入学して一年と少し。ケントに初めて友達ができた。
こちらに歩み寄ってくるマルティナに片手を上げて応え、ベンチに座るもう一人の友達に手を差し出す。
「さ、中間試験に向けての
ケントは少しばかり思い違いをしていた。彼女がなぜ、こうも力強く立ち直ることができたのかを。
リアだけでは、こうはいかなかった。誰かが、
「――うん!」
差し出された手を取る。リアより一回り大きくて、どれほどの時間木剣を振ったのか分からないくらい
その熱を感じただけで、リアの心臓が
リアが立ち上がるとあっけなく離される手。この手をずっと
「まさか二人ともいるとは思わなかった。どうにも自然と足が向いてしまってな。それが私だけじゃなくて、なんというか、少し嬉しい」
自分から言っておいて少し
「って、どうしたんだ。靴がびしょ濡れじゃないか」
「ああ……リアの鞄が噴水の中に落ちちゃったんだ。だから取りに入った」
ケントがベンチに置いてある鞄を目線で示すと、マルティナは
マルティナ相手に隠すようなことでもないとは思うが、せっかく明るくなった雰囲気を
「しかし靴を脱いで入ればよかったんじゃないか?ちゃんと乾かさないと臭うぞ」
「はは、そこまで気が回らなかった」
苦笑しつつ、鞄を手に取る。水を吸っているせいでずっしりと重い。
「中にも風を通さないとな。リア、ちょっと開けて中身出すよ」
「あ、う、うん。分かった」
少しばかりぼぅっとした様子のリア。それをまだ先ほどの
水を吸ってよれよれになった
「筆記用具はともかく、やっぱり紙はもう使えないな……」
もうすでに大半が使用済であったのが不幸中の
なんとなしにケントはそのリアの努力の
「……ずいぶん
一枚一枚
もとよりリアは字を書くという
「本当だ。教本の魔法文字そのままじゃないか。こんなに
「まぁ絵を描くのは嫌いじゃないけど……」
「はは、僕はからっきしだから、機会があったらリアの描いた絵を見てみたいな」
「うえぇ!?そ、そんな上手じゃないよ……?」
魔法の腕は魔法科にも引けをとらないケントだが、それとこれとは話は別。絵が上手い者は魔法が得意ということがないように、魔法が得意な者が絵が上手いということもない。
「でもこれだけ
そこでふと、ケントは思い
「これだけ綺麗で正確に魔法文字を書けるなら、あるいは……」
「……ケント君?」
急に声のトーンを変えたケントにリアが
「試験で使えるかどうかは確認してみないと分からないか……でも自分で作った物ならたぶん大丈夫なはず……」
「おーい、ケントくーん?」
一人でブツブツと
「次の中間試験の
「え……ほ、ほんとに……?」
次の中間試験では、魔法師同士の戦いが必ず発生する。そして魔法師同士の戦いとは、相手の行動をどれたけ先読みできるかを
「中間試験!私もその話がしたかったんだ!」
はたと思い出してマルティナも声を上げる。もとより、その話をしたいがためにケントらを探していたらしい。
「中間試験は
マルティナが自分の手の平に視線を落した。一週間の型の訓練によって、その浅黒い肌に
その痛む手を、
「――一週間で私はこれだけ成長できた。なら、前期中間試験までの一カ月と少し、真剣に努力すれば……この潰れた
マルティナとリア、二人の落ちこぼれには決定的に足りないものがあった。今回の小隊演習はその足りないものを二人に取り戻させた。
私ならできると。もっと上へ行けると。自分を見限らず、変われるのだという自信を――
「教えてくれケント。私は何をすればいい?どうすればもっと強くなれる?どうすれば君のようになれる?」
「ケント君。私にも教えて。私も……ケント君みたいになりたい!」
もはや二人は、ケントが自分達落ちこぼれとは違う、天才という
彼がいつも
彼が空いた時間に投影魔法を使っているのは魔法の精度を上げるための訓練をしているからだと知っているから。
二人の訓練を見守りながら、自分も筋力トレーニングに
人間。マギアスのような魔法適性も、リザイドのような
ケント・バーレスは天才ではない。彼の強さは、果てしない努力の
「……………」
しばしケントは言葉を失った。
天才だからと、まるで自分達とは違う存在であるかのように
そして思い出した。自分がなぜ、ここまで努力しているのかを。
「ケント君……?」
不意に
昔言ってもらえたその言葉に、ケントが今も応え続けているように。
「大丈夫。君達ならできる」
――お前ならできる。
そう言って、すっかり
「見返してやろう。君達自身の力で!」
力強く
そして、その日から前期中間試験へ向けての
数日後、二年の前期中間試験の対戦相手が発表された。
ケント達十一班の対戦相手は同じく三人班の十四班。
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