07『時は止まることなく過ぎていく』


 あず姉の他愛のない話に適当な相槌あいづちを打ちながら歩いていると、次第に桜満開の並木へと入る。

 街灯の明かりに照らされた桜は昼間とはまた違うおもむきがあって、

 昼間の桜が清らかに美しいのであれば、夜の桜には艶やかなうるわしさがあった。


 普段こんな時間にこの並木を通ることもないので、

 物珍しさで頭上の桜に視線を巡らせていると、ふと隣を歩くあず姉が問うてくる。


いつきくんはさ、なんで生徒会長になりたいって思うの?」

「そりゃ学校によりよい環境をだな」

「うん、嘘だよね」

「えぇ、なんかひどくない?」


 あまりの切り返しの速さに、思わずバッサリと傷を負ってしまった。

 そんなに信用なりませんかねぇ、ボク……。

 俺がじとっとした目を向けていると、あず姉はくすっと笑う。


「さっきも言ったでしょ、いっくんはわかりやすいって」

「……そうですか」


 言葉や行動の裏を見通されるのはあまりいい気分じゃない。

 なにをするにも見透かされているようでなんだか気恥ずかしかった。

 だから、俺はふいっと顔を逸らして視線から逃れるように呟く。


「指定校推薦のために内申が欲しいんだよ」

「ふぅーん、それだけ?」

「なにが……」

「だって、いっくんの成績なら大きな問題でも起こさないかぎり推薦とれると思うけど」

「……あず姉が思ってるより問題児らしいんだよ」


 今日、剛力に言われたことを思い出した。

 俺も自分が問題児扱いされていることに納得はいかないけれど、

 この追求を逃れるにはちょうど良かった。

 だから、別に他の理由なんてない、と。

 話を切り上げるように、少しばかり歩調ほちょうを上げた。


 やがて、並木を抜けると河川敷へとやって来る。

 もうこの橋を渡れば、家はすぐ近くだ。

 と、橋の折り返し辺りまで来たときに、あず姉が思い出したように口を開いた。


「そういえば、陽葵ひまりちゃんと同じクラスなんだってね」

「……ああ」

「私まだ会えてないんだぁ。陽葵ちゃんが引っ越しちゃったのって低学年の時だからもう十年ぶりくらいかー」


 あず姉は頬を緩めて、懐かしむように言う。

 俺と水篠が幼馴染であるのと同時に、あず姉も十年前からの仲だ。

 必然、あず姉も水篠とは面識めんしきがあって、アイツが冬からうちの学校に転校してきたことも知っている。

 なんならアイツ校内でも有名人らしいし、噂とかもあず姉の耳に入っているのかもしれない。


 まぁでも、面識があるって言ってもそんなに仲良い感じでもなかったしなぁ……。

 あず姉が一方的にラブコール送ってるだけっていうか。

 なんて、少し昔のことを思い出していると、隣から弾んだ声が聞こえる。


「ねぇっ、≪両思いになれる赤い石≫って覚えてる? ほら、小さい頃に流行った」

「なっ…………お、覚えてない」


 ——嘘だ。覚えてる。


 忘れるはずなどない。


 両思いになれる赤い石というのは、俺たちの通っていた小学校で流行った恋のまじないのようなものだ。

 そこの河原かわらで赤い石を拾って、想い人にそれをおくると両思いになれるというバカなジンクス。


 突然、思い出したくもない過去をほじくり返されて全身の体温が急激に上がったのを自覚した。

 なんだよ、急に……。


 視線で「それ以上言わないでくださいよろしくお願いしますお姉さま」と伝えるが、

 まるで届かず、お姉さまは話を続ける。


「小さい頃、いっくんが赤い石を陽葵ちゃんに贈りたいって言って一緒に探したじゃーん」

「ちょ、やめろってっ!? そんなの覚えてねぇよ」

「えー、覚えてないのかぁ……」


 俺がどうにか過去を消し去ろうとすると、あず姉はガックリと肩を落とす。

 それからぴたりと足を止めて、河原を眺めた。

 その先に人の姿はないけれど、子供に向けるような優しい眼差し。

 あず姉は視線を遥か遠い場所へ向けながら、微笑みまじりに話す。


「なかなか見つかんなくてさ、放課後になったら毎日ここに通って一緒に探したんだよ」

「へ、へぇー……」

「懐かしいなぁ。あの時は一緒にいるのが当たり前だったけど……」


 今は——っと。

 吹き付ける風にかき消されそうなほどに小さな声を俺はかろうじて聞き取ることができた。


 たしかに、今は昔のように顔を合わせる機会すら減ってしまった。

 それは当たり前のことで、

 この先、俺たちは大人になるにつれて少しずつ離れて、

 そしていつか他人になっていくのだろう。


 そのことにあず姉はうれいを抱いているのか。

 まだ二年になったばかりの俺にはいまいちピンとこないけれど、

 三年のあず姉はいろいろなことを考えるのだと思う。


 あと一年であず姉は卒業してしまう——。

 もしかしたらここではないどこかへ行ってしまうのかもしれない。

 だから、俺は今までさんざん世話になったこの人にちゃんと恩を返すべきだと思った。


「……次の会長に推薦してもらうために新たな計画を画策かくさく中なんだ。……ので、これからどんどん作戦実行する予定だから覚悟しといてくれ」

「…………ど、どうしたのっ、急に!?」


 あれー、ちょっと遠回しすぎたかなぁ……。


「まぁ、その……また近いうち会いに行くよ……」


 時は止まることなく過ぎていく。

 その中でいろんなものが消えて、そしていろんなものが誕生する。

 でも、きっと思い出が消えることはないのだと思う。

 だから、いつか離ればなれになってしまうとしても後悔しないように、

 もっと多くの思い出を作りたいと思った。


「…………うんっ! お姉ちゃん待ってるねっ!」

「いや、お姉ちゃんじゃないけどな」

「えー、お姉ちゃんはいっくんのお姉ちゃんでしょっ!」

「だから違うって……。あと、いっくん言うな」



     × × ×


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