6-2 友人として
地上へ出た皆月は、空が茜色に染まっているのを見て目を瞬かせる。
まだ、夕焼けには時間が早いだけでなく、その夕焼けすらもすぐに消えてしまいそうだった。
「――夜の国、というくらいだ。夜を告げる能力者もいる」
本部の正面。大通りの真ん中で、腕を組んだまま待ち受けていたサラマンダーが言う。
周囲には黒く焦げた人だったものが複数落ちており、壁にも焼けた跡があった。
人の焼ける臭いは独特だ。知らぬものは一生知ることのない嫌な臭いだが、皆月はよく知っている。サラマンダーの姿もあり、否が応にもそれは両親を想起させた。
しかし、予想外なことに皆月は冷静だ。
脳裏には、自分を鍛えてくれた人の言葉が浮かんでいた。
『熱くなるのはいいけど、頭は冷静さを保たなくちゃダメだよ』
再三に渡り、グリーンへ教えられたことだ。皆月は忠実に教えを守り、今にも叫んで飛び出したい気持ちを抑えていた。
その姿へ感じ入るところがあったのか、サラマンダーは僅かに目を細める。だが、当初の予定通りに動こうと、告げるべきことを告げることにした。
「俺が一人で先行した理由は一つ。お前の両親を殺したからだ」
「……?」
「あの時、お前のことは見逃した。いずれこういう日が来るかもしれないと分かっていたが、その芽を摘むべきではないと判断したからだ」
突如としてサラマンダーが話し出した内容へ、皆月は顔を顰める。なぜ、このような話を始めたのかが理解できなかった。
しかし、サラマンダーは話を続ける。
「復讐を行う権利を得るには正当性が必要だ。もし無ければ、復讐をする権利は与えられない」
「……なにが言いたいんですか?」
この独白の終着点を問うと、サラマンダーは一つ頷いた。
「お前の復讐には正当性があり、権利がある。全力で、俺への復讐を果たせばいい」
「は?」
皆月は、怒りで顔まで熱くなるのを感じる。心臓もバクバクと早鐘を打っていた。
そもそも、なんの罪も無く両親は殺されたのだ。この復讐には正当性があるのは当然であり、権利があるのは考えるまでも無いことだった。
だが
それでもどうにか耐えていたのだが、次の言葉を聞き、頭の中が真っ白になった。
「そして、俺にはそれへ抗う正当性があり、権利がある」
両親を殺しておきながら、それを認めておきながら、復讐を許しながら。
サラマンダーは、自分に正当性があり、抗う権利があると言った。
皆月は怒りで震える手で髪を掻き上げ、両目を大きく開く。
足に力を籠め、感情のままに踏み込む――と転んだ。地面が凍っており、足が滑って、無様に地を舐めさせられていた。
「いったああああああああああ!?」
「口がしょっぱくなるほど、頭は冷静にって言ったじゃん」
「それを言うなら、口が酸っぱくなるほどですからね!?」
グリーンは、鼻を赤くしながら抗議する皆月に手を貸して起き上がらせる。
そして、次になにかを言うよりも早く、その頬を引っ張った。
「いひゃいんでひゅけど!?」
「ボクが思うに、まだ終わっていないと思うんだ」
「ひゃひがでしゅか!」
とりあえず頬を離し、皆月を解放してやる。
幾分か冷静さは取り戻せただろうと、グリーンは自分の考えを述べた。
「サラマンダーは化物だ。皆月ちゃんも強くなったけれど、勝てる可能性は無い」
「心配してくれているんですか?」
「いや、全然」
あまりな物言いに、皆月はショックを受けた顔を見せる。
しかし、サラマンダーがいつまで待ってくれるかは分からない。グリーンは端的に、自分の考えを小声で述べた。
「皆月ちゃんがサラマンダーに勝つという奇跡を起こせば、何かが起きるかもしれない。それはつまり、助けられない人も助けられるかもしれない、ってことだ」
今までの相手は、皆月が一人で倒したわけではない。
誰かの力を借り、勝てる可能性を押し上げた状態で戦闘を行っていた。
しかし、今回は違う。
一人で戦い、一人で理不尽を跳ね返せ。グリーンは、そう言っている。
その言葉に皆月は、先ほど敢えて問わなかったことを口にした。
「……わたしを利用したいからってことですよね?」
「あぁ、そうだよ。ボクはね、レッドのためならなんでもする。
皆月を利用することに罪悪感一つ覚えない。彼のためならどんなことでもする。
そう告げるグリーンへ、皆月は手を伸ばし……頬を引っ張った。
「ひゃに?」
「もっと痛そうにしてくださいよ! まったく……」
たまにはやり返してやろうと思っていたのに、まるで痛そうにしないグリーンを見て、諦めてその頬を放す。
利用するという宣言には特に怒りもせず、皆月は言った。
「今、なんでもするって言いましたよね?」
「言ったね」
「じゃあ、普通に頼んでください。利用するとかしないとか、そんなことはどうでもいいです。わたしは、
別に頼むのは構わない。口だけのことだ。
しかし、グリーンは言い淀む。
友達という初めて言われた単語に、彼女は戸惑いを隠せなかった。
二人は友達では無い。だが、皆月は友達だと思っている。
共にクレープを食べた。共に生活した。共に戦った。
時間は短くとも、二人は同じ時間を過ごしている。皆月の基準では、グリーンは紛れもなく友人であった。
それが、グリーンには理解できない。だが、胸になにか知らないものを感じてもいた。
躊躇いながらも、レッドを救うためだと自分に言い聞かせながら口を開く。
「……力を、貸してくれるかな」
「もちろんです。レッドさんを助けましょう」
皆月は拳で手の平を叩く。先ほどまでの気負いは消え、肩の力は抜けていた。
レッドを失うかもしれない状況下で弱気になっているグリーンへ、皆月は言う。
「たまにはそういうグリーンさんもいいですね」
少しからかうような口調だったせいだろう。
グリーンは逡巡せずに尻へ蹴りを入れ、皆月は悲鳴を上げる。
「ぎゃんっ!?」
「いいからとっとと行け! 負けたら殺すからな!」
「りょ、了解でーす」
そもそも負けたら殺されていると思うのだが、そのほうがグリーンらしい。
皆月は微かに笑みを浮かべ、少し距離はあるがサラマンダーの前に立った。
「別れは済んだのか?」
「それ、漫画で良く聞くセリフですね。でも別れは必要ありません。あなたこそ、当分口も聞けなくなる覚悟はできていますか?」
フッとサラマンダーは笑い、首の黒いトカゲのタトゥーを撫でた。
「――それが遺言になる」
サラマンダーの全身から炎が噴き出す。
しかし、皆月には届かない。そのほとんどは無効化されていた。
火柱が、サラマンダーの体を覆い隠すように立ち上っている。
皆月が見ていても火柱は消えない。
それは、無効化できないほどの力を相手が有しているという意味であった。
しかし、退く気は無い。皆月は汗を拭う。
都合よくレッドを救えるほどの力を得られると思っているからではない。一度でもサラマンダーから逃げれば、自分を許せないと皆月は思っていた。
攻撃するでもなく、ただ存在しているだけの火柱へ、皆月は嫌な予感を覚える。まだほんの数秒ではあったが、彼女は火柱へ突撃する覚悟を決めた。
だが、その一歩目を踏み出すよりも早く、火柱は周囲に炎を四散させ、その姿を消す。
火柱があったはずの場所には、全高5mはある巨大な赤いトカゲがいた。
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