Chapter2. Brace Yourself for Farewell(さよならへの覚悟)4
早朝を待たずして、エウスタシオは発っていった。彼を見送り、フェリックスは息をつく。
エウスタシオとの約束通り、フィービーの泊まっている部屋へと向かった。
エウスタシオから受け取った鍵で鍵を開くと、フィービーは静かに眠っていた。
「フィービー」
フェリックスが呼びかけると、待っていたかのように目を開いた。
「エウスタシオから、事情は聞いたようだな。……今回、あんたは作戦に参加できない。……ああ、私が率いないでどうする、って顔してるな。大丈夫だ。あんたと、あの裏切り者保安官はブラッディ・レズリーに毒を盛られたと伝えておくから。俺とジェーンで、保安官たちも誘導する。エウスタシオは、あんたの仇を取りに一足先に乗り込んでいった……と説明する。悪くないだろ?」
フィービーの表情は動かなかった。もし彼女がいつも通りの体調なら、フェリックスの胸ぐらをつかんでいたか――いや、蹴倒していたかもしれない。
「すまないな。これは、エウスタシオの願いだ。あんたを、無事に生かすことが。明日には、あんたは動けるようになってる。そういう薬だ。明日には、多分全て終わってるから――ゆっくり、眠っておくといい」
そう言い残して、フェリックスはフィービーの部屋を後にした。施錠も忘れず、鍵はポケットに入れておく。
廊下を歩いていると、ジェーンに出くわした。
「あら、フェリックス。早いわね」
「ジェーンこそ」
「気が立ってるのか、早く起きちゃったのよね」
ジェーンは腕を組んで、壁にもたれた。
「だって、今回で決着がつくかもしれないんでしょ?」
「ああ」
「ところであんた、ここで何してたの? このあたりって、保安官の泊まってる界隈でしょ。ちなみに私は、フィービーをたたき起こしてケンカでもしよっかなと思ったの」
「何でケンカするんだよ」
姉弟子ながら、わけがわからない。フェリックスは頭痛を覚えて、ため息をついた。
「互いに、気合いが入るかなと思って。……それで?」
「……ああ……あとで、みんなに話すつもりだったんだが」
フェリックスは、あらかじめ用意していた事情を語った。ジェーンに、エウスタシオが苦しみながら二重スパイをしていたことを言う必要はないだろう。彼も望まないはずだ。
「フィービーが毒を盛られて、坊やが復讐に? ……穏やかじゃないわね」
「まあな。とりあえず、ジェーン。賞金稼ぎのところに、戻っておいてくれ。俺はこの宿の下にあるサルーンで待機して、保安官たちに説明するから」
「あんたが保安官を率いるっていうの? できるのかしら」
「あんまり自信はないけど、フィービーが動けない以上、やるしかない」
「連邦保安官ってプライド高いの、多いからね。……ま、あんたに任せるわ」
ジェーンはため息をついてから、去っていった。
彼女を見送った後、フェリックスは懐に仕舞った鍵を意識する。
(俺は今日、無事に帰れるかわからない。この鍵は、誰かに預けておくべきか? ……いや、あの部屋は中から鍵が開く。持ったままでいよう)
下手に他人に預けると、厄介なことになりかねない。今のフィービーは動けない、無防備な状態だからだ。
明日になれば、フィービーは動けるようになる。怒り狂って、自分で出てくるだろう。
「……さて。行きますか」
フェリックスは口笛を吹きかけて、今が早朝だと思い出す。だから代わりに、こう呟いた。
主よ、憐れみたまえ――――。
フェリックスが下におりて早めの朝食を取っていると、次々と保安官たちが下りてきた。
これで全員だろう、と目視で数えた後、フェリックスは立ち上がる。
「悪い! 保安官諸君!」
いきなり声をあげたフェリックスには、胡乱げな視線が飛んできた。
「アレクサンドラ連邦保安官とビル連邦保安官が、毒を盛られて動けない状態だ。ブラッディ・レズリーの仕業だろう」
その報告に、一同はざわついた。
「そして、その復讐にと……止める間もなく、ソル保安官補が単身でアジトに向かった。正直、彼の生存は絶望的だろう」
ざわめきが、いっそう大きくなる。
「アレクサンドラ連邦保安官がいない以上、保安官たちを率いるのは……俺だ。悪いが、了承してくれ。今から、誰をリーダーにするか決める暇はないだろう。俺はアレクサンドラ連邦保安官から、何かあったら指揮を頼むと言われていた」
もちろん、ハッタリだった。あのフィービーが、そんなことを言うはずがない。
「お前が指揮権を取りたいから、アレクサンドラ連邦保安官に毒を盛ったのでは?」
年若い保安官補が、挑戦的にフェリックスをねめつけてきた。
「そんなことして、何になるってんだよ。相手はブラッディ・レズリー。味方の戦力を削って、どうするんだ?」
フェリックスの反論に納得したのか、相手は黙って鼻を鳴らしていた。
「頼む。俺の指示に従ってくれ」
フェリックスが請うと、保安官たちはそれぞれ生返事をした。
(俺じゃ、士気が上がらないな。仕方ないけどさ)
フェリックスは席に着いて、冷えたコーヒーを啜った。
元々、フェリックスは一匹狼で荒野をさすらい、用心棒で金を稼ぎながら悪魔を仕留める生活をしていた。
あまり、集団に向いていないのだ。
それに対し、フィービーは人に命令することに慣れている。
エウスタシオの頼みがなければ、フェリックスが先頭に立とうなどとは露ほどにも思わなかっただろう。
だが、仕方がない。どうしてもフィービーに死んで欲しくないという、エゴにも似た願い。エウスタシオは、ブラッディ・レズリーの内側から働きかけるという、危険な役目と引き換えに叶えて欲しいと頼んだのだ。
(でも、まあ……そうだよな)
フェリックス自身、自分が生きて戻れる気がしなかった。
(俺は死んでもいい。ただ、牧師様の魂を取り戻して……兄さんを)
殺せればいい。相打ちでもいい。
これ以上、歪んでしまったビヴァリーに西部を荒らして欲しくなかった。
フェリックスは、サルーンを出る。その後に、保安官たちが続いた。面白くなさそうではあったが、賞金稼ぎに比べれば上品な彼らはフェリックスを悪し様に罵ったりはしなかった。
そして、一同はぞろぞろと大きな宿屋のある通りで足を止める。
待っていたのか、すぐに扉が開いてジェーンが出てきた。
「ご苦労様、フェリックス。……保安官さんたち? 私たち賞金稼ぎも、今回は全面協力よ。互いの背中を撃ち合うことだけは、止めましょう。ブラッディ・レズリーのアジトの中に、何があるかわからないのだから」
ジェーンがよく通る声で告げると、保安官たちは頷きはしなかったが、特に反論の声は上げなかった。
「沈黙は肯定と見なすわよ。……さあ、みんな! 行くわよ!」
ジェーンの後ろから、わああああっと野太い声が湧いた。
かくして、フェリックスとジェーンが先頭を歩き、その後を賞金稼ぎと保安官たちの混合部隊が追う……という図式ができあがった。
民家から出てきた女性は、異様な集団を見てすぐに引っこんでしまう。
そんなことは気にせず、一同は黙って歩き続けた。
ジェーンでさえ軽口を叩かない。緊張しているのだろう。
町から少し離れたところに、その大きな屋敷は立っていた。
見上げて、フェリックスは目をすがめた。
「見たところ、門番もいないみたいね。こんなもの?」
ジェーンはざっと確認し、肩をすくめる。
「キッドは、中で迎え撃つつもりなんだろう」
フェリックスはホルスターから銃を取り出し、手によく馴染んだそれに安心感を覚える。
「行こう」
大きな声ではなかったが、静まりかえったその場に、フェリックスの声はよく通った。
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