Chapter2. Brace Yourself for Farewell(さよならへの覚悟)2







 ルースは個室に閉じ込められ、退屈な時間を過ごしていた。


 ビヴァリーは、ルースが退屈するかどうかなんて、どうでもいいようだ。ここには、本も置いていない。広いベッドに寝転がって、眠るしかなかった。


 それか、ルースは小さな声で歌った。いつも通りに歌っていると、ロビンと呼ばれていた男がやって来て「うるせえ」と言ってきたからだ。


 ふう、とため息をつく。


 こんなに小さい声で歌っても、気は晴れない。ただ、こんなときでも歌い続けているのだという自分への気休めだった。


 椅子に座ってぼんやりしていると、昼過ぎ頃にビヴァリーがやってきた。


「やあ、ルース。気分はどうだい?」


「……これでご機嫌だったら、怖いでしょ」


 ルースの返答が面白かったらしい。ビヴァリーは、声を立てて笑った。


「それは、もっともだ。さあ、来てごらん。君の力が必要なんだ」


「あたしの、力が?」


 それは、とルースは腹に手を当てた。


「さあ、早く」


 手を引かれて立ち上がらされて、引きずられるように歩かされる。


「ま、待って。あたしの力、なんて。悪魔を惹きつける力をどう使うのよ」


「来ればわかるさ」


 ビヴァリーはルースを振り返らず、ひたすら進み続けた。


 そうして連れていかれた先は、広い庭を見下ろすバルコニーだった。たくさんの男が、集まっている。見る限り、彼らの年齢はバラバラのようだ。


「彼らは?」


「仕事の斡旋を頼みにきた人たちだよ。私は、彼らに仕事を与えるんだ」


 それは結構、と言いかけたところでロビンの存在に気づいた。ロビンの隣に立つ、誰かによく似た壮年の男にも。


「ああ、そういえば……君とヴラドは初対面か。ヴラド、自己紹介しておけ」


「……ヴラドだ。私はオーウェンの父親だよ」


 褐色の肌を持つ男は、ルースに一歩近づいた。近くで見ると、益々オーウェンに似ている。


「兄さんの、実の父親?」


 エレンがろくでなし、と言っていた。たしか、エレンのいとこに当たる。


「なら、あなたはカロ家の――」


 ハッとして、ルースはビヴァリーを振り返る。


「あなたが、あたしのことを知ったのは」


「その通り。ヴラドに、色々と教わったんだよ。素晴らしい話だね、ルース。悪魔を操る人々なんて。……もっとも、カロは、そこまで大がかりに悪魔を使っていなかったようだ。勿体ないと思うだろう?」


「勿体ないですって? 何も、勿体なくないわ。こんな力、なかったらよかった!」


 叫んだ瞬間、涙が出てしまって、ルースは指で涙を拭った。こんなところで、泣きたくはなかった。


「やれやれ。まあ、君の意見はどうでもいい。ルース、私が唱える文言通りに唱えて欲しい。私は、彼らに悪魔を降ろす」


「悪魔を降ろすですって!?」


「そう。薬も試したが、量産が間に合わなかった。くわえて、効果はバラバラだ」


「……薬」


 そういえば、とルースは考える。誰かが、怪しげな薬で死んだのではなかったか。


「あなたは、悪魔を宿す薬を作っていたのね」


「ああ。だが、難しすぎた。召喚した下級悪魔を宿した薬を飲ませて、そのまま取り憑かせることもできたが、耐えきれず死んでしまうことも多かった。ロビンもヴラドも、実験ご苦労」


 ビヴァリーがねぎらうと、ロビンは「全くだぜ」と鼻を鳴らした。


「しかも結局、カロの娘頼りかよーって感じだな」


 ロビンは面白くなさそうに、ルースをねめつけた。


「さあ、ルース」


 ビヴァリーに後ろから手を回されて、腹をそっと撫でられる。


 ぞわぞわと、皮膚が粟立った。


「嫌よ! 何でそんなこと、しなくちゃいけないの!?」


「君に拒否権はない。拒否する場合、君の家族を殺す」


「えっ――」


「ウィンドワード一家は、農場に帰るところだね。農場の家族も、もちろん殺すよ。カロの血が惜しくないわけではないが、天使を宿した君の弟は特に生かしておきたくないね」


 ビヴァリーは、ゾッとするようなことを歌うように呟いた。


「ジョナサンのこと、どうして知って……」


「ブラッディ・レズリーの情報網を舐めないでほしいね。ルース、どうする?」


 問われたが、選択権などないにも等しかった。


 ルースは涙をこらえて、頷いた。


「良い子だ。さあ――――」


 そうして、ビヴァリーは不思議な呪文のようなものを唱え始めた。


 ルースも、拙いながらもそれを真似する。すると、途中からそれが知っている言語であるかのように、腹の底から知らない言葉が溢れ出ていった。


「ブラックマザー。君の子らを、呼んで」


 ビヴァリーが囁いたと同時に、ルースの詠唱は終わった。そして――轟音と共に炎のように、赤い光が地上から迸った。


 男達はみんな倒れ込んでおり、一人一人ゆっくりと立ち上がる。みんな、様子がおかしかった。


「大成功だな。さすがはカロの娘!」


 ビヴァリーに褒め称えられながら、ルースは青ざめた。


(とんでもないことを、してしまった……)


 ずるずると座りこむように、膝をつく。


(でも、どうすればよかったの)


 ビヴァリーなら、すぐにルースの家族を殺してしまう。


 しかし、これだけ多くの人に悪魔を降ろした言い訳になるはずもない、とルースは心の中で自分を罵倒した。


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