Chapter1. A Caged Bird(かごの鳥)4

 どのぐらい歩いたのか、ビヴァリーはとある扉の前で足を止めた。彼は鍵で扉を開き、「どうぞ」とルースを誘う。


 天蓋付きのベッド。白と、薄い青で統一された内装。心地よさそうな部屋だった。調度品も、随分いいものを使っているようだ。


「この部屋には洗面所や風呂なども、付いているからね。不自由はないだろう。食事は一日三回。風呂の準備はメイドにやらせる。それ以外に、扉が開くことはない。……ああ、たまに私が訪れるかもね?」


 ビヴァリーは、にやっと笑って、ルースの頬に手を伸ばした。


「君、エヴァンにご執心だったんじゃないか?」


「……」


 ルースはきゅっと唇を引き結び、ビヴァリーを睨んだ。


「あの子は優しいからねえ。別に、君にだけ優しいわけじゃないよ。しかも、君の場合はカロの娘っていう監視対象だったから、ずっと付いていただけだ」


「……別に、フェリックスのことを特別に想っているわけじゃないわよ」


 そう口にしながらも、ルースはどこか胸が痛むのを覚えた。確定ではないけれど、気持ちが傾いていたことは事実だったようだ。だからこそ、彼が悪魔祓いの職務で、ずっと付いていたのだと聞いて、ショックを受けたのだ……。


「嘘の下手な娘だ。……どうだい、私の声はエヴァンに似ているだろう」


 ビヴァリーは屈み、ルースの耳に囁く。


「ルース」


 名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。本当に、そっくりだ。フェリックスが近くにいるかのように、錯覚してしまう。


 くすくす、笑い声が耳朶をくすぐる。


「代わりに、相手してやろうか?」


 次の瞬間、ルースはビヴァリーの頬をひっぱたこうとして――手首をつかまれていた。


「おやおや、冗談の通じない子だね」


 ビヴァリーは、にこにこ笑っていた。目は、笑っていなかったけれど。


「まあ、初回ということで今のは許してあげよう。……さっき言ったことを忘れずにね。服もまた、届けさせるよ」


 どん、とビヴァリーはルースを突き飛ばして、出ていってしまった。がちゃん、と鍵の閉められる音が響き、ルースは自分の姿を見下ろす。


 まだ、レネ族の服のままだった。


 リトル・バードの仕立ててくれた、レネの服。簡素な貫頭衣だが、丁寧に縫われたそれにはリトル・バードの想いがこめられていた。


(リトル・バード、無事かな……)


 すぐに手当てをしてもらったから、無事だと思いたい。あんなに親切にしてくれた、友達。また会って、直接お礼と謝罪を言いたい。


 服には、血も着いていた。リトル・バードの血だ。


 思い切るようにして顔を上げ、ルースは室内を見て回った。当然だが、窓はなかった。風呂場には小さな窓があったが、とても人の通れる大きさではない。しかも、ルースが開けようとしても開かなかった。専用の鍵が必要なのだろう。


 硝子ではなく木製なので、割ることもできない。ここから手紙を落とす、という手段は使えなさそうだ。そもそも、室内に紙もペンもなかったが。


 はあ、とルースはため息をつきながらも、見て回った。結局、脱出につながる手段は見つからず、疲れたようにベッドに座る。


(どうすれば、いいんだろう)


 ルースは胸を抑え、目を閉じた。








 宿の一室にて、フェリックスは大仰なため息をついた。


「あら、元気ないわね。大丈夫?」


 ジェーンが首を傾げ、フェリックスの顔を覗き込む。


「大丈夫じゃないな。……とうとう、悪魔祓い協会の要請が間に合わなかった。東部から悪魔祓いは呼べない」


 旧大陸から、どころか東部からも呼び寄せられなかったのだ。


「うーん。西部からは、集められないの?」


「西部には、悪魔祓いの数が少ない上に連絡がつかないんだ。悪魔祓い協会が西部にはないから。……東部の協会を通さないといけないが、それだともちろん間に合わない」


「どこにいるかもわからない、ってわけね。やれやれ、連携の取れてない職業ね」


 おかげさまで、とフェリックスは皮肉気味に答える。


「協会に要請が通るまで、待ってもらう?」


「それは無理だ。もう保安官たちが集まるし、彼らを待たせるわけにはいかないだろう。それに、あっちにはルースが捕まってる。救出するなら、早い方がいい」


「ふうん。……ま、賞金稼ぎたちも、もうすぐ全員集まるでしょう。血の気の多い連中だし、こっちもあまり待たせたくないのよね。悪魔祓いがあんたしかいないと、勝算が少ないの?」


 ジェーンはフェリックスの正面にあった、おんぼろな椅子に座って長い足を組んだ。


「……まあ、やりにくいだろう。何とか説明してみるけど」


「連中は、階下にいるわ。もう説明しとく?」


「そうだな――」


 フェリックスは立ち上がり、ジェーンと共に部屋を出た。階段を下り、サルーンになっている一階に足を踏み入れる。


 酒を飲んで馬鹿騒ぎしていた男たちが、ジェーンを見て話を止める。


「――どうも、みんな。此度の協力、ありがとうね。これから、保安官たちと合流してブラッディ・レズリーの本拠地に踏み入るわけだけど……そのときに関して、この私の弟弟子――フェリックスから説明があるわ」


 ジェーンが紹介するときにはもう、その場はすっかり静まり返っていた。


「どうも、俺はフェリックス・E・シュトーゲル。……悪魔祓いだ」


 その自己紹介に、何人かが顔を見合わせ笑っていた。


 予想していた反応だったので、動揺することもなく、フェリックスは軽く微笑んで続ける。


「実は、ブラッディ・レズリーは悪魔を使役している。だから、戦うときも十分気をつけてほしい。相手はただの人間じゃないだろう。悪魔に憑かれた人間は、身体能力が異常に上がる。普通の人間相手だと思わず、全力で戦ってほしい」


 説明を終えると、男の一人が呵々大笑した。


「あっはっは。それを信じろってか? 無茶言うなよ。俺は無神論者でね。悪魔も信じてないよ」


「……信じなくてもいい。ただ、相手が異常に強いということだけ忘れずに」


 フェリックスの答えに、質問した男は虚を突かれたようで、肩をすくめただけだった。


 一応警告はしたが、彼らには油断がある。これだけの人数がいれば一網打尽にできるはず、という余裕。また、彼らが歴戦の賞金稼ぎであるという、経験に裏打ちされた自信。その二つが生み出す油断だ。


 これ以上は自分から言っても仕方ないか、とフェリックスは嘆息する。あとは、ジェーンから警告してもらう方が効果があるだろう。


「これでいいの? フェリックス」


「ああ。あとはジェーン、前日にでも警告しておいてくれ」


「……わかったわ」


「そろそろ、保安官たちが到着するかな。駅まで行ってくる」


 ジェーンの肩を叩き、フェリックスはサルーンから出た。

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