Chapter1. A Caged Bird(かごの鳥)3
フェリックスを見送ったあと、トゥル-・アイズは妻のもとに急いだ。
集落に入った途端、トゥルー・アイズの姿を認めた一族の者が案内してくれる。
示された天幕に入ると、リトル・バードが目を開けた。
「トゥルー様」
「すまなかった、リトル・バード……すぐに駆けつけられなくて」
傍に膝をついて、彼女の手を取る。
気を利かせたように、それまで傍に座っていたレネの者が出ていく。
「いいんです。あの怖いひとたちは、トゥルー様も狙っていたから。私が、伝言に行くレネの者に頼んだのです。危ないから、せめて昨夜一晩はここには来ないでと――」
「ああ。それも聞いた」
正直、気が気ではなかったが、トゥルー・アイズは妻の想いに応えた。
「それより、ごめんなさい……。ルース様を逃がせませんでした」
「お前のせいではない。お前はよくやってくれた」
「…………」
慰めたが、リトル・バードは後悔しているのか目を潤ませていた。
トゥルー・アイズは、視線を落とす。彼女には薄い布団がかけられていた。
「傷を、見ても?」
「はい。でも、見えませんよ。包帯が巻いてあるから」
リトル・バードは自ら布団をめくり、服も胸が見えないところまでまくりあげた。
白い包帯には血がにじんでおり、痛々しい。
できるだけそっと傷に触れて、傷の記憶をたぐる。
リトル・バードを傷つけた弾丸は背中から腹に貫通した。
弾丸が内臓を傷つけずに出ていたのが、不幸中の幸いだった。
中に弾丸が残っている場合は手術をしなくてはならないし、内臓を傷つけていたらもっとひどい傷になっていただろう。
傷口は洗われて消毒され、傷によく効く軟膏を塗られてから止血のために包帯を巻かれた。
ここまで読み取り、ホッと息をつく。
レネにはトゥルー・アイズ以外にも何人か医術の心得があるものがいるので、適切に処置してくれたようだ。
「弾が残っておらず、内臓も傷ついていなくて――よかった」
「本当です。グレイト・スピリットが守ってくれたのかも……」
「でも、痛いだろう」
「それはもう、痛いです! ぎゅってしてください!」
その言い分に、思わず笑ってしまう。
「抱きしめたら痛いぞ」
「……それもそうですね」
代わりに、とばかりにトゥルー・アイズは彼女の唇にキスを落とす。
「きゃー」
リトル・バードは、恥じらって喜んでいる。
もう一年以上も前から夫婦になっているのに、いつまでもリトル・バードはこういう反応をしてくれる。
「――あの、トゥルー様」
ふと、リトル・バードが真面目な顔になる。
「ルース様、大丈夫なんでしょうか」
「兄弟――フェリックスが救いにいった。大丈夫だ。兄弟は強い」
「それならよかった……。また、会えますかね? 私、ルース様と友達になれたのですよ……」
リトル・バードは不安そうに、問いかけてくる。
「きっと会えるさ」
力強く肯定すると、リトル・バードは微笑んで目を閉じた。
ルースはロビンに気絶させられた後、ずっと意識がなかった。
「おい、起きろ」
頬を叩かれて、ようやく覚醒する。
(どこ……ここ?)
手をつき、起き上がる。高級そうな絨毯が目に入った。顔を上げると、目の前に長身の男が立っていた。
「……ビヴァリー……?」
名乗られずとも、わかった。
彼は、薄く微笑む。記憶の中で見た彼より、ずっと成長して大人の男性になっていたが、面影があった。そしてたしかに、彼の顔の造作はフェリックスに似ていた。
すっと通った鼻筋。淡い色の、薄めの唇。長い睫毛に彩られた、配置の完璧な双眼。フェリックスよりも完成された、作り物めいた美しさ。彫像のように、どこか硬質な感じがする。
長くのばされたプラチナブロンドの髪は、女性が嫉妬しそうなぐらいの煌きを持つ。目の色は、薄い青だった。フェリックスの目の色が夏の空だとすると、彼の目の色は冬の空だ。凍えるように寒い、朝の空の色。
「はじめまして、ルース。私は君のことを、ずっと知っていたけど……君は私のことを知らなかったはずだろう? どうして、私がビヴァリーだと知っている?」
彼の魅惑的な笑みには、どこか苛立ちが潜んでいた。
「……フェリックスから、教わって。ビヴァリーっていう、兄がいるって聞いたの。あなたは、フェリックスに似てたから――だから……」
言い訳してみると、彼は疑った様子もなく微笑んだ。
「ふうん?」
目を細めると、更にフェリックスに似て見えた。
「まあいい。――ロビン、ご苦労だった」
「ほんっと、ご苦労様だぜ」
ルースはそこで、背後にルースを連れ去った男が立っていることに、ようやく気づく。さっきルースを起こしたのも、彼だろう。
「ルース……現在のカロの娘、と言った方がいいかな? 君のことは、丁重に扱うよ。軟禁状態になるけど、傷つけないから安心してね」
ルースはハッとする。彼は、声も弟に似ていた。
「引き離し作戦、やーっと成功だな。ったく、めんどくせえ。あの男を傷つけないように、って命令はとんでもない足枷だったぜ」
ロビンはぶつぶつ文句を言っていたが、ビヴァリーは意に介した様子もなかった。
「あの子を傷つけるなど、言語道断だ。……まあ、いいじゃないか。結局、この娘は手に入ったのだから」
台詞の前半部分には感情がこもっていたのに対し、後半部分は随分と平坦な調子だった。まるで、ルースはただのモノだとでもいうように。
ビヴァリーは本当に、フェリックスことエヴァンという弟にこだわっているらしい。
「あなた、そんなにフェリックスを大事にしてるのに、どうして一度は殺人罪かぶせようとしたの?」
ルースの質問に、ビヴァリーは首を傾げた。
「殺人罪? ああ、あれか。あれはロビンが勝手に動いたことだよ。だから私がスナイパーを派遣して、証言者を殺してやっただろう」
「……」
ルースはぎょっとして、思わずロビンに目を向けてしまった。彼は、苦い表情で腕を組んでいる。
そういうことか、と納得する。フェリックスが、アンダースン氏殺害の容疑をかけられたときの、ブラッディ・レズリーの動きは明らかに変だった。一度、罪をなすりつけるような動きを見せておきながら、証言者を殺すという矛盾した動き。
ロビンが先に動き、アーサーがそれを取り消すように動いた――というだけの、話だったのだ。
「あいつがいると、動きにくいからな。引き離すためにも、捕まえさせようと思ったんだ。結局アーサーに怒られて、七面倒くさいことになったけど」
「全く、お前という奴は。どうせ、あのままエヴァンが有罪になればいいとでも思ったのだろう? ……ふざけるなよ。あの子は、私のかわいい弟なんだぞ」
「へいへい、このブラコン野郎」
ロビンは、あまり反省していないようだった。
「ともかく、君を案内しなくてはね。抵抗はしないように。逃げ出そうとすれば、君の家族に手を出すことになるよ」
ビヴァリーは軽い口調で脅して、手を差し伸べた。その大きな手を取り、ルースは立ち上がる。
そのまま手を引かれ、広間を出る。廊下も、随分と広い。大きな屋敷なのだろう。
赤い絨毯を踏みしめ、ルースは歩く。
「ビヴァリーさん」
「うん?」
「あなたは、あたしをどういう風に使うつもりなの?」
「……いずれわかるよ、カロの娘」
答える気は、ないらしかった。
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