Chapter6. The Bitter Reality(真実は苦く)7



 ルースはフェリックスの部屋を後にして、自分の泊まっている部屋に帰った。


 驚いたことに、ジョナサンだけでなくリッキーとルビィもいた。


「あれ、おかえりルース。フェリックスとの話、終わったのか?」


「ええ。……なに、三人で盛り上がってたの?」


 塞ぐ気持ちを押し込め、わざと明るい声で聞いてみる。


「まあねー。じゃ、オレは部屋に帰るかなあ。んじゃ、おやすみ!」


 リッキーは手を振り、部屋を出ていってしまった。彼に続くかのように、ルビィも腰を上げる。ルースはなんとなしに、彼女の後を追ってしまった。


 廊下に出たところで、ルビィが振り返る。


「……何か?」


「いえ……あの、あなたフェリックスの兄と、ずっと一緒にいたのよね?」


「そうだけど」


「話を、聞かせてくれない?」


 ルビィは戸惑ったようだったが、少し経ってから頷いた。


「……じゃあ、あたしの部屋に行くか」


「ええ」


 ルビィは、自分の泊まっている部屋に案内してくれた。といっても、フェリックスの部屋の隣だったが。


「何で、アーサーのこと知りたいの?」


「……これから、会うかもしれないでしょ」


「ああ、そっか。あんたはブラック何とかだもんね。もうすぐ、さらわれるかもね」


 ルビィの口調は、まるで他人事だった。


「あなたの入ってた組織でしょ? 頭領の傍にいたってのに」


「頭領? あたしも、頭領の顔は知らないよ。アーサー伝手で指令を聞くだけで」


 ルビィの言葉に、ルースは目を丸くする。アーサーことビヴァリーは、自分が首領だとルビィには明かしていなかったのか……と、驚いてしまう。


「ブラッディ・レズリーって変わった組織よね」


「まあね。みんなが思っているより、団員は少ないんだよ。一時的に雇った者とか、たくさんいた」


「そうなの……」


「うん。それで、アーサーの何を聞きたいの?」


「ええと。どんな人か、ってこと。フェリックスに、似てるのかしら?」


「――どうだろう。あたしは、エヴァンのことはよく知らないから。顔立ちは似てるね。……アーサーは、ときどきゾッとするほど冷たい表情になるんだ。要らなくなったら、あたしもあっさり殺しちゃうんだろうな、ってわかっちゃうぐらいに」


 ルビィはため息をついて、倒れ込むようにしてベッドに寝転がった。面倒くさそうにショートブーツを脱いで、床に落とす。


「……正直、今もまだあたしが生きていることが信じられない。アーサーなら、すぐにあたしを殺すと思ってた。エヴァンと撃ち合うのが、本当に嫌なんだね……」


 ルビィの赤茶色の目が、ルースを射る。


「アーサーはね、あたしをかわいがってくれた。あたしは捨て子同然だったんだけど、そこをアーサーに拾われて、色々な武器の扱い方を教えてもらったの。そうして、あたしはスナイパーになった。……男装してたのは、アーサーの指示。男の恰好の方が、西部では浮かないからって言われて。でも――」


「……うん」


 たしかに、彼女は一見男に見えないこともない、というぐらいで、すぐに女性と気づくような顔立ちと体型だった。


「みんな、すぐに気づくんだよね。それなのに、アーサーはどうしてあたしにこういう格好させたんだろうって、ずっと疑問だったんだけど……。やっぱり、エヴァンの代わりとして見られていたんだろうね」


「……!」


 ルースは、ぎょっとして息を呑んだ。同時に、ああそうか――と思う。


 無条件に自分に従うルビィに、エヴァンことフェリックスを重ねていた。エヴァンとは、決別したからこそ、未練があったのだろう。そして今も、アーサーことビヴァリーは異常なまでにエヴァンを大切にしている。


「なら……あたしも、さらわれることはないかしら」


「それはわからないよ。あんたが、鍵だろうから」


「鍵?」


「そう。あたしも全て知ってたわけじゃないけどね。カロの娘は鍵だから、最終的にどんな形であっても手に入れろと言われていた」


 ルビィは、滔々と語った。


「気をつけなよ、ってあたしが言えた義理じゃないけどさ。エヴァンから離れない方がいいよ、あんたは」


「……わかったわ」


 しばらくルースは黙って佇んでいたが、ルビィに「まだ何か話あるの?」と問われてしまった。


「いえ……色々、教えてくれてありがとうね」


 手を振り、ルースはルビィの部屋を後にした。


 廊下を歩きながら、色々と考えてしまう。


 フェリックスも、トゥルー・アイズも、ルースが記憶の消去を選択すると思い込んでいるようだ。


 しかし、ルースはそれをするつもりはなかった。


 まだ、向き合うには時間がかかる。今もルースは、受け止め切れていない。自分の弱さに、嫌気が差す。


 でも、ルースは今度こそ目を逸らさないと決めていた。


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