Chapter 5.  The Beautiful Lynx(美しき山猫) 4



 かくして、エウスタシオは正装をして夜会に参加することになった。


 髪をなでつけて礼服を身に付けた彼は、フィービーほどでなくても別人のようだった。


「……落ち着きませんね」


「私の気持ちが、わかったか」


「大いにわかりました」


 会話を交わしながら、フィービーとエウスタシオは先導するフィービーの母親を追う。


 夜会会場は既に、盛り上がりを見せていた。


「おお、フィービー! 来たか! こちらへ!」


 先に着いていた父に呼ばれて、フィービーは「おや」と眉を上げる。


「先日、南大陸からやってきたご家族だ。この国でビジネスチャンスを得たそうでな」


 父の説明を聞きながら、フィービーは納得した。


 エウスタシオを連れてこいと言ったのは、通訳のためか。あと、共通の話題を探るためなのかもしれない。


 三人家族で、両親の方は英語を解しているようだったが、娘の方は英語が苦手なのか困った顔をしていた。


「どうも、これが娘のフィービーです。連邦保安官でしてな」


「まあ、勇ましい」


「とんだ、お転婆ですよ。そしてその横の彼が、フィービーの助手エウスタシオです。まだ言葉に慣れないお嬢さんを助けてやりなさい、エウスタシオ」


「……はい。喜んで」


 エウスタシオは、殊勝に頭を下げる。


 南大陸から来たといっても、彼らは先住民の血が混じっていないのか、褐色の肌ではなかった。貴族の末裔なのかもしれない。


 娘の方は、少し頬を赤らめてエウスタシオに話しかけていた。エウスタシオも、素早くにこやかに答える。


 何を喋っているかわからないが、友好的な会話のようだ。


「フィービー、母さんが呼んでるぞ。ここはいいから、もう行きなさい」


「……はいはい」


 父に促され、フィービーは渋々その場を後にした。


「フィービー! こちら、ラス家のご子息よ!」


 母が、誇らしげにフィービーを“ご子息”とやらに紹介する。


 にこやかな笑顔を浮かべた彼は、フィービーを「お美しい」と褒めた。


「どうも」


「……アレクサンドラの令嬢は、連邦保安官だという噂は本当ですか?」


「噂でもなんでもなく、事実だ」


 傲然ごうぜんと言い切ると、彼はぎょっとしたようだった。噂だと思っていたらしい。


「西部で荒くれ者を追いかけ回すのは、なかなか楽しいぞ?」


「フィービー!」


 母に叱られ、フィービーは「ふん」と鼻を鳴らす。


(この程度で怯える男など、御免だ)


「すみません。どうもお転婆でねえ……。でも、教養もあるんですよ」


 母が言い訳を口にするのを聞きながら、フィービーはエウスタシオに視線をやった。


 すると、あの家族だけでなく多くの女性が彼のもとに集まっている。


(……ほう)


 エウスタシオは、見た目は文句なしだから女性にも受けがいいのだろう。今日のように、正装していればなおさらに。


(逆玉の輿とやらも狙えるかもしれないな、あいつなら……)


 そういえば、エウスタシオの父方は貴族の家系だ。洗練された動作が嫌味でなく似合うのは、血筋のせいもあるのか……。


「フィービー、何を見てるの? ……ああ、あの子供」


 母も、フィービーの視線に気づいたらしい。


「お前より、あの子を注目させてどうするの!」


 そんなこと言われても、と肩をすくめてフィービーはグラスを傾けて赤い酒を少し口に含んだ。




 夜会を終え、アレクサンドラ家は家に帰ってきた。


 両親はさっさと自室に引き上げたが、フィービーとエウスタシオは居間で一旦休憩することにした。


「……疲れました」


 フィービーよりも、エウスタシオの方が疲れているようだった。


「ご苦労。だが、なかなか楽しんでいたようじゃないか。お前、もてるな」


「楽しんでいた? ご冗談を。好奇心で近寄ってきた女性ばかりですよ」


「ふむ」


 フィービーは、紅茶を一口飲んで首を傾げた。


「なあ、エウ」


「はい」


「もし、あの中で気に入った女がいたら私に言えよ。紹介ぐらいしてやるさ」


「いませんよ、そんなの」


 エウスタシオは、気を悪くしたようだった。


「まあ聞け。これから、現れるかもしれないだろう? そのときは、ちゃんと言うんだぞ」


 まるで保護者のようだと自分で感心しながら、フィービーは笑う。エウスタシオは全く笑っていなかったが。


「……どうして、急にそんなことを言うのですか」


「別に。なんとなく」


 フィービーはこれ以上言わない方がいいと判断し、はぐらかした。


「――フィービー様の方は、どうだったのですか」


「どう? ああ、夜会でのことか。母が挨拶しまくっていたが、ろくに覚えていないな」


 全く、とフィービーはため息をつく。


 そもそも、一人娘なのがついていなかった。きょうだいでもいれば、自分は好き勝手やれたのにと口惜しくなる。


 両親はアレクサンドラ家の断絶を許さない。フィービーを無理矢理にでも、結婚させるだろう。


 しかし両親がフィービーに望むのは、釣り合う家系との結婚だ。そんな家の者は大抵、フィービーが結婚後も連邦保安官を続けることをよしとはしないだろう。


「……さて、私たちもそろそろ引き上げるか」


 化粧もかなり落ちただろうな、と思って口元を拭うと手の甲に真っ赤な筋がついた。


 その赤に見入るようにして、エウスタシオは呟いた。


「早く、西部に帰りましょう」


 年の割に大人びた彼にしては珍しく、子供めいた口調だった。


「わかってるっての。だが、もう少し用事があるんだ。我慢しろ」


 母は、二・三件ほど見合い話を持ってきていたはずだ。それを済ませてからでないと、西部に帰してくれないだろう。


 のびをして立ち上がろうとしたところで、いつの間にか傍に来ていたエウスタシオが手を貸してくれた。


 恰好とあいまって、貴族のようだった。昔に読んだ小説に出てきた、謎めいた異国風の貴族男性――彼はそんな役どころにぴったりだ。


(勿体ないな)


 彼の手を取るのが自分のような荒れた手の女でなければ、絵になっただろうに――などと思い、フィービーは思わず苦笑してしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る