Chapter 3. Angel's Heart(天使の心)5
「素性は、その通りだ。だが、エウはキッドの顔は知らない。私が彼を解放したのは、シエテのことをよく知っているから……キッドに通じる情報を得られると思ったのが一つ。もう一つは――」
ためらいの後、フィービーは続ける。
「エウは幼い頃、シエテに家族を惨殺されてさらわれた。シエテの統領は、男女問わずに幼い子供が好きでな」
「……」
それを聞いて、ジェーンは顔をしかめた。
「シエテで犯罪行為に手を貸したことは事実だが、それも生きるため。エウは必死に統領に取り入った。私はその事情を知り、こいつには情状酌量の余地があると思ったんだ。償いのために、私の補佐をしろと命じた。キッドを追う私にとって、前身であるシエテをよく知るこいつは役立つだろうと思った。――それだけだ。お前の邪推は、外れている」
「……わかったわ。ヘンリー、彼を解放して」
縄を解かれたエウスタシオは、よろよろと立ち上がった。
フィービーは彼の元に歩み寄り、肩を貸す。
「おい、クソ女。此度の非道な行い、捕まえてやってもいいんだぞ。今なら謝罪で許してやる」
「はいはい。――ごめんなさいね」
「毒を盛ったのも、お前だろう」
「正確に言えば、私の仲間ね。やっと坊やの情報をつかんだのに東部に行かれては困るから、強引な手段に出たわ」
「このツケは高くつくぞ。わかったな!」
怒鳴り、フィービーはエウスタシオを連れて外に出た。
外で待っていたリッキーは、二人の姿を見て仰天する。
「ほ、保安官。その人、怪我してる」
「ああ。手当をしたい」
「うちに案内するよ!」
そうしてリッキーの案内の元、フィービーとエウスタシオは倉庫を後にした。
家屋に案内され、フィービーとエウスタシオは一室に通された。
「これ、救急箱。俺は両親に言いにいくから!」
そう言い残して、リッキーは慌ただしく出ていってしまった。
フィービーはエウスタシオと向かい合わせに座り、首を傾げた。
「……大丈夫か」
「大丈夫ですよ。荒っぽい連中ですので、無傷とはいきませんけどね。ジェーン・A・ジャストがちゃんと制してくれましたから」
「そうか。それは何よりだ」
フィービーは脱脂綿を取り出し、それに消毒液をつけた。
エウスタシオの口元を拭ってやると、痛いのか口元が微妙に痙攣した。
「何も、喋らなかったんだな」
「ええ」
「別に、お前の事情ぐらい言ってやってもよかったんだぞ」
「……どこまで開示していいか、わかりませんでしたから。黙秘を通しました」
「そうか」
腕の切り傷も消毒してやり、包帯を巻く。
意外にけがは少なかったようで、フィービーはホッと一息をついた。
「フィービー様……」
「何も言うな。あいつらが、聞き耳を立てているかもしれない」
「……そうですね」
しばらく二人は沈黙していた。
突如響いたノックの音に、同時に顔を上げる。
「――誰だ」
「私よ、フィービー。入っていいかしら」
「勝手に入れ」
促すと、ジェーンが入ってきた。
「この度は、悪かったわ。お詫びと言っちゃなんだけど、東部行きのチケット代よ」
ジェーンは紙幣を数枚、フィービーに渡した。
「ふん。当然の措置だな。お前のせいで、私たちは途中下車する羽目になったのだから」
「はいはい」
ジェーンは肩をすくめていた。
「おい、どこでエウの情報をつかんだ?」
「……私、前から不思議だったのよね。連邦保安官補にしては、坊やは若すぎるから。何らかの事情があるんだろうと思って、調べさせていたのよ。そうしたら、シエテつながりって言うじゃない。それじゃあ、坊やならキッドの顔を知っているのかと。最大の手がかりを、こっちも利用させてもらおうとしたの」
「キッドの顔を知っているなら、もっと早くに捕まえているだろう。しかも、捕らえられたシエテのメンバーはエウだけではなかった。そのいずれも、取り調べではキッドの顔は知らないと言った」
「……それって妙な話よね。キッドは確かに、シエテに入ったはず。それなのにどうして、誰も彼の顔を知らないの?」
ジェーンは顔をしかめ、腕を組んだ。
「キッドは、シエテの頭領とだけ接触していたらしい。その頃からもう、シエテを崩壊させると決めていたのだろう。シエテの情報を保安官に売り、自分はさっさと逃げおおせた。あいつがシエテで何をしたかったのかはよくわからないが、頭領から何らかのものを奪ったのだろう」
「なるほどね――」
「情報提供はここまでだ。あとは自力で調べろ」
「わかったわ。……もう行くの?」
立ち上がったフィービーを見て、ジェーンは眉をひそめた。
「ああ。行くぞ、エウ」
「はい」
エウスタシオも、弱々しく立ち上がる。
「あの少年には、お前から事情を話しておけよ」
「はいはい。随分急ぐのね」
ジェーンは目を細めたが、無視してフィービーは彼女の横を通り過ぎた。
馬は二頭連れてきていたので、フィービーとエウスタシオはそれぞれ馬に跨って農場を後にした。
フィービーが一刻も早く農場を離れたがった理由は、もちろんあそこには賞金稼ぎたちがたくさんいるからだった。
ジェーンが統制しているとはいえ、強引な手段に出る者もいないとは限らない。
「エウ。すぐに列車に乗れるか?」
「……大丈夫です」
「そうか。さすがにもう、東部行きを伸ばせないし、また妨害されては困るからな。悪いが、もう少し頑張ってくれ」
「はい」
そうして二人は馬に拍車をかけた。
To be Continued...
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