Chapter 4. The Missing(失踪) 3
リングヘッドの町は鉄道も通っているためか、賑わいを見せていた。
フェリックスとルースとオーウェンは馬から降り、手綱を引きつつ町に入った。
「大きな町ねえ。あ、フェリックス」
ルースはフェリックスを見上げて尋ねた。
「どこに行くかって、決めてるの?」
「ああ、決めてるよ。っていうか、トゥルー・アイズに会う」
「そう。あの人って、あんたの悪魔祓い仲間か何か?」
「当たらずとも遠からず、だな」
二人の会話を聞いて、オーウェンは面白くなさそうに顔をしかめた。
「どうして、そんなことを知っているんだ? ルース」
オーウェンの問いかけに、ルースは息を呑んだ。
「あ、えと。話すと、長くなるんだけど……」
ルースが戸惑っていると、当のフェリックスが口を開いた。
「兄さん、まあまあ落ち着いて」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「色々あったんだよ。俺から、ちゃーんと話すからさ」
フェリックスはルースに、片目をつむってみせた。
オーウェンは納得いかないようで、まだ眉間に皺を刻んでいる。
「お前の話を信用しろと言うのか?」
「頼むよ兄さん。今は町中だし、ルースは混乱してる」
「どうして、混乱するんだ?」
オーウェンは今にもルースの腕をひっつかんで問い質してきそうだったので、ルースはさりげなく兄から距離を取った。
「良いから! おっと、こんなところに宿屋が。ルース、三人分の予約を取っておいてくれ。俺は兄さんとサルーンで、男同士の話としゃれこむからさっ!」
フェリックスは自分の手綱をルースに押し付け、オーウェンの腕を引っ張った。
「放せ!」
「良いから良いから」
馬鹿らしくなったのかオーウェンは抵抗を止め、呆然とするルースに鋭い視線を向けた。
「なぜ、お前は俺じゃなくてこいつを信用するんだ」
悲痛とも言える声に胸が痛んだが、ルースは止めることもできずに二人を見送った。
サルーンに入った二人は、テーブル席へ座った。
目の前にグラスが置かれても、オーウェンは顔を上げなかった。
「さあて兄さん。俺のおごりだよ」
「……当然だろう」
「かんぱーい」
フェリックスは、勝手に自分の分のグラスを当ててきた。
昼間のサルーンは閑散としているが、人がいないわけでもない。いきなり入ってきたよそ者二人に、酔った男たちはうろん気な視線を向けてきた。
「色々あったから、俺も失念してたよ。口止めすること」
「口止めって――俺に……か?」
「まあね。兄さん、俺が悪魔祓いって、知っちゃったじゃん? そういえば、今回の旅――というかジョナサンの病気の原因も、兄さんは勘づいているんだろう?」
フェリックスの質問に、オーウェンは戸惑いながらも頷いた。
「なんとなく、嫌な気配がしていた。それに、お前が旅に出るとか言い出した時点でピンと来たんだ。ルースも、知っているということか?」
「ああ。兄さんにも言うつもりだったんだよ。ただ急いだ方が良いと思って、出発を優先しただけで」
「お前、俺に悪魔祓いってことは言うなって、口止めしたよな? あの後に、ばらしたのか?」
「――うーん。もう、兄さんには正直に全部言っておくよ」
「正直に?」
「その代わり、約束して欲しい。俺が今から言うことはルースには、言わないで欲しい。ルースのために」
フェリックスの曖昧な頼みに、オーウェンは眉をひそめて渋々と首を縦に振った。
「わけがわからんが……内容次第では、承知する」
「兄さん、やっぱり慎重だね。さて――まず、ルースは……俺が悪魔祓いであることは、とっくの昔に知っていた」
「知っていた?」
「そう。でも、記憶を消したんだ」
そこで、オーウェンの顔が赤くなった。
「何だと!?」
「落ち着いて。これは、ルースの頼みだったんだ。兄さんも、覚えているだろう? キャスリーンが行方不明になった後、ルースは元気がなかっただろ?」
「あ、ああ。そういえば、そうだったな。キャスリーンがいなくなったからだろう?」
「それも大きいよ。でも、いなくなった理由が問題だった」
フェリックスはグラスを傾け、琥珀色の液体を
「まさか――」
オーウェンの目が、大きく見開かれる。
「キャスリーンがいなくなったのは……。お前が、始末したからなのか?」
フェリックスは目を閉じ、頷いた。
「つまり、悪魔が……」
「そうだよ。キャスリーンは嫉妬につけ込まれて、悪魔に取り憑かれた」
「ルースに、嫉妬したと?」
「そうだよ。キャスリーンは激変したと、誰もが言っていた。地味な少女から、豪奢な歌姫へと……まるで変身したようだったと」
「……それは、そうだな」
元々キャスリーンは三つ編みがよく似合う、大人しい少女だった。
舞台には上がらず、いつも皆の世話をしていた。それが幸せなのだと笑って。
いつから、あんなにも目を惹くような容姿になったのかは、思い出せない。されどキャスリーンは舞台に上がり、観客を魅了した。
キャスリーンの人気が凄まじかったため、それまで喉の潰れた母エレンに代わって舞台に上がっていたルースは、もう舞台に上がらなくなってしまった。
二人の立場は、逆転したのだ。
しかし、オーウェンにはそのあたりの記憶が曖昧だった。かろうじて、思い出せる程度だ。
「キャスリーンは、じゃあ……死んだのか……」
不思議と、驚きはなかった。心のどこかで、生きてはいまいと察していたのかもしれない。
「なら、ルースが元気を失くしたのは」
「自分を責めたからだよ。自分への嫉妬で、キャスリーンは悪魔と契約してしまったと」
「……そうか……」
オーウェンはそれまで口をつけていなかったグラスの中身を、一気に飲み干した。
喉が焼けるように熱い。随分と強い酒のようだ。
確かに、皆はキャスリーンよりルースをちやほやしていた。ルースが太陽だとしたら、キャスリーンは月のような少女だった。
ふと、オーウェンはルースへの好意をキャスリーンだけがを知っていたと言ったとき、フェリックスが「やっぱり」と言ったことを思い出した。
「……おい。まさか、お前があのときに“やっぱり”と言ったのは……?」
「やっぱりって?」
「俺のルースへの感情を、キャスリーンだけが知っていたことを、お前は当てただろう。あれは、まさか……」
フェリックスはすっかり空になってしまったグラスをもてあそびながら、ため息をついた。
「俺の推測だけどね。兄さん、思い当たる?」
「――俺の自惚れだと、思いたいが……」
年が近いせいもあって、キャスリーンとは気さくな仲だった。
されど思い返せば、キャスリーンはオーウェンがルースへの想いを認めたとき……哀しそうな顔をしていた。
あれはてっきり、哀しい恋に同情をしてくれているのだと思っていた。
しかし――もし、キャスリーンがオーウェンを慕っていたのだとしたら――義理のきょうだいとしてではなく、オーウェンがルースに抱くような想いを抱いていたのだとしたら……。
「だから、ルースに嫉妬……したのか」
「有り得る話だな、って思ったんだよ。それだけじゃ、なかったんだろうけど。片や歌姫の跡を継ぐ歌い手で、片や裏方。キャスリーンは満足していたって言ってたらしいけど、本心でどう思っていたなんてわからないだろう」
「……そういえば、キャスリーンは新大陸への移住に反対したらしいんだ」
オーウェンは頭をかきむしるように抱え、目を閉じた。
「もう、そのときには母さんの喉は潰れていた。他に歌い手も何人かいたけど、みんな移住を断ったから次の歌い手は、ルースだって目されていた。それも関係あったんだろうか……」
「多分、ね」
もし新大陸に行かなければ、ルースはもう数年は歌姫として看板は張れなかっただろう。
「もしキャスリーンの想いが事実なら、ルースのせいじゃない。俺のせいじゃないか」
「……誰のせいでもない、と思うけどなあ」
「慰めは、要らない」
オーウェンは額に手を当て、首を振った。
気づきもしなかった。無神経にも、キャスリーンに相談してしまった。
「用心棒。しばらく、一人にしてくれないか……」
「了解。しばらくしたら、迎えにくるよ」
心配したのか、フェリックスはオーウェンの肩を軽く叩いてから立ち上がった。
「待て」
呼び止めると、フェリックスは不思議そうな顔で振り向いた。
「ルースが元気を失くしたから、お前は記憶を消去したのか?」
「そうだよ。ルースは初め、乗り越えようとしてた。でも――段々と心を壊していったんだ。ずっと姉が自分を憎んでいた事実、それに気づかなかった自分が許せなくなった」
「……そうか」
ルースはああ見えて、脆いところがある。
だからルースはあのとき、フェリックスに甘えるようになっていたのか。
「記憶の消去は友達に頼んだ。それから一度、悪魔祓いの現場を目撃されてしまって……それは俺が消そうとしたんだけど、素人だから弊害が残っちゃってさ。その消去は友達に頼んで元に戻してもらった。だから、ルースは俺が悪魔祓いなことを再び知っているわけさ」
「なるほどな」
「そういうわけで、キャスリーンのくだりは思い出していないのさ。くれぐれも、言わないでくれよ」
フェリックスは少し哀しげな笑みを残して、サルーンから出ていってしまった。
『キャスリーン。俺は、おかしいのか……?』
『オーウェン、そんなに悩まなくても良いわよ。血はつながってないんだもの。大変だとは思うけど、可能性がないわけじゃないわ。告白はしたの?』
『まさか』
『関係が変わるのが、怖いのね?』
キャスリーンはいつでも、優しく慰めてくれた。
行き場のない想いに悩むオーウェンに、優しい言葉をかけてくれた。
キャスリーンは本当に、自分に好意を持っていたのだろうか。
自分の思い込みであったら、どんなに良いだろう。
されど、気づけばキャスリーンの言動ひとつひとつが彼女の想いを指し示していたように思う。
思うだけで、心に血が滲んだ。
謝りたくても、キャスリーンはもうこの世にいないのだ。
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