Chapter 4. The Missing(失踪) 2



 朝食を終え、フィービーにはもう少し横になっているように諭し、エウスタシオは昨日訪れた薬屋に向かった。


「いらっしゃい――ああ、保安官補!」


 エウスタシオの姿を認めた途端、店主は新聞をカウンターに置いて立ち上がった。


「昨日、依頼した毒の選定は――もうできていますか?」


「ええ、ええ。しかし保安官補。この毒って……」


「何か、不審な点でも?」


 エウスタシオが眉を上げると、店主は首をひねった。


「不審というか……この毒は、致死ではないんですよ」


「何ですって? 致死量に満たなかった、という意味ですか?」


「いいえ。種類が、です。体の痺れと高熱を起こさせますが、ひどい症状は一日ぐらいで収まります」


 つまり、死なない毒を盛られたというわけだ。


 ブラッディ・レズリーにしては、手ぬるすぎるが……捕らえるためかもしれないと思うと、腑に落ちた。


「そうですか」


「はあ。あ、それではこの結果を書いた紙をどうぞ」


「どうも」


 エウスタシオは紙を受け取ってから、紙幣を店主の手に載せた。


「こ、これはありがとうございます!」


 思ったより多かったのか、店主はにやにやを隠しきれない表情で頭を下げていた。




 戻ってフィービーに毒の件を報告すると、フィービーはベッドに身を横たえたまま腕を組んだ。


「妙な話も、あるものだな」


「ええ。ですが、殺すつもりではなく捕らえたかっただけだとすれば、ブラッディ・レズリーの可能性もあります」


「ふむ」


 まだ本調子ではないのか、フィービーは億劫そうに体を起こした。


「これから、どうします?」


「毒を盛った奴を追うにしても、手がかりがない。とにかく一旦、予定通り東部に戻ろう」


「そうですね」


 二人は互いに釈然としない表情のまま、頷き合った。


「実は、この町の駅からは、東部直行の列車には乗れないんですよ。今回は、特別に下ろしてもらったんです」


 大陸横断鉄道は文字通り西部と東部をつなぐ鉄道であり、西部と東部を行き来するときは相当な距離を走るので、全ての駅には停まらない。


「だから、少し離れた町の駅まで馬で移動しなければいけません」


「面倒だな! 馬は預けてしまっただろう。どうするんだ」


「交渉して、借りてきます。フィービー様、明日には出発できそうですか?」


「無論だ。何なら、今すぐでも大丈夫だ」


 フィービーはベッドから降りようとしたが、エウスタシオは静かに手で制した。


「念のため、今日一日は休んでおいてください。それでは、借りてきますので」


 エウスタシオはそう言い残して、部屋を後にした。


 廊下を速足で歩いて宿の玄関から、外に出た途端――視線を感じた。


 思わずホルスターに収まった銃に手を当てたが、感じた視線は消えていた。


 しかし、先ほどまで自分を見ていた者がいることは確かだ。


 なんとも居心地が悪いと思いながらも、エウスタシオは歩を進めた。




 馬主は、気前よく承諾してくれた。


「ええ、もちろん良いですよ。お好きなのを選んでください。リングヘッドの町まで、うちの者を同行させますが、よろしいですか?」


 随分と大柄な男だ。まだ背が伸びきっておらず、男性にしては小柄なエウスタシオは、首が痛くなりそうなほど見上げなくてはならなかった。


「ええ。返しに来られませんからね」


 愛想も兼ねて微笑むと、馬主の男は、がっはっはと笑った。


「ところで、連邦保安官補――ですかね?」


「ああ、ええ」


 普段はポンチョでバッジを隠していることも多いのだが、あの不穏な視線があったので、わざと前をいつもより広げてバッジを見せていたのだった。


「ちょうど良かった。俺、実は聞きたいことがあって」


「何ですか?」


 まさかブラッディ・レズリー関係ではないかと身構えつつ、エウスタシオは男の言葉を待った。


「うちで働いてた奴が、行方不明になったんですよ。リングヘッドの町まで、買い物に行ってもらっただけなのに。リングヘッドは隣町と言っても、相当離れているんですけどね」


「行方不明……ですか」


「ええ。しかも、そいつだけじゃないんですよ。この町の住人だけでも、もう一人いなくなってます。リングヘッドからも失踪者が出たと聞きました」


「町の保安官はそのこと、もちろん知ってますよね?」


 エウスタシオの質問に、男は言いにくそうにためらった後――口を開いて衝撃的な事実を口にした。


「調査に行った保安官も、戻ってきていないんです。行方不明者の一人は、この町の保安官ですよ」




 夕食の席で、フィービーはがつがつフライドポテトを頬張り、飲み下してから告げた。


「調査するのは別に良いが……管轄は大丈夫なのか?」


「ええ。問題になっている地域は、この町と隣町の間でして――二つの町は郡が違います」


「ふむ。郡がまたがるなら、連邦保安官の領域だな」


 フィービーは指についた塩を舐め、にやりと笑った。


 事件と聞くと、うんざりするどころか嬉しがるのは――保安官向きの性格と言えるかもしれない。


「事件の発生地域は、ここです」


 エウスタシオはフィービーから見やすいように、地図を逆向きにしてテーブルに置いた。


 狭い領域の地図だ。この町と隣町だけしか載っていない。


「この白い部分は何だ?」


「元々は町があったらしいんですが、ハリケーンで壊滅したらしいんです。住民たちは、ここで消えたのではないかと疑っている……と。元々、不穏な噂のあるところみたいで」


「ふむ」


 真剣に話している内に声が大きくなってしまったのか、エウスタシオは周囲の視線を感じてハッとした。こちらを見ている客たちは一様に、不安そうな表情だ。


 別に聞かれても困ることはあるまい、と判断してエウスタシオはフィービーに向き直った。フィービーは地図に夢中で、周囲の視線になど気がついてもいないらしい。


「とりあえず、調査してみよう。行方不明者がいることは確かだ」


 そこでふとフィービーは何かを思いついたように、ポテトに伸ばした手を止めた。


「……そういえば」


「どうかしました?」


「思い出したんだ。妙にこの頃、行方不明事件が多いことをな」


 言われてエウスタシオも同意の印に、頷いてみせる。


「確かに、遺体の出ない事件が多いですね」


「そうだ。しかも、そこでやたら顔を見るのが――フェリックス・E・シュトーゲルだ」


 旅芸人の用心棒をしているあの男と、いやに出くわす。


「行方不明事件には、ブラッディ・レズリーが絡んでいるかもしれない。やはり、あいつがブラッディ・レズリーに関わっている可能性は否定できないな」


「そうですね」


 ジャンク兄弟の片割れは未だ行方不明。殺人事件の犯人であったはずの、市長の娘オーレリアは姿を消してしまった。


「あいつは怪しすぎるぞ。まあ、あいつのことは一旦置いて、先にこっちから調べよう」


「ええ。まさかまた、出くわさないでしょうね?」


 このとき、エウスタシオはあくまで冗談半分で言ったつもりだった。

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