Chapter 3. New Departure(新たな出発) 3



 ロビンは別の店のカウンターで、グラスを傾けていた。


「やあ、ロビン。捜したよ」


「――チッ。見つかったか」


 吐き捨てるように言って、ロビンは残りを飲み干した。


「まあまあ、穏やかにいこうじゃないか。おごるよ」


「当たり前だろ。おい、同じのもう一杯」


「私にはスコッチを。それから――個室があるなら、そこに通して欲しい」


 ロビンが注文してからアーサーも口を開き、カウンターに紙幣を何枚か置いた。


 紙幣を目にした途端に無愛想だった店の主人はにこにこと笑顔を浮かべ、二人を個室に案内してくれた。


「見たか、さっきの変わり様。世の中、金じゃないって言うけど、やっぱ金だよなあ」


 煙草をくわえてロビンが笑うと、アーサーは「そうだね」と相槌を打って微笑んだ。


「ルビィのことか」


 マッチを擦って火を付けた後、ロビンは机に足を載せて腕を組んだ。


「ああ。――今回は、見逃してやってくれないか」


「だが、顔を見られている」


「どうせ、その子供は病気で死ぬのだろう?」


「死ぬ前に、保安官に報告したらどうなるんだよ」


 ロビンは煙を吐き出しながら、顔をしかめた。


「そのときは責任を持って、私がルビィを殺すさ。一度目の失敗なのだから、今回は許してあげよう。あそこまで優秀なスナイパーは、なかなか育たない」


「狙撃の腕は確かにあるけどな……精神が弱いんじゃ、やっていけねえぞ。俺はしばらく、あいつとは組まない」


「だが、君の受け持っている指令がブラッディ・レズリーの最優先事項だ。スナイパーは必要だろう」


 アーサーが穏やかに切りだすと、ロビンは考える素振りを見せた。


「でもなあ……」


「ルビィには、よく言い聞かせたよ。次に会ったら必ず殺す、と約束した。あの子も、次がないことは、よくわかっている」


 はあ、っとロビンは煙と共にため息を吐いた。


「面倒くせえなあ。そういや、あいつって何でわざわざ男の振りしてんだ?」


「それはまあ、私の案だよ。元々少年らしいところのある子だし、男装してた方が良いのではないかと思ってね。女の子だと、他の団員に舐められないとも限らない」


 アーサーが淡々と説明すると、ロビンは机から足を下ろした。


「――わかったよ、許してやるよ。俺、優しすぎだろ。今度しくじったら、あんたに知らせりゃ良いのか? それとも、俺が撃っても良いのか?」


「私に知らせておくれ。きちんと、責任持って殺すよ」


 アーサーは心を痛める様子など全く見せずに、微笑んだ。








 体を横たえて休むだけのつもりだったのに、少し眠ってしまったらしい。


 ルースは体を起こして、大きく伸びをした。


 元々、レイノルズが買ったこの家は大きなものだった。農場を放棄寸前で売ってもらったものなので格安で買えたらしいが、それほど痛んでもいないし部屋数は多かった。


 おかげで自分だけの個室をあてがってもらい、有り難い。


「今、何時かしら……」


 窓の外を覗くと、日が傾き始めたところだった。


 夕食の手伝いをしなくては、とブーツを履いて部屋から出る。


 廊下は、しんとしていた。


(まさかみんな、寝てるのかしら?)


 コツコツ音を立てて歩いていくと、居間に出た。ソファでは、アーネストが大口を開けて眠っている。


「ルース」


 台所から、叔母が出て来た。


「イングリッド叔母さん。何だか家の中が静かね」


「みんな、農場を手伝いにいってくれたのさ」


「そうなの? あ、これから夕食よね。手伝うわよ」


「ありがとう。じゃあ、こちらにいらっしゃい」


 イングリッドに手招かれ、ルースは台所に入った。てっきり先に手伝っていると思ったエレンは、いなかった。


「エレンなら、寝てるよ。みんな疲れてるみたいだね」


「そう……」


 きっとエレンは、ジョナサンの看病で疲労が蓄積してしまったのだろう。ルースも手伝ってはいるが、それでもやはりエレンへの負担が重い。


「ルース、にんじんの皮をむいてくれるかい?」


「わかったわ」


 しばらく包丁の刃で恐る恐るにんじんをむくことに集中していると、イングリッドが口を開いた。


「元気でやってたのかい?」


 長身の叔母は少し屈んで、ルースの顔を覗き込んだ。


「……ええ。でもやっぱり、叔父さんと叔母さんとリッキーがいなくなって……淋しかったわ」


「すまないことをしたね。キャスリーンがいなくなって間を置かずに抜けちまったから――気にはしていたんだよ」


「気にしないで。あの機会を逃さなくて、良かったじゃない」


 ルースが明るくとりなすと、イングリッドは少し淋しそうに微笑んだ。


「レイノルズも言ってたけど、あんたは元気になったようで良かった。強くなったね」


「……そのことだけど、叔母さん。あたしって、そんなに元気なかったっけ……?」


「ん? ああ、自分ではわかってなかったのかい? まるで幽霊みたいだったよ。生気が抜けて、口も利かないしね。不思議なことに、フェリックスだったっけ――あの用心棒とは、よく話していたね」


 包丁を落としそうになるほど驚きながら、ルースは必死に記憶を探った。


(そうだわ、トゥルー・アイズさんも言っていた。記憶を失くす前のあたしの状態は、ひどかったと。そこの記憶を消したんだわ)


 わかるのは、叔父家族が抜ける直前であったこと――つまり姉の失踪後だ。


 度々、夢に出てくる、行方知れずになった姉のキャスリーン。


(あたしはもしかしたら、姉さんがなぜ消えたのか知っていたの……?)


 そして皆が口を揃えてその時期のルースは、フェリックスに頼っていたと言う。フェリックスが何かを知っていることは、間違いない。


 だが気になる点は、フェリックスがもしルースに聞かれても言わないと告げたことだ。記憶を失くす前のルースとの、約束だからと。


「……ルース、あんた!」


 叔母の鋭い声で我に返ると、目の前のにんじんが枯れ木のように痩せ細っていた。


「皮だけじゃなく、身もごっそりむいてるじゃないか! 気をつけて!」


「は、はい……」


 もう一度、と違うにんじんを手に取ったとき、急に家の中が、がやがやと騒がしくなった。皆が戻ってきたようだ。




「何だ? このにんじん」


 かわいそうなほど細いにんじんが丸ごとシチューに入っていたので、フェリックスは目を丸くしていた。


「ああ、それ当たったのね。あたしがむくの失敗したやつなの。いくつか入ってるわ」


 ルースが説明した途端、オーウェンも「げっ」と声を出してにんじんをすくいあげていた。


「半分くらい、シチューを手伝ってもらったんだよ」


「道理で、シチューだけ微妙な味なわけだ」


 イングリッドの説明にフェリックスが真面目な顔で頷いていたので、思わずルースは彼を睨んでしまった。


 大勢で囲む夕食は楽しかった。前にいた宿では寝室で食事を取っていたジョナサンも、今日は頑張って席に着いている。


「俺、久々にジョナサンと一緒に寝ようかな。良いだろ? エレン伯母さん」


「ああ、良いよ。でも、夜更かしはだめだよ」


「わかってるよ! やったなジョナサン!」


 リッキーに強く肩を叩かれ、ジョナサン「いてて」と呻いていた。




 ジョナサンとリッキーが皆より早く引き上げた後、ルースは後片付け中に二人にレモネードを持っていくようにイングリッドに頼まれた。


 レモネードを注いだグラスを三つ載せた盆を持って、部屋の前で叫ぶ。


「リッキー、起きてる? レモネード持ってきたから、開けてちょうだい!」


「はいはーい」


 リッキーの応答の声と共に扉が内側から開かれ、ルースは大股で部屋に入った。


 ジョナサンもまだ眠っていなかったらしく、ベッドの上に座っている。こちらを見てにっこり笑った。


「ジョナサン、調子良さそうね」


 グラスを一つ、ジョナサンに渡す。


「うん」


「俺のおかげだろ、絶対」


 リッキーは大言壮語を吐き、レモネードをルースから受け取ってすぐ飲み干した。


「あ、そうだルース。さっきジョナサンと話してたんだけど、やっぱりジェーンさんはフェリックスの元カノだと思うんだ」


「まだ続いてたの、その話。大体、あの二人って年が離れてると思うわよ。フェリックスは十九で、ジェーンさんが二十六で……」


「オレは十四だよ」


「あんたの年は聞いてないわよ」


「へいへい。だけど、年なんて関係ないだろー。うーん、すっげー気になる。もう直球で聞こうか。フェリックスなら、答えてくれるだろ」


「止めなさいよ」


「何だよ、ルースも気になるだろ。ジョナサン、行こうぜ!」


「うん!」


「ジョナサン、あんた寝なくて良いの?」


 ルースは目を吊り上げたが、ここでリッキーがジョナサンを庇った。


「体調良いときぐらい良いじゃん。外に出るわけでもなし、まだ八時だぜ? ……ってことで、行ってきます!」


 リッキーとジョナサンは、どたどたと部屋を出ていってしまい、残されたルースはしばらく虚空を睨んでいたが――意を決して腰を上げた。

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