Chapter 2. A Red Headed Girl(赤い髪の少女) 2
ルースは気になって、ジョナサンに確認を取った。
「ジョナサン。保安官に嘘ついてないでしょうね? 嘘ついたら、しょっぴかれるわよ」
「ついてないもん」
ジョナサンは、あくまで頑固だった。
「あのね……今、ブラッディ・レズリーのスナイパーが逃げてるの。その人は、怪我してるのよ」
衝撃が走ったように、ジョナサンの肩がびくりと震える。
「違う」
「え?」
「あの子、子供だったし銃も持ってなかった。追われてて、かわいそうだったんだよ。ブラッディ・レズリーに、追われてたかもしれないでしょ」
きっ、と見据えられてルースは思わず怯んでしまった。
「それを何で、連邦保安官に言わなかったの?」
「だってあの人たち、問答無用で捕まえちゃいそうなんだもの」
「……それもそうね」
実際、フェリックスを捕まえようとしている、あの二人のことだ。疑わしいと判断したら、すぐにでも捕まえてしまいそうだ。
「わかったわ。あたしは、あんたを信じる」
「本当?」
「ええ。でもね、お姉ちゃんに隠し事はしないでね。その子がまた来たら、言って」
子供と聞いて、サルーンに立てこもった男を思い出す。やたら背の低い男――子供かどうかはわからないが、若いことは確かだった。もしジョナサンが匿ったのが彼なら、百発百中でブラッディ・レズリーのスナイパーだ。
しかし、銃を持っていなかった、というのが気になった。普通の拳銃ならともかく、フィービー曰くスナイパーが使っているのはライフルだ。ライフルほど大きな銃を、子供が隠し持てるのだろうか。
「うん、わかった。でも、来ないと思うけどなあ……」
すると、それまで黙っていたジェーンが扉に耳を当て、二人に注意を促した。
「二人共。保安官が帰ってくるわよ」
ジェーンの予告通り、ほどなくして扉が開き、フィービーとエウスタシオが入ってきた。
「私たちはもう一度、保安官事務所に行ってくる。あいつを引き取ってこよう」
「どこにスナイパーが潜んでいるかわかりませんし、他のブラッディ・レズリーの者が来ていないとは限りませんので、あなた方は外に出ないように。宿の主人にはもう勧告してありますが、もし外に出ようとしている人がいたら止めてください」
連邦保安官および保安官補の指示を聞いて、ルースもジェーンもジョナサンも神妙な様子で首を縦に動かした。
二人が出ていき、足音が遠ざかってからルースはジェーンに視線を向けた。
「ジェーンさん、さっきのことは……」
「ええ、わかってる。坊ちゃんを信じましょう。大体、本当にスナイパーなら、保安官補が言ってた通り――坊ちゃんが無事なわけないわよ。――でも、感心しないわよ。知らない人を部屋に招き入れちゃだめ。わかった?」
「うん」
ジェーンにこつんと額を小突かれ、ジョナサンは笑って頷いていた。
荒い呼吸を繰り返して、ウィリアムは転がり込むように小さな民家に入った。
「――良いザマだな」
冷たく見下ろされて、ウィリアムは視線だけを金髪の男に向ける。
「ロビン……ごめん」
「銃は拾ってきてやったぞ」
愛用のライフルを渡され、それを胸に抱くと、ささやかな安堵が訪れた。
「お前が外すなんて、珍しいな」
「手元が狂ったんだ。しくじった――」
両手で顔を覆うと、ロビンはクッと笑った。
「しかもその怪我じゃ、しばらく撃てないだろう」
「問題ない。痛みはあるけど、耐えれば大丈夫だ」
毅然として言い切ると、ロビンの笑みが消えた。
「アーサーに言うな、ってか?」
「ああ。頼む」
ウィリアムが目を逸らさず睨み続けると、ロビンは肩をすくめた。
「わかったわかった。アーサーとは当分合流できないだろうし、それまでに傷を治せよ。気づかれたら、俺は知らない」
「それで良い。ありがとう」
礼を言われると思っていなかったのか、ロビンは眉を寄せて怪訝そうな表情になった。
「なんとか連邦保安官はまけて良かった。早くこの町から出よう。保安官事務所に拘留されたんじゃ、あいつの暗殺は無理だ。元々、あの女のついでに、ってことだったんだし……」
「ああ、ジェームズ・マッキンリーはもう良い。だけどルビィ」
ルビィと呼ばれたが、ウィリアムは反応しなかった。
「あ――悪い悪い。普段はウィリアムって呼ぶべきなんだっけか。面倒くせえなあ。男装なんてする必要あるのかねえ?」
ロビンは呟いてから、ウィリアムこと――ルビィを見下ろした。
「お前、一般人に顔見られただろう」
肩が震えた。振り返り、ロビンの目が冷えていることを確認する。
「お前が、宿屋の窓から脱出したところを見た。窓から顔を出してたあの子供――」
「あれは、俺の正体は知らない」
「後で知ったらどうするんだ。わかってるだろ、ブラッディ・レズリーの掟を。顔を知られたら殺せ、だ」
暗がりの中で、ロビンの薄い唇の両端が吊り上がる。
「……まだ、子供だ」
「関係ない。ものを言える年だ。まさか同情するのか? 冷酷非道なスナイパーが。アーサーは、何て言うだろうな?」
アーサーの名前を出された途端、ルビィは唇を噛んだ。
「殺せ。まだ正体を知らないなら、チャンスだ。狙撃だと目立つから、もう一度あそこに行って殺せ」
耳に唇を近づけられて囁かれる。まるで呪文のように、刷り込みのように。
「――わかった」
ルビィは短く答えた。
釈放されたフェリックスは、嬉しそうに伸びをした。
「あー、やだやだ牢屋って。カビ臭いんだもの。看守は顔怖いし」
「出るなり、うるさい人ですね。出さなければ良かった」
エウスタシオの嫌味も今は応えないらしく、フェリックスはにこにこしたままフィービーに尋ねた。
「ブラッディ・レズリーの一味が犯人だって、何でわかったんだ?」
「あの小娘が、声に聞き覚えがあると言った。しかも、お前が殺したと証言する予定だった者が、狙撃で殺されてな」
フィービーが薬莢を見せると、フェリックスは「なるほど」と呟いた。
クルーエル・キッドお気に入りのスナイパーは、西部に名をとどろかせる某社のライフルの中でも特殊な型のものを使う。既に製造中止になった型の銃に改造を施したもので、薬莢も特別な品だ。模倣犯でもない限り、これはブラッディ・レズリーのスナイパーが放った弾丸の薬莢に違いない。
スナイパーによる暗殺はある意味、ブラッディ・レズリーの“名乗り”でもあるのだ。
「私たちが来なかったら、普通に裁判されていた可能性が高いぞ」
「へいへい。ありがとうフィービー、大好き」
「こっちは大嫌いだ」
「つれないなあ。あ、エウスタシオ。そんな怒った顔しないで。嫉妬?」
「今すぐ黙ってください」
エウスタシオに冷ややかな笑顔と共にぴしゃりと言われて、さすがのフェリックスも口を閉じた。
「今回は助けた形になりましたけどね。私たちは、あなたが常々怪しいと思っているんですよ。ちっとも事情聴取に協力しないし」
「俺は見たまま答えたっつの」
「黙れ。大体、お前の行くところには事件が多すぎる」
エウスタシオとフィービー双方から詰め寄られ、フェリックスもたじたじとなった。
「ま、待て待て。とりあえずルースやジェーンが心配してるから、先に無事な姿を見せてやりたいんだ。話は後にしてくれ」
二人は不満そうに顔を見合わせたが、先にエウスタシオが妥協した。
「仕方ありませんね。宿に戻ったら覚悟してくださいよ」
「はは……エウってば優しいんだか怖いんだかわかんないなー」
「黙ってください。あと、あなたに略称を使うことは許していない、と前にも言いましたよね」
「わかったわかった!」
人気のない市街を抜けて宿に辿り着いたフェリックスは、ロビーで待っていたルースをすぐに見つけた。
「ルース!」
「フェリックス、良かった! 釈放されたのね!」
感極まってルースは抱きつきそうになったが、我に返って身を引いていた。
「あれ? 今、抱きつきそうにならなかった?」
「なってないわよ!」
「つまらないなあ。俺は、とっても抱擁したい気分なのに。――あっ」
こちらに近づいてくるオーウェンを認め、フェリックスは走り寄った。
「お前、釈放されたのか――」
「そうなんだ! 兄さん、祝って!」
思い切り抱きつかれ、オーウェンは悲鳴を上げていた。
「放せええええ!」
「俺の喜びを受け止めてくれ!」
「黙れ、離れろ、いっそ牢屋に戻れ!」
「ひどいな!」
ぱっと手を放すと、オーウェンは警戒してフェリックスから距離を取ってしまった。
呆れながら、ルースは声をかける。
「フェリックス。ジョナサンが会いたがってるの」
「ジョナサンが?」
「あんたが捕まってるとき、余計な心配かけたくなかったから元気だって言ってたんだけど――本当は、あんまり具合良くないの」
ルースの言葉を聞いて、フェリックスは眉間に皺を寄せた。
「わかった。会いにいってくる」
フェリックスは笑顔を戻して、階段を上っていった。
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