Chapter 5. Dirty Juliet (穢れたジュリエット) 5



 マイルズこと保安官の息子の評判は、お世辞にも良いとは言えなかった。


 サルーンのマスターだけではなく、町中の人が口をそろえて「ろくでなし」だと言った。


「父親が立派だと大成するか堕落するかのどっちかだって言うけど、マイルズは定型的な後者のタイプだったよ。そう、オーレリアぐらいのもんだな。あいつに付き合ってたのは。オーレリア自身、そんなに良い娘だったとは思えないがね」


 中でもお喋りだったのは、ガンショップの店主だった。


「そもそも、グリー町長とウィルソン保安官は犬猿の仲だって知ってたかい?」


 初耳だったので素直に首を横に振ると、店主はニヤリと笑った。


「グリー町長はあくどいことも結構やって、あの地位についたそうだ。対してウィルソン保安官はグリー町長の悪事を突き止めようとして、何度も失敗している。オーレリアとマイルズが仲良くなって、もちろん二人は面白くなかっただろうよ。仇敵の子供なんだからな」


(仇敵の家の子同士が、恋に落ちるって……そういう劇があったわね)


 ルースはそんなことを考えたが、オーレリアはジュリエットにしてはあでやかすぎる……と思い直した。


 二人が話に聴き入っていることを確認し、店主は気を良くして益々、饒舌じょうぜつになった。


「ここだけの話、犯人はマイルズだったんじゃないかって話だ。あいつなら、ブラッディ・レズリーに加入してても不思議じゃないからな。それに……」


 ここで店主は言葉を濁す。


「それに、何?」


「いや、なんでもない。あんたらは一般人だもんな」


 しかし、店主の顔に明らかに書いているようだった。『聞いてくれ。語りたい』と。


「教えてくれないか?」


 オーウェンが素早く頼むと、店主はしめたとばかりに、にんまり笑った。


「そう請われちゃ仕方ない。俺はなに、野次馬してるときに気づいたんだよ。落ちてた薬夾が、マイルズに売った銃のものだと」


「偶然同じ銃だった、ってだけじゃないか?」


 オーウェンの当然ともいえる指摘を受け、店主は「待ってました」とばかりに語った。


「あの銃は、珍しい銃なんだ。あんまり性能が良くないから、生産中止になってね。マイルズは見目がよければ良いとか言って、安値で買い叩いていったんだ。こっちも売れない銃を置いておくよりは、はした金でも売った方が良いからね。とにかく、あの銃を使っているのはマイルズぐらいのもんだよ」


 店主は得意気に、胸を反らしてみせる。


「それ、保安官には言ったの?」


「もちろん。保安官にも連邦保安官にも語ったさ」


 つまり、これで三度目になるわけである。いや、ほかの人たちにも語ってる可能性も大いに有り得た。


(じゃあ、もう犯人はわかったようなものだわ。あとは、捜し出すだけね)


 とにかく、マイルズから話を聞くどころではなさそうだ。ルースは諦め、店主にオーレリアについても聞くことにした。




 オーレリアの評判はマイルズほど悪くはなかったが、娘たちは辛辣に彼女を批判した。


「オーレリアはとにかく美人で金持ちであることを、鼻にかけてたわ」


「そうそう。男もすぐ騙されちゃって。マイルズなんか、そのせいで堕落したようなものよ」


「でも、それは元々かもしれないわよ?」


 かしましい井戸端会議に発展しそうだったので、ルースとオーウェンは礼を言ってその場を後にした。


「……全然、参考にならないわ」


 オーレリアに捧げる歌など、作れそうもない。


「いくら嫌な女だからって、死んだら同情ぐらい寄せられそうだけどな。よっぽどだったんだな」


 そこでルースは、オーレリアのことを思い出す。確かに、はっきり言うタイプだとは思ったが――。


「もう良いじゃないか。家に帰って、後は父さんに任せることにしよう」


 オーウェンがそっとルースの肩を叩くと、ルースは苦笑を浮かべた。


「きっとパパ、苦労するわね」


 そう呟いた瞬間、銃撃の音が耳を掠めた。


 子供の悲鳴が聞こえ、ルースはとっさに駆け出した。


「ルース!? 止めろ!」


 追いすがるオーウェンの声にも足を止めず、音の元へ辿り着く。


 そこには、赤い髪の子供が倒れていた。


「大丈夫? 撃たれた?」


 彼を助け起こし尋ねると、少年は呆然とした表情のまま壁を指さした。


 壁には血のごとく赤いインキでBloddy Laisleyと文字が描かれていた――。


「ブラッディ・レズリー!」


 ルースは震撼し、兄を振り返る。オーウェンは堅い声で告げた。


「急ぐぞ、ルース!」


「ええ。あなた、立てる?」


 呆けたような少年を立たせ、ルースとオーウェンは走る。いつの間にか、通りから人が消えていた。


 そこかしこから、散発的な銃声が響く。


 少年が一人飛び出し、サルーンの中に飛び込んだ。少年を追いかけて中に入り、彼らは自分たちの選択が大間違いだったことを悟る。


 そこには、銃を携えた覆面の男たちが佇んでいたのだった。




 ルースもオーウェンも、サルーンの客や店主と同じように後ろ手に縛られ、床に転がされた。


 男たちは、不気味なまでに何も喋らない。顔の下半分をスカーフで隠し、帽子を目深にかぶっているので表情すらわからない。


「兄さん……どうしよう」


「どうしようもないな。大人しくしておこう。向こうの目的は一体、何なんだ?」


「こういうときに、フェ……フィービーが、来てくれたら助かるのに」


 フェリックスと言いかけて、慌てて響きの近い連邦保安官の名前に直す。


「――ああ。連邦保安官なら、心強いのにな」


 オーウェンがルースの言い直しに気づいた様子がないのに安堵し、ルースは息をつく。


(最近の兄さんのフェリックスの嫌いようは、異常だものね。危ない危ない)


 ただでさえ危機的な状況だ。これ以上の、ぎすぎすした雰囲気は避けたかった。


(ああもう、どうしたら良いのかしら)


 そこでルースは、さっきの少年がいなくなっていることに気づいた。








 一方、話題に上っているとも知らないフィービーは、保安官事務所に送りつけられた脅迫状を眺めていた。


「なるほど。自分たちの仕業ではないのに勝手に犯人が一味の人間だと思われ、憤っているらしいな」


 冷静なフィービーの呟きに、エウスタシオがため息をつく。


「あーあ。間違いなく、ちょっかいかけてきますね」


「ふん、上等だ。いつでも来い」


 自信だけはいつでも欠かさないのが、フィービーという人間である。


「威勢の良いこった」


 フィービーの強気に呆れていたフェリックスは、ふと保安官事務所の入り口から外を覗いた。


「――今、銃声が聞こえなかったか?」


 遠かったが、乾いた音が確かに聞こえた。


 今は、保安官と副保安官が見回りに出ているはずだ。


「何かあったみたいだな。行こう」


「私に指示するな。エウ、お前はそこで待機していろ。三十分経っても私たちが帰ってこなかったら、お前も来るんだ」


「わかりました」


 フィービーはフェリックスに文句を言った後、エウスタシオに向かって指示を残して保安官事務所を飛び出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る