Chapter 5. Dirty Juliet (穢れたジュリエット) 4
詳しい事情はわからなかったが、町長の娘が亡くなった旨は帰って家族に伝えておいた。
「そいつは大変だ。あの、えらく別嬪な嬢ちゃんのことだろ。参ったなあ」
話を聞いたアーネストは驚き、嘆息していた。
知り合いが死ぬことと、知らない人が死ぬこととは同じ事実でも感じ方は全く違う。近しいとは言えなかったにしても、衝撃は衝撃だった。
「フェリックスもショックだろうね。仲良かったし」
ジョナサンが、ぽつりと呟く。
「そんなに仲良かったの?」
しかし、あの用心棒は行く先々で女の子たちと仲良くなっている気がする。オーレリアもその一人だろう。
「オーレリアのお姉ちゃん、僕も少し話したことあるんだ。僕のフィドルを褒めてくれた」
そこでルースはムッとする。
(あたしの歌には、ケチつけたくせにね――)
毒づきかけて、ルースは首を振った。
(やめやめ。あたしってば、自尊心ばかり高くて嫌になっちゃう。自分が褒められなかったからって、こんな風に思うのは止めよう)
そのとき、ノックの音が響いた。
「俺が出る」
オーウェンが玄関に向かい、しばらくしてからオーウェンは一人の男を連れて戻ってきた。
「グリー町長――」
思わず呼んだルースに向かって、町長は弱々しく笑いかけた。
「やあ、ルース。実はお願いがあるんだ。私の家に、来てもらっても?」
ルースは自覚もなしに、自然と頷いていた。
居心地は良くなかった。オーレリアの遺体がこの家のどこかにあると思うと、得体の知れない恐怖が心に満ちる。
通された部屋で紅茶を飲みながら、ルースは落ち着かない気持ちで待っていた。
どのくらい待ったかも忘れた頃、ようやく町長が部屋に入ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ……。でも、どのような御用向きなんでしょうか」
呼ばれる理由が、さっぱりわからなかった。
「オーレリアは、君の歌を気に入っていた。葬儀の後、彼女に歌を捧げてくれないだろうか」
びっくりするような、申し出だった。ルースは思わず冷めた紅茶を零しそうになり、慌ててカップをソーサーの上に置いた。
(彼女が、あたしの歌を気に入っていた?)
思い出すのは、彼女の辛辣な批評。
あんなことを言われたから、にわかに信じ難い話だった。
「あの、それは勘違いじゃないでしょうか」
ルースは正直に、オーレリアから受けた批評を町長に伝えた。もし町長の思い違いなら、ルースが彼女に歌を捧げることはむしろ失礼に当たるだろう。
しかし、グリー町長は思い直すどころか自信を持ったように、笑みを深めた。
「ああ、あの子はそういう子なんだよ。素直には褒めない。でも、声をかけるのは必ず気に入った相手だけだ。素直じゃないから、誤解もされやすいんだけどね」
「……そう、なんですか」
あれで、褒められていたのか。そういえばジョナサンに、どう褒められたかは聞いていなかった。
「私には、君の歌が好きだと言っていたよ」
ルースは途端に気恥ずかしくなってしまい、うつむいた。
「できれば、新曲を残してくれないか。オーレリアのための歌が欲しい。もちろん、ただでとは言わない」
「――わかりました。父に相談してみます」
ルースに、作曲はできない。たまにあるオリジナル曲は全て、父アーネストの作曲だった。
「良い返事を、期待しているよ」
あの威風堂々たる町長と同一人物とは思えぬほど、彼は憔悴し切っていた。
フェリックスの帰宅は、夜が更けてからだった。軽やかな調子で、ルースに話しかけてくる。
「ルース、あの後ちゃんと帰ったか」
「ええ。で、どうなの。収穫はあったの」
「それがちっとも。――ていうか、みんな勢揃いでどうしたんだ?」
リビングにウィンドワード一家が揃って、全員が紙を片手に考え込んでいるのを見て、フェリックスは首を傾げた。
「歌作りだ。お前も一緒に考えるか?」
アーネストに誘われ、フェリックスは目を丸くした。
「歌?」
「それがね……」
ルースは町長から頼まれたことを、フェリックスにも説明した。町長の依頼を父に話すと「引き受けずにいられるか」と言われたので、承諾の返事をしたはいいが、肝心の歌作りは難航を極めていた。
「曲は良いとしても、歌詞が問題だ。俺たちは町長の娘のことを、よく知らない」
アーネストが盛大なため息をついてソファに倒れ込むと、隣に座っていたジョナサンが衝撃で若干跳ね上がっていた。
「そうだわ、フェリックス――あんた、オーレリアと面識あったみたいじゃない」
ルースの発言に、フェリックスは苦笑した。
「面識って言っても、サルーンで会って話しただけだぜ」
「サルーンで?」
意外な答えに、ルースは首を傾げた。
「オーレリアみたいなお嬢様が、サルーンに行くものかしら?」
「男の連れがいたから、そいつの付き添いじゃないか?」
「ふうん……」
ルースはがっくりと肩を落としたが、同時に少しホッとしてしまった。
「歌詞を作るためにも、オーレリアのことをよく知る人に話を聞いた方が良いわね。――といっても、町長に聞くのもね……」
傷を抉ることになりかねないし、何より彼は葬儀を控えて多忙に違いない。
「どうしたら良いのかしら。そうだわ、フェリックス。オーレリアと一緒にいた男性の顔って、覚えてないの?」
恋人か、友人かもしれない。
オーレリアは公演に来たとき、いつも誰かと一緒だった。たくさんの同年代の男性や女性を引き連れていたが、友達というよりもむしろ取り巻きに見えた。
「パッとしない奴だったから、あんまりよく覚えてないんだけどな。――待てよ。マイルズって呼ばれてたな」
「マイルズね――。明日、サルーンに行って聞いてみるわ」
いつも通りフェリックスに同行を頼もうと思ったが、ふとフェリックスの付けたバッジに目を留めてしまった。
彼は、今は臨時の保安官助手なのだ。昼間は捜査に駆り出されるだろう。
「俺が付いていこう」
「ありがとう、兄さん」
オーウェンの申し出に、ルースはにっこり笑って礼を言った。
翌日、ルースはオーウェンと共にサルーンへ向かった。
中に入ると、昼間から酒をあおる柄の良くなさそうな男たちが目に入った。
ルースはカウンター向こうのマスターに近づき、背伸びをしながら尋ねる。
「マスター。ちょっと聞きたいことがあるの。オーレリアさんがよく連れていた、マイルズという男性を知っている?」
「ああ……マイルズのことか。聞いてどうするんだ?」
マスターは警戒心も露わにルースを見下ろした。
「町長にオーレリアに捧げる歌を作るよう、頼まれたのよ。でも、あたしたちはオーレリアのことをよく知らないから――よく知ってる人に話を聞いてみたいと思って」
ルースの事情を聞き、マスターは肩をすくめて口を開いた。
「マイルズが今どこにいるかは俺も知らないから、保安官に聞いたらどうだ」
「保安官?」
「マイルズは、ウィルソン保安官の息子だよ」
思いがけない情報に、ルースとオーウェンは思わず顔を見合わせた。
マスターから仕入れたマイルズのもう一つの情報は、「とりあえずろくでなし」だった。
保安官の息子とは思えぬほどの、ろくでなしらしい。
二人が保安官事務所を覗くと、ちょうど保安官も副保安官も臨時保安官助手――つまりフェリックス――も、揃っているところだった。
「ちょうど良かった」
ルースが足を踏み入れた途端に、冷たい声が飛んでくる。
「おや。性懲りもなく、また来たんですか。今度は何の用です?」
ドアの影に隠れていて気づかなかったが、エウスタシオもいたらしい。小馬鹿にされつつ、艶然と微笑まれてしまった。
「ルースに兄さん。何でここに?」
「えっと、保安官に聞きたいことがあって」
フェリックスの質問を受け、ルースは咳払いしてからウィルソン保安官に向き直った。
「マイルズさんと、話したいんです」
途端に、穏やかな保安官の表情が強張った。
「あいつと話して、何をする気だ?」
そこでルースは、オーレリアの歌を引き受けたことを語った。
「ご期待には添えそうにないよ、お嬢ちゃん。情けないことに、私もあいつが今どこにいるか知らんのだ」
保安官は軋む椅子に体をもたせかけながら、絞り出すようにして告げた。
「オーレリアのことを、あいつに聞くのも筋違いだ。あいつはただの、オーレリアの信望者だ。あいつが語っても、オーレリアの真の姿は浮かんで来ない」
苦さの滲む、台詞であった。
呆然とするルースを見かね、副保安官がそっと耳打ちしてくれた。
「マイルズは、オーレリアにぞっこんだったんですよ。今、姿を消してるのも、そのせいですかね」
「――そうなの」
とにかく、これ以上保安官に話を聞くのは諦めるしかなかった。
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