Chapter 5. Dirty Juliet (穢れたジュリエット) 2



 ルースは階段を上がりきるなり、フィービーに手首を強くつかまれてしまった。


「何するのよ!」


「連行だ」


「あたし、何も悪いことしてない!」


 むしろ、案内したサルーンでいきなり銃撃戦が繰り広げられたのだから、どちらかといえば被害者に近い。


 だが相手は、フェリックスが「常識が通じない」と断言したフィービーだ。手を放してくれるはずもなかった。


「お前は、していないかもしれないがな」


 その言い方で、ピンと来た。


「フェリックスのこと? まだ諦めてなかったの!」


「諦める理由がないだろう」


「フェリックスはあくまで、参考人でしょ? 指名手配したいなら、証拠を見つけてから手配しなさいよ」


「喚かないで、お嬢さん」


 ふわりと肩に手を置かれた。


「エウスタシオさん……」


 ようやっと、彼の存在を思い出す。フィービーの再登場が色んな意味で強烈すぎて、彼のことを失念していた。


「あなた、最初からあたしを見張っていたのね。そして、連れていくつもりだった……」


 偶然通りがかって、助けてくれたわけではなかったのだ。


 いかにも、とエウスタシオは艶美に微笑む。


「尾行していたら、あなたが服屋から弾き出されているところを見た次第です。連れていった先で襲撃が起こったのは、予想外でしたが」


「あたしがあのサルーンを知らなかったら、どうするつもりだったの?」


「ならば、保安官に聞くので保安官事務所に連れていって欲しいと頼むつもりでした。しばらく滞在しているようですし、いくらなんでも保安官事務所の場所は知っているでしょう? そして、あなたをそこに拘留し、のちほどフィービー様を呼ぶ、と」


「普通に連れていくのは無理だって、思ってたわけね」


 ルースが睨みつけると、エウスタシオは心が見通せないような不可思議な笑みを浮かべた。


「なるべく、穏便に済ませたかったのですよ。手配もされていない人を連行すると、上がうるさくてね。騒がれても、面倒ですし」


「ふうん」


 フェリックスを参考人として手配するようフィービーに助言したのは、おそらく彼だろう。


(フィービーにしては、やり方がまわりくどいと思ってたのよ)


 知り合って間もないが、フィービーが単純な人間だということは見るからにわかる。


 理屈を放つぐらいなら弾丸を放つ。そういうタイプだ。


 フィービーの助手だという連邦保安官補は、彼女とはまるきり正反対に見えた。


「あなたの作戦も、上司のおかげで台無しよ?」


 フィービーを顎で示しながら挑発的に言い切ると、エウスタシオはまた微笑んだ。


「先ほどの銃撃戦のせいで、住人は銃声に怯えたのでしょう。この近辺は人気がなくなりました。私たちには好都合です」


 ぐっ、とルースは詰まる。


 たとえルースがここで騒いでも誰も助けてくれない、ということだ。


「あたしを捕まえて、フェリックスを誘き出すつもりね?」


「わかっているなら話は早い。普通に捕まえようと思っても、のらりくらりと逃げるからな、奴は。囮に使わせてもらおう」


 どんなに振り払おうとしても、フィービーの手はルースの手首を握ったままだった。




 哀れルースは後ろ手に捕らえられ、この町の保安官事務所に拘留される羽目になってしまった。


(何も悪いことしてないってのに。理不尽だわ)


 フィービーは意気揚々とフェリックスを呼び出しに行ってしまい、残されたのはルースとエウスタシオだけだ。町の保安官は、どこかに行っていて留守らしい。


「あのね。保安官たるもの、正義の味方らしい行動を取ってちょうだいよ」


「取ってますよ。だが悪人相手に、やり口を選んではいられない」


 エウスタシオは、ルースの言葉を軽くあしらった。


「何でフェリックスを、そんなに目の敵にしてるのよ」


「目の敵には、していませんよ。彼には、怪しいところがある。それだけです」


「怪しいって、どう怪しいの?」


「それは、本人から聞いてください」


 そこでエウスタシオは、押し黙ってしまった。どうやら会話を続ける気がないようだ。


 そうこうしている内に、フィービーが戻ってきた。


「連れてきたぞ。ちょうど、町をうろついていた」


 彼女は、フェリックスの手首に巻きつけた縄を引いていた。


「ああ、ルース。かわいそうに!」


 フェリックスはルースの姿を見て、がっくり肩を落とした。


「ほんとに、かわいそうよ。何とかして」


「――もちろんだ。フィービー、俺が来たんだから、この子を放してやってくれ」


「それが、そうもいかんな」


 フェリックスの多少演技がかった訴えを、フィービーは腕を組んで一蹴した。


「この娘も仲間でないとは限らん。いやむしろ、お前を用心棒として雇ってる時点で怪しい」


「そんな、無茶苦茶よ!」


 ルースは思わず噛みついてしまった。


「それでは、二人の取り調べをしようか――」


 フィービーがにやりと笑って、バキベキボキと拳を鳴らしたときだった。事務所に男が飛び込んできたのは。


「保安官! 大変だっ!」


 叫んだ男は事務所内を見て、きょとんとした。見知った顔がいなかったためだろう。


「この町の保安官は留守だ。何か、あったのか?」


 フィービーが一歩前に進むと、男はそのバッジを見てホッとしたような表情になった。


「連邦保安官――! ……実は、殺人があったんだ」


「それは、例の連続殺人か」


「ああ! 全部、聞いてた手口と一緒だ」


「ふむ。それでは行こう。エウ、二人を牢に放り込んでおけ」


「はっ」


 エウスタシオはルースとフェリックスを、華奢な体躯に似合わぬ強力ごうりきで、保安官事務所内の小さな牢屋に放り込んだのだった。




 フィービーとエウスタシオが行ってしまった後、呆然としてルースは呟いた。


「一体、どうすりゃ良いってのよ?」


「――どうしようもないなあ」


「なに、のんきなこと言ってんのよ! 嫌よあたし、このまま捕まるなんて!」


 ぎゃんぎゃん喚くと、多少気分が落ち着いてきた。フェリックスは、ちゃっかり手で耳を塞いでいる。


「あんた一体、何したのよ」


「何もしてないって。たまたま居合わせただけだったんだ。ブラッディ・レズリーの襲撃現場にな」


 フェリックスは、盛大なため息をついた。


「じゃあ、クルーエル・キッドの配下だと思われてるの?」


「フィービーは、そう思いこんでる。あああ、何て迷惑な女なんだ」


 ルースもつられて、ため息をついてしまう。


「思いこみ激しそうだものね。ねえ、フィービーはブラッディ・レズリーを追ってるんでしょう。この町の連続殺人に関わっても良いの?」


 漠然とだが、保安官制度については知っていた。連邦保安官は連邦全土でその権利を行使できるが、あくまで追うのは自分の管轄下の犯罪者だけらしい。


「今回の連続殺人は、ブラッディ・レズリーの仕業なんじゃないかって噂があるらしい。そういう噂があるならフィービーの管轄下になって、捜査できるのさ。本当に関わっているかどうかは、ともかくとして」


 ちなみにこの噂はサルーン情報な、とフェリックスは付け加えた。


「なるほどね。どうして、そんな噂が?」


「遺体の状態からさ。ブラッディ・レズリーは、特に女性を無惨に傷つける。今回の被害者は女ばかりで、みんなめった刺しにされていたらしい」


「う」


 話を聞くだけで、背筋が凍った。


「男の人は、違う殺し方なの?」


「殺し方自体は同じなんだよ。銃で心臓に一発見舞って殺した後、女はめった刺しにする――っていうのがブラッディ・レズリーの流儀なんだ」


 クルーエル・キッドって最低だわ、とルースは呟いた。


「あんた、そんな人たちの仲間だと思われて嫌じゃないの」


「嫌に決まってるだろ。ったく、フィービーの石頭め」


 フェリックスは心底、面倒臭そうに呟いた。


「それより、ここからどうやって出るのよ」


「いや、出るのは無理だろ」


 あっさり言われてルースは、がくりと肩を落とす。


「鍵のかかった牢から出るなんて、不可能だ。逃げるのは諦めて、待っておこう」


「……不本意だわ」


「退屈なら、せっかく二人きりなんだし――」


「何を言うつもりか知らないけど、殴るわよ」


 ぴしゃりと言ってやると、フェリックスは沈黙した。


「ねえ、フェリックス。どうして、保安官事務所に町の保安官がいないのかしら」


「連続殺人で、忙しいんじゃないか――」


 と言いかけて、フェリックスは首をひねった。


「それにしちゃ、おかしいな。事件が起こったのは、たった今なんだし……。ま、パトロールを強化中ってところなんじゃないか」


「なんだかこんがらがってきたけど、連続殺人はこの町で起こってたわけじゃないんでしょ?」


 そんなことが起こっていたなら、いくら自由気ままな旅芸人といえど、そんな町に巡業に行ったりしない。


「ああ、そうそう。南の町だったかな。ぱたりと事件が途絶えたんで、他の町に行くんじゃないかって話で――」


「それで、ここに来たのね。ああ、怖いわ……。ん? だとすると……」


 フィービーは連続殺人の噂を聞いてこの町に来たのだろう、と思ったのだが、それだとつじつまが合わない。


(どうしてフィービーは、この町に来たのかしら)

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