Chapter 4. Ghost (ゴースト) 2
公演は明日だ。ここで練習ができるため、丸ごと家を貸してくれるというのは、そういう意味でも有り難い話である。郊外にあるため、他の家に気を使わなくても良いのも助かる。
オーウェンはギターを爪弾きながら、息をつく。
フェリックスとアーネスト以外の者は皆、楽器の練習をしていた。オーウェンはギター、ルースはマンドリン、ジョナサンはフィドルだ。
家族のみんなは一通り、どの楽器でも演奏できるようにはしてあるが、やはり担当楽器が一番得意だった。
「すまんな、フェリックス。しばらくやかましいぞ」
「やかましいなんて、とんでもない。無料でウィンドワード一座の演奏が聞けるなんて、最高だ」
アーネストの謝罪に、フェリックスは笑って答えた。
「お前も加わるか?」
「口笛でよければ」
「上等じゃないか!」
冗談だったろうに、アーネストは本気にしている。
「ちょっとパパ。そろそろ合わせたいんだけど」
「ああ、はいはい」
ルースに強く言われると、熊のようなアーネストもたちまち形無しだ。
「それでは始めますか」
たった一人の観客――フェリックスがソファに座り直し、ぱちぱちと手を叩く。
「一曲目は――」
アーネストの口上の途中で、上の階から何かが落ちる音が響いた。
「――母さん?」
オーウェンはギターを置いて、走り出す。その後ろから、他の者も後を追った。
エレンが、ベッドから落ちていた。
青ざめたオーウェンが母親を抱き起こす。胸は通常通り上下しているので呼吸に異常はないようだが、いやに顔が青かった。
「ヘイリー……」
呟く声に、アーネストが顔をしかめる。ルースもオーウェンも、戸惑ったように首を振った。
「お姉ちゃん、ヘイリーって」
ジョナサンは心配そうに、ルースの手を引く。
「ええ。ヘイリーは、死んだママの名前よ」
ふと、オーウェンは窓が開け放たれていることに気がついた。はたはたと、白いカーテンがはためいている。
「……おい、用心棒」
オーウェンはフェリックスの肩を叩き、部屋を出るように顎で促した。
廊下に出て扉を締め、オーウェンはぽつりと呟く。
「お前、ちょっと町まで付き合え」
「良いけど――どうして?」
「元々、条件が良すぎた。タダでここを貸した理由が、あるはずだ。それを突き止めにいく」
もう日も暮れてしまっているが、明日まで待つなどという悠長なことはしていられなかった。
「兄さん、かっこいい!」
「黙れ。黙って付いてこい」
オーウェンは肩を怒らせ、家族に町まで行くことを告げに、一旦エレンの部屋に戻った。
夜の町は静かだった。町長の家に向かい、迷惑と知りながら扉を乱暴に叩く。
「……どちらさま?」
家政婦らしき初老の女が扉を少しだけ開き、顔を覗かせた。
「家を貸してもらっている、ウィンドワードの者だ」
「ああ、旅芸人の」
女は明らかに顔をしかめた。時折、こういう風にあからさま蔑みをぶつけてくる人間は残念ながら存在する。
「何の用です?」
「家に問題が発生した。すぐに町長に会わせてほしい」
「はいはい」
女は扉を開け、入るように促した。オーウェンとフェリックスは中に入り、女の後を追う。
「呼んでくるから、ここで待っていてください」
女は二人を手で制し、二階に上がっていった。
町長は、すぐに下りてきた。
「――やあ、これはこれはウィンドワード一座の……」
このグリー町長は、まだ若い。四十代ほどだろう。鍛えているのか、理知的な面差しとは対照的に、がっしりとした体つきをしていた。
「お貸しした屋敷に関して、お話があるようですね。どうぞ、こちらの部屋に」
グリー町長は嫌な顔ひとつせず、唐突な夜の訪問者を丁重に歓待してくれた。
促されても、オーウェンは座らなかった。それどころか、グリーを真っ向から見据えて問い詰める。
「なぜ、あの屋敷を貸してくれたのですか」
「……説明したはずです。長らく空き家になっており、このままでは家が傷んでしまう。大事に使って、修繕などもしていただければ一時的に無料でお貸しすると……」
最初に聞いた説明を、ほとんどそのまま繰り返された。
「本当に、それだけなのか?」
フェリックスが口を開くと、グリーの目にわずかに動揺が走った。
「やはり、何か魂胆が……!」
「違います。そうではない」
グリーは大きなため息をつき、続けた。
「一時的にあそこは騒がれ、忌避された屋敷でもあるのです。しかし長い年月も経ったことだし、人を住まわせても大丈夫ではないかと――」
「つまり、俺たちは実験台だったわけだ」
熱い怒りに任せてグリー町長の胸倉をつかみそうになったところで、フェリックスに手首をつかまれる。
「兄さん、落ち着いて。町長相手に暴力沙汰起こしたら、ただじゃすまないぜ?」
「……わかったから、放せ」
フェリックスがすぐに手を放すと、オーウェンは強張った手を抗い難い力に逆らうように力をこめて、下ろした。
「騒がれたって、どうして騒がれたんだ?」
フェリックスの問いに、グリー町長は戸惑いながら答えを口にした。
「あそこはかつて、幽霊屋敷と呼ばれていたのです」
「そんなところに、俺たちを住まわせたってのか!」
またもオーウェンは激昂し、拳を握り締める。
「違うのです。もう、噂は絶えたから平気だろうと……。それに、私はウィンドワード一家に高名な占い師がいると聞きまして」
それを聞いて、オーウェンは表情をなくした。
「もう、占いはしていない。音楽だけだ」
「そうですか。噂を聞いたんですけどね。もったいない」
「――それより、町長」
痺れを切らせたように、フェリックスが口を開く。
「要は、占い師に幽霊屋敷を何とかしてほしかったってことか?」
町長は答えに窮したように口をつぐみ、フェリックスとオーウェンを交互に見た。
「ってことなら、解決してやっても良いぜ」
おい、とオーウェンが囁いたがフェリックスの舌は止まらず、更に続けた。
「ただし、報酬はそれなりのもんくれるんだろうな? 最初に言わなかったことも考慮してくれよ」
「――それは、もちろんです」
町長は少しためらいながらも、頷いた。
「じゃあ、今日のところは引きあげるか。また話を聞きにくるからな」
フェリックスは呆然とするオーウェンの腕を引き、扉を乱暴に開いた。
つないでいた馬に乗る前に、オーウェンはフェリックスを問い詰めた。
「おい、お前。どういうつもりだ」
「どういうつもり、って?」
「あれでは、脅しだろうがっ」
オーウェンは思わず怒鳴りそうになったが、今が夜であることを思い出し、すんでのところで声量を抑えた。
「脅しだよ?」
悪びれた様子もなく言い切るフェリックスに、オーウェンはただただ呆れるしかなかった。
「わかってないな、兄さん。あの町長は、俺たちにすごく失礼なことをしたんだ。元から舐められていた」
「――そんなこと、わかっている」
旅芸人は流浪の民だ。芸を売って生計を立てる自分たちを低く見る者は、少なくない。
幽霊屋敷でも、旅芸人なら泊まれるだけで十分だろうと町長は判断したのだ。そのついでに幽霊退治をしてくれれば有り難い、とでも考えたのだろうか。
「だから脅すんだよ。また舐められないように」
「しかし――」
「兄さん、ここは西部だ。強い奴が生き残る、ある意味残酷で優しい世界さ」
フェリックスは、わずかに口角を上げた。月明かりが施した陰影のせいで、ぞっとするほど美しい微笑に見えた。
「それに、金はあるに越したことはないだろう?」
「まあ、な」
前回の町での収入がゼロだったので、正直苦しい状況だった。空き家の件を疑いもせず飛びついてしまったのは、そういう理由もある。
「だが、幽霊を何とかしないといけないんだぞ。そんなこと――」
オーウェンは途中で詰まったが、フェリックスがその後を引き取った。
「エレンさんには頼めない、ってか?」
正に自分が言おうとしていたことを当てられ、オーウェンは愕然とした。
「どうして、わかった」
「なに、単にあの一家の中で占いをしそうなのが、エレンさんぐらいしかいないからさ。どことなく、エキゾチックだし」
フェリックスは余裕しゃくしゃくだったが、オーウェンは面白くなかった。自分たちをまるで見透かしているかのようだ。
「だが、随分前に止めたんだ。あの町長も、どこで噂を聞いたんだか」
「何で止めたんだ?」
「……お前に、関係ないだろう」
きっぱりと教えたくない意志を提示すると、フェリックスはあっさり引き下がった。
「そうか」
「とにかく、母さんに頼むわけにはいかない。くそっ。俺がやるしかないか」
無責任な用心棒のせいで幽霊退治をする羽目になるとは、大誤算だ。
「いやいや兄さん。退治は俺に任せてくれよ」
オーウェンは一瞬、耳を疑った。
「お前に?」
「そうそう」
実に信用ならなかったが、元はといえばフェリックスが引き受けてしまったことだ。責任を取らせても問題はないだろう。
「……大口叩いたからには、ちゃんとやれよ」
「わかってますって」
フェリックスの軽い口調は、やはりどこまでも信用ならなかった。
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