Chapter 3. Vanity Town (虚栄の町) 2





 しばらくは二人でたわいのない話をしていたが、話し疲れたのか、いつしかジョナサンは寝入ってしまった。


 布団をかけてやったところで、けたたましくドアが開いた。


「ジョナサン! ――こんなところに!」


「おいおい、寝てるんだぜ。静かにしてやれよ」


「……っ!」


 ルースは地団駄を踏んで、怒鳴るのを必死にこらえていた。


「捜し回ったのよ。外に行ったのかと心配して……ああもう、盲点。――兄さんは?」


「俺と同じ部屋で寝るのが、嫌なんだとさ。ひどくない?」


「そうね。でも気持ちはわかるわ」


 ルースの辛辣な言葉に、フェリックスは「ルースも、ひどい!」と叫んでいた。


「ジョナサンも、ひどいわよ。人の言うことちっとも聞かないで、ここに転がりこんでるなんて」


「あんまり小言言うと嫌われるぞ」


「うるさいわねっ。ひとの教育方針に、口を出さないでちょうだい。あんたみたいにしないよう、頑張ってるんだから」


「今日は、やけに辛辣だな!」


 フェリックスは苦笑し、眠りこんだジョナサンを抱き上げた。


「部屋に運んでおこうか」


「あら、ありがとう。もう、ここで寝かしても良いかと思ったんだけど」


「それじゃ、帰ってきた兄さんが俺と二人きりじゃないことに、がっかりしちゃうだろ」


「……あんたね。だから、兄さんに嫌がられるのよ」


 ルースの忠告もどこ吹く風、でフェリックスはにやにや笑うだけだった。








 揺さぶられ、ジョナサンは目を覚ました。姉が不機嫌そうに見下ろしている。


「……おはよ、お姉ちゃん」


「おはよう。言っとくけど、あたし怒ってるんだからね」


「何で?」


「何でか、自分で考えなさいっ。それより、早く支度して」


 見れば、姉は既に着替え終わっている。


「今日も公演するの?」


「そうよ。公演はお昼から。午前に練習するわ。元気の良い曲のリクエストが多いから、あんたの早弾きがかなめよ。下でごはん食べてから、貸してもらったホールに来なさい。宿から出たら、正面に見える建物よ」


 てきぱきと指示を出した後、ルースは自分の分の荷物を抱えて部屋を出ていってしまった。


 眠りそうになりながらも着替え、ジョナサンは階下に行った。もう誰もいないかと思ったら、フェリックスがテーブルで暇を持て余したように頬杖を付いていた。


 ジョナサンに気づいた途端に、フェリックスが手を振る。


「よーっす、ジョナサン。ここ座れ」


「うん」


 ジョナサンはフェリックスのいるテーブルに駆け寄り、ちょこんと座った。


「寝坊だな」


「みんなはもう、食べちゃったんだね」


「そう。それで俺がお前を待ってるように、言われたわけさ。宿といえど、一人じゃ心配だからな」


 フェリックスは声を立てて笑ってから、ウェイトレスを捕まえて注文していた。


「この子に、朝食セット一つ」


「もう朝食セットは終わりの時間よ」


「まあ、そう言わずに」


 フェリックスがウィンクしてみせると、ウェイトレスは苦笑した。


「仕方ないわね。今日だけよ」


「さっすが。美人は気前が良い、って本当なんだな」


「もう、お世辞は良いわよ」


 と言いつつも、ウェイトレスは嬉しそうだった。


「すごいなあ、フェリックス。フェリックスにかかると、女の子ってみんな優しくなるよね。何でなの?」


「レディには優しく、を信条としていれば自然とそうなるのさ」


 得意げに説明したフェリックスだったが――


「でもお姉ちゃんは、フェリックスにだけ優しくないよね」


 放たれたジョナサンの言葉に、がっくり肩を落としていた。


「ところでジョナサン。今回も俺は野暮用があるから、みんなをごまかしておいてくれ」


「……うん。この町にも、いるの?」


 フェリックスの野暮用とは、きっと悪魔祓いのことだろう。


 こんなに平和な町なのに――と続けたかったのを察したのか、フェリックスは微かに笑った。


「何事も、極端なものは不自然と決まってるんだ」


「――今回も、僕は立ち会えないの?」


 ジョナサンは期待半分で尋ねたが、フェリックスはきっぱりと首を横に振った。


「もちろん、だめだ。ジョナサン、言っておくが――悪魔祓いの現場は極力見ちゃいけない。感謝はしてるんだ。俺に協力してくれて」


「……そう」


 やっぱり、とがっかりした。フェリックスはほとんど、ジョナサンに頼みごとをしない。したのは一度だけ。牧師が悪魔だったあの町で、十二人のマリアが悪魔の僕かもしれないと察したフェリックスは、もしものときはこれを撃ってくれと聖水の入ったおもちゃの水鉄砲を渡したのだった。


「ルースの調子はどうだ?」


「よくわかんない。でも、思い出すことはないみたい」


「それなら、良かった」


 ジョナサンには、よくわからなかった。けれど、フェリックスはルースに思い出して欲しくないことがあるらしい。


 それが、悪魔に関することだとしか知らない。でも深くは聞かないと、ちゃんと約束した。


 ジョナサンは運ばれた朝食をぺろりと平らげ、席を立った。


「じゃあ僕、行ってくるね」


「ああ。ホールは、宿から出てすぐのところにあるから」


 フェリックスは宿にまだ用事があるのか、動く気はなさそうだった。


 ジョナサンは食堂の出口に向かって歩きながら、思い出していた。自分が、フェリックスの正体を知ったときのことを――。


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