Chapter 1. The 13th Mary (十三番目のマリア) 6
サルーンの中に入った途端、一斉に無遠慮な視線を浴びた。
男の客がほとんどだが、大人の女性も数えるほどだがいる。無論、ルースぐらいの少女は皆無だった。
気圧されるものか、とルースは歩を進める。
サルーンに一人で入るのは初めてだ。サルーンは西部において欠かせない存在なので、家族で利用したことは何度もある。食事処であり、宿を兼ねる場合もあり、何より酒場として機能するサルーンは町の交流場である。
カウンターで誰かと話していたフェリックスがこちらに気づき、手に持っていたグラスを掲げた。ルースは無言で、フェリックスの隣に近づいた。
「――こんなところ、一人で来ちゃだめだぞ」
笑いを含んだ表情でたしなめられたが、ルースはつんと顔を背けた。
「あんたに話があったからよ」
「それで危険を冒して、わざわざ――。とうとう俺たちも、そこまで来たか」
フェリックスの発言に、周囲がヒューヒューと口笛を吹く。
「黙らっしゃい。ふざけてる場合じゃないのよ」
ルースがこう返すと、今度は「あーあ」というため息が周りから漏れた。
「あたしが話したいのは……」
「あのこと、だろ?」
「ええ。ジョナサンから、あんたと崖に行ったって聞いて。どうしてジョナサンを連れていったのよ」
「勝手に付いてきちゃったんだ。危険な目には遭わせてない」
フェリックスはスコッチと思しき酒を舐め、カウンターにグラスを置いた。
ジョナサンは妙にフェリックスに懐いているから、付いていってしまったのだろう。
「仕方ない子。どんな危険があるか、わからないのに」
「心配症だなあ。ジョナサンはああ見えて、結構しっかりしてると思うけど」
ため息をつくルースを横目で見て、フェリックスは少し笑った。
「それより! 教えてちょうだい。何か収穫はあったの?」
急かすルースこそ仕方ない子だと言わんばかりに、フェリックスは笑みを広げた。
「花が添えてあったな」
「花?」
「十三の花束が、崖に添えてあった」
「十三――別に、不思議じゃないと思うわ」
マルティナは、十三番目のマリア役だった。他のマリア役の少女が捧げた花束と、もうひとつ――マルティナ両親が捧げた花束というところだろう。
「――崖の下に、いくつか捨てられている花があった。どれもまだ、新しかった」
フェリックスが告げた事実に、ルースは息を呑む。
「それって……」
「そう。わざと十三にしてるんだ」
「それは、十三番目のマリアだから?」
「どうだろうな。ここで色々聞いてみたんだが、マリア役の選抜応募の際には自分で何番目のマリアかは選べないそうだ」
そう聞いて、ぴんと来る。
「つまり、最初から十三番目のマリアになりたくてなるわけじゃない?」
「そうだ」
選ばれた十三人は、どのマリアに選ばれるか知らずにオーディションを受ける。マルティナも、そうだったのだろう。
「でも、やっている内に役柄に愛着が湧いてくることだって、あるかもしれないわ。それで花束をわざと……」
しかし、数を十三にするためだけに手向けられた花束を捨ててしまうのは、どう考えてもやりすぎに思える。
「待って。やっぱり変ね。誰が、そんなことしてるのかしら」
ルースは考え込み、周囲に聞こえないぐらいの小さな声で口にした。
「十二人のマリア?」
マルティナのことを聞いた後、ルースに急に冷たくなったのは勘ぐられたくないことがあるからだろうか。
「その可能性もあるな」
フェリックスがそう言ってグラスを空にしたとき、サルーンに男が入ってきた。いまいちパッとしない男だったが、カウンターの前に立つと横顔に刻まれた傷が目に入った。
マスターが、彼に声をかける。
「久しぶりじゃないか」
「ああ。祭りの間は、出てくる気になれんでな。あの忌々しい劇が、もうすぐだと思うと……」
男は吐き捨て、ビールを注文した。
「……全く。何で、あの牧師が仕切っているんだか。あいつが仕切り出してから、ろくなことがない」
「ストー牧師は人気があるからなあ。町長なんか影みたいじゃないか」
マスターは自分で言ったことが面白かったのか、一人で笑っていた。
一方で面白くなさそうに酒をあおる男に、フェリックスが話しかけた。
「ストー牧師のこと、気に入らないのか?」
初めて見る顔に警戒したように、男はフェリックスをねめつけた。フェリックスが動じないのを見て、男はため息をついてから呟く。
「あいつは、不吉なんだ」
「不吉?」
「あいつがこの町に来てから、祭りで死者が出るようになった。――十三番目のマリアが、本当に死ぬことになったんだ」
ストー牧師が来てから、と聞いてルースは眉をひそめた。
「マルティナは、十三番目のマリアになったことをとても恐ろしがっていたよ。そして劇の前に死んでしまった。大方、何か秘密を探ろうとしたんだろうさ」
「十三番目のマリアが死んだ理由を?」
「そうさ」
男は酒が入って饒舌になったのか、質問するルースをいぶかしみもせずに続けた。
「マルティナは勇気のある子だった。十三番目のマリアに選ばれた後、怯えながらもあの死はおかしいと言っていた。確かに、おかしい。どうして、俺たちは何も覚えていないんだ?」
男は激昂し、カウンターに叩きつけるようにしてグラスを置く。
「あんたはマルティナの何なんだ?」
「俺か。俺は――何だって良いだろ」
フェリックスの問いに対して男は口ごもり、マスターに銅貨を投げてから踵を返した。
「父親か」
フェリックスの独り言めいた呟きに、マスターがためらいがちに首を縦に振った。
「出よう、ルース」
フェリックスに促され、ルースは小さく頷き、フェリックスの後を付いていった。
サルーンを出ると、マルティナの父親と思しき男の淋しそうな後ろ姿が見えた。
「ストー牧師がこの町に来てから、って言ってたな」
「……ええ。十二人のマリアが関わっているなら、牧師様が関わってないと考えない方がおかしいわよね。劇の練習でも、中心的な役割だもの。……でも、それならどうして誰も言い出さないのかしら」
ルースが先ほど考えたことを、他の誰かも考えただろう。ストー牧師が来てから劇中で死者が出て、突き止めようとしたマルティナは突然死んでしまった。
「あの親父さんに、もうちょっと話を聞いてくるかな。もう日が暮れるから、ルースは帰れよ」
「でも」
「なあ。全部、俺に任せてくれないか? 悪いようにはしないからさ」
「あんたに、全部任せる……?」
ルースの灰色の目が、フェリックスの青い目とかち合う。
「俺は仕事柄、荒っぽいことには慣れてる」
「そうかもしれないけど……」
一体、彼は何をするつもりなのだろうか。
不審に思ったとき、フェリックスは大きなため息をついた。
「やっぱり、説明できないときついな」
「え?」
「いや、何でもない。――良いから、俺に任せなさい。祭りも中止させずに、解決してやるから」
フェリックスは気楽に請け負い、ルースも頷いたが……心の奥では納得できないでいた。
ルースは一度寝入ったのだが、夜中に目が覚めてしまった。
(あのまま言いくるめられちゃったけど、やっぱり任せるって言っても……)
ぼうっとした頭で、つらつら考える。
「もう一度、話さなくちゃ」
声に出して決意を固め、ルースは起き上がった。
そこで、隣のベッドにジョナサンがいないことに気づく。
(あの子ったら、どこ行ったのかしら)
宿をうろついているのだろうか、それとも他の部屋に行ってしまったのだろうか。探しにいこうとコートを羽織ってドアノブに手をかけたとき、廊下から足音が響いた。しばらくじっとしてから、少しだけ扉を開けて隙間から覗く。
(フェリックス……? と、ジョナサン?)
フェリックスは恐ろしく真剣な顔をして、ルースの部屋の前を通り過ぎていった。彼の後を、ジョナサンが小走りで追う。
ふたりが階下に姿を消した後、ルースは迷いながらも部屋から出た。
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