Chapter 1. The 13th Mary (十三番目のマリア) 4


 翌日、休憩時間の際にルースは思い切ってクレアに聞くことにした。


「ねえ、クレア。聞きたいことがあるのよ」


「あら。私でわかることなら、何なりと」


 クレアはおどけたように言ったものの、ルースの真剣な表情に気づいたのか首を傾げた。


「一体、どうしたっていうの?」


「ここじゃちょっと」


 周りを気にして囁くと、クレアは少女たちに一言断ってからルースの手を引いた。


「外に行きましょう」


「ええ」


 稽古場の外に出てから、ルースはクレアに尋ねた。


「あのね……この台本に書いてあった、名前が気になったの」


 ルースは該当のページを開いて、クレアに見せた。途端に、クレアの顔がさっと青ざめる。


「――ねえ、まさか」


 クレアはうつむき、ぐっと唇を噛み締めていた。こんな表情をさせたいわけではなかったが、隠し事をされているのはどうしても嫌だった。


「ええ。今年の十三番目のマリア役だった子よ――マルティナは」


 クレアは、か細い声で続けた。


「でもね、その子は少し前に亡くなったのよ」


「クレア……」


「使い回しの台本を渡してしまって、ごめんなさい。でも、新しい台本を刷る暇もなくて」


「そういうことじゃないでしょう!?」


 自然に、語気が荒くなる。


「あたしは、隠し事ばかりされてるわ。牧師様は最初、十三という数字のせいで人が集まらないと言ったわ。でも、あなたは去年と一昨年に死者が出たと教えてくれた。そして――今年の十三番目のマリアが死んだことは、言ってくれなかった」


「ごめんなさい、ルース。言ったら、怯えて引き受けてくれないと思ったの。今年のことは……さすがに言えなかった」


 クレアの気持ちは、よくわかった。忠告してくれただけでも、有難かったのかもしれない。


「もう良いわ、クレア。稽古に戻りましょう」


「――ええ」


 二人の間には、ぎこちない空気がはっきりと残ってしまった。




 一体、マルティナはどうして死んでしまったのだろう。クレアに死因を聞き忘れたことに気づいたルースは練習が終わってから聞くつもりだったが、クレアは用事があるとかで、声をかける間もなく退出してしまった。


「変ね、今日のクレア」


「本当に」


 三番目のマリアと七番目のマリアの会話を耳にして、ルースは二人に近づいた。


「あの、ちょっと良い?」


 二人はきょとんとしてルースを見やったが、次に続けられた名前を聞いて顔色を変えた。


「マルティナって――」


 途端に二人は踵を返して、さっさと出ていってしまう。その様子を見ていた他の子たちも同様に、退出してしまった。


 一人取り残された形になったルースは、後ろから肩を叩かれて仰天した。


「――牧師様」


「やあ、ルース。顔色が悪いようだけど大丈夫?」


「は、はい」


「他の子たちは、もう帰ってしまったのかい? 伝えたいことがあったのに、仕方ないね」


 そうだ、とルースは気づく。牧師に質問すれば良いのだと。


「あの、牧師様。今年の十三番目のマリア――マルティナという子は、どうして死んだのですか?」


 質問を口にした途端に、空気が凍りついた。牧師の顔から穏やかな表情が消え、のっぺりとした無表情になる。


「誰に聞いた? マルティナの死を」


 恐ろしいほど冷たい声だった。


「――台本に、名前があって。それで、クレアに聞いたら……」


「そうかい」


 突如、牧師はいつもの温厚さを取り戻して笑顔を見せた。


「ただの事故なんだけどね。君を怖がらせないように、言わなかったのさ。――マルティナはね、崖で誤って足を滑らせて転落死したんだよ」


 淀みない答えを聞いて安心するどころか、不安は増した。


「それではルースも、気をつけて帰っておくれ」


 牧師は去年と一昨年の事件については、一切語らなかった。聞かれるまで語らないつもりなのだろう。


「はい」


 ルースは一旦稽古場を出たが、しばらく歩いていて忘れ物をしたことに気づいた。――それも、台本だ。


 気は進まなかったが、戻ることにした。




 稽古場の戸口に近づくと、小さな声で交わされる会話が耳を打った。


「――盲点だった。マルティナが名前を書いているなんて」


「本当に。どこまでも、迷惑な子ね」


 一瞬、クレアの台詞だと理解するのに時間がかかった。ルースの中で、クレアはそんなことを言う子ではないという認識があったのかもしれない。


「牧師様。どうしたら良いのでしょう?」


「そうだな……」


「劇が中止になったらと思うと、怖いわ」


「大丈夫だクレア。それはないよ」


 二人の口調を聞いていて、ルースは奇妙な感覚を覚えた。


 牧師とただの信者にしては、どうも親密な気配がする。かといって親子でもないし――言うなれば――


 恋人。


 ルースは自分の想像に息を呑み、ゆるりと首を振った。


(まさか! いえでも、牧師様はまだ若いし、不思議じゃないわ)


「牧師様。ルースが台本を忘れたことに気づいて、戻ってくるかもしれないわ。奥でお話ししましょう」


 甘えたような口調。明らかに、クレアは牧師に甘えることに慣れていた。


 二人の気配が完全に消えたことを確認してから、ルースはそっと稽古場に入って床に置かれた台本を取った。


 そしてふと、影が差したことに気づく。


「――忘れ物? ルース」


 顔を上げると、聖女もかくやと思われるクレアの笑顔が輝いていた。


「え、ええ」


「台本は大事にしてね?」


 優しい笑顔の割に、語気が妙に威圧的だった。


「もちろん! じゃあクレア、また明日ね!」


 ルースは叫ぶように応答して、稽古場を走って出ていく。得体の知れない恐怖が、ルースを捉えていた。


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