第10ー14話 邪悪なる男

水神九龍の負傷は日本神族を驚かせた。



一見すると無敵とも言える九龍の体質が仇となっている。



だが九龍の体質は弱点でもあったが、長年九龍の頑丈な鱗を破った者などいなかった。



そんな無敵の九龍の鱗が舞い散り、白い血を滝の様に流している九龍は全身の力が抜けたかの様に背中から地面へと倒れた。



声すら出す事なく倒れた九龍を見た恋華は刀を抜いて悍ましきジアソーレを凝視していた。





「紅葉・・・九龍を後方へ下げなさい。」





九龍を担架に乗せると紅葉は部下を連れて、高天原軍のさらに後方へと走っていった。



その間もまるで動く事のない九龍を心配そうに紅葉が見つめていると、遠くから白い旗が見え始めた。



天上門を越えて高天原軍を追いかける形で進んでいる旗を見た紅葉は笑みを浮かべていた。



その旗は長い年月で何度も見てきた白陸軍の旗だからだ。



すると鎧兜をつけた竹子が馬に乗りながら歩いてきた。





「紅葉!?」

「竹子すまない!! この者を手当てしてはくれないか!?」




冷静な神族である紅葉の慌てた様子は竹子達を驚かせた。



いかなる時も冷静だった彼女が慌てるとは何事か。



馬から降りて駆け寄ると、担架で白目を向いて動かない九龍の姿を捉えた。



竹子は直ぐに衛生兵を呼んで手当てを行わせた。




「ここに医療テントを設営します。 ルーナは部隊を連れてここに残って。」




傍らに立つ副官のルーナに命令すると衛生兵と私兵白神隊を残して前進を続けた。



竹子の隣で進む甲斐と夜叉子は彼女らに続く虎白の妻達を見ていた。



皆が愛する我が子を持つ母親になった今、虎白は彼女らの出陣を拒んでいた。



しかし今日まで共に戦ってきた彼女らはどうしても虎白の後を追いかけずにはいられなかった。



我が子達を宮衛党の優奈達に預け、私兵だけを連れて出陣したのだ。



白陸軍の遥か前方では雷が響き、斬撃が爆発の様に音を立てている。



まさに神族の戦いだ。





「戦いには加われない。 でも負傷した神族の手当てぐらいはできるはず・・・」





後方予備軍として参加した白陸軍は最初に九龍の手当てという仕事を行ったのだ。













ジアソーレを前に刀を構える恋華は落ち着いた表情をしていた。



周囲では恋華の兵士達が不死隊と交戦しては斬っては倒れてと繰り返している。



精鋭無比とも言える皇国軍をもってしてもジアソーレの能力は厄介だった。



それに不死隊という非常に高い戦闘能力を有する部隊が拍車をかけていた。



恋華は刀を構えてジアソーレと対決しようとしている。





「鞍馬の妻か・・・」

「どうだっていい。 迷惑なんだよねえ。 貴様の様に物事の大局を見極める事のできない愚か者は。」





世界は一つになろうとしている。



因縁の冥府でさえもペデスという若き指導者の元で平和を作ろうとしていた。



だがジアソーレは争いを引き起こしている。



恋華の夢でもある虎白の「戦争のない天上界」を実現する上でこれほど目障りな存在などいない。



冷酷な瞳で睨みつけている恋華を見てジアソーレは双剣を持って襲いかかってきた。



刀で双剣を受け止めた恋華は冷酷な瞳を覗かせて「困ったねえ」とつぶやいた。




「武技で貴様に負けるはずもないが。 斬れば私も無傷というわけにいかぬか。」




致命傷を負わせる傷をジアソーレに与えれば自身も致命傷となるだろう。



討ち取る様な事があればあるいは。



そう考えている恋華はしばらく攻撃を防ぎながら考えていた。



脳裏に蘇るのは愛する夫と側室の家族の皆の笑顔だ。



苦難を超えるたびに深まっていった絆は恋華にとってかけがえのない存在だ。





「皆を愛している。 たまらなく。 貴様は私の全てを奪おうとしている。」





冷酷な氷の瞳から流れ出た涙は風に舞って消えていった。



血眼で斬りかかるジアソーレの双剣を叩き落とすと激痛が走ったが、恋華はすかさず兜を被ったまま、頭突きを食らわした。



小さくて綺麗な鼻から出血した恋華は片膝を付きそうになっているが刀を杖の様に地面に突き刺すと姿勢を戻した。



驚きが隠せないジアソーレは後退りしている。




「私が死んでも皆の幸せは変わらない。 何よりも十分に満喫できた。 夫の飛躍する姿も見られた。 悔いは何一つない。 強いて言うなれば、我が子の未来を見れぬ事だ。」




清々しい表情を覗かせた恋華は刀を空高く構えると、大きく息を吸った。



何一つ後悔はないという表情でジアソーレを斬らんと今にも刀を振り下ろそうとしている。



驚きが隠せないジアソーレは尻もちをついて「ま、待て!!」と絶叫した。





「狂乱恋時・・・大地走行!!」





恋華は事もあろうに奥義である狂乱恋時を繰り出したのだ。



そんな驚異的な攻撃が当たればジアソーレを討ち取れるかもしれないが、万に一つ恋華が助かる見込みはない。



大地走行とはオリュンポス事変でデメテルから継承した能力だ。



恋華はその生命をもって全てを終わらせようとしていた。



大地は動き始めてジアソーレを踏み潰す勢いで直角に伸びると今にも下敷きにするために倒れようとしていた。



だがその時だった。



恋華の狂乱恋時が繰り出された。



しかし不死隊の一人が恋華に飛びつくと真っ二つに斬り裂かれた。



同時に恋華は鎧が裂けて口から血を吐いた。




「れ、恋華様ー!!!!」




垂直に上がった大地はゆらゆらと元に戻ると静寂を取り戻した。



溢れるほどの血を吐いた恋華は倒れると動かなくなった。



不死隊の兵士がその生命を持って守ったジアソーレは立ち上がると恋華を討ち取ろうと駆け寄ってきた。



すかさず皇国武士達は恋華の前に立ちはだかると刀を構えていた。





「恋華様を逃がすのだ!! 皆の者!! 生命の捨てどころはこの場と心得よ!!」




雪花と多くの武士達がジアソーレに立ちはだかると、その間に恋華は白陸軍の元へと運ばれた。



恋華を討ち損ねると怒鳴り声を上げて双剣を背中に戻したジアソーレは「退却」と連呼していた。



この邪悪なる男の魔力もかなり消耗していた。



不死隊が僅かに時間稼ぎのために残ると他の者達は退却していった。



雪花は疲れた表情で鞘に刀を戻すと第9軍の全軍を指揮していた染夜風の元へと歩いていくとその場に座り込んだ。





「大損害です染夜風様・・・」

「他の軍も同様よ。」




ジアソーレと不死隊は想像以上に日本神族を苦しめた。



辺りには生命こそ消えていないが、倒れて動けなくなっている皇国兵と高天原兵が無数に倒れていた。



染夜風は総大将のアマテラスに報告するために本陣へと向かった。



その間も苦しそうに倒れている将兵で溢れていた。



不死隊の戦死者も大勢確認できたが、討ち取った数と戦闘不能になった味方の数は割に合わなかった。



やがて本陣に入るとそこには白い血溜まりが広がっていた。





「ウズメ殿・・・」





目を見開いた染夜風は血溜まりの中で座り込んでいるウズメの姿に驚愕した。



隣で悲痛の表情でウズメを見守るアマテラスは「あまりに無念」と悔しさをあらわにしていた。



ジアソーレの「痛みを返す力」はあまりに強力で前線で戦う将兵の回復に自身の神通力を与え続けていたウズメも限界を迎えていた。



吐血した血は血溜まりとなっていたにも関わらず、彼女は踊り続けていたのだ。



戦闘が終わったと知るとその場に崩れ落ちて動くことすらできずに呆然としている。




「染夜風。 敵を更に追撃する?」

「さすれば次こそ討ち死に多数かと・・・」




無敵の日本神族をもってしてもこの有様というわけだ。



これ以上追撃すれば次こそ戦死者が出てしまう。



険しい表情で黙り込む総大将アマテラスと皇国第九軍の総司令である染夜風はウズメの手当てをしていた。



















ジアソーレと不死隊が恋華と第9軍の奮戦で退却を始めた頃。



虎白も森林地帯に隠れていた不死隊の伏兵を壊滅させていた。



だが、同行した雷電も部下達も満身創痍といった状態だ。




「斬っても斬っても激痛が返って来やがるな・・・」

「殿・・・敵が退いています。」




森林から平原を見渡すと、退却する不死隊が無数に見えていた。


敵が背を向けて逃げているのに追撃に出る日本神族がまるで見えない事から味方の損害も甚大なのだと察した虎白は険しい表情をしていた。



「俺らで追撃するぞ」と話す虎白を見た雷電は傷だらけとなった自身の体を気にもせず「御意」と返した。



強力な日本神族達でさえも追撃できないのならやるしかない。



虎白はそんな表情で遠くに見える不死隊を眺めていた。





「死ぬかもな・・・」

「覚悟しておりますぞ殿。」

「悪いな。 もう嫁の顔をお互い見れねえな。」





恋華や竹子達にもう会えないと覚悟する虎白と染夜風の愛おしい笑顔を見る事はできないと覚悟した雷電は互いに強く抱き合った。



「お仕えできて光栄でしたぞ」と話す雷電に何も返さない虎白は抱き合ったままだ。



やがてだらけの体を動かして鞘から刀を抜くと歩き始めて敵を追いかけた。



森林を抜けてジアソーレを追いかけるために進むとそこには平原が広がっている。



広大な平原は小さな丘が無数にあり、高低差が存在している。





「あの丘で敵を見るぞ。 ジアソーレだけ殺せれば後は仲間がやってくれる。」





虎白と雷電は200柱ほどの部下を連れて丘へ進んだ。


若き冥王であるペデスもまた、満身創痍だ。



部下の冥府兵は半数以上が戦死した。



やがて丘の上に辿り着くとそこには虎白が息をする事も忘れてしまう光景が広がっていた。



目を左に向けると退却する不死隊が走っているが、前に向けると丘の下で不気味佇む不死隊が一斉に双剣を抜いたではないか。



隊列の中から金色の髑髏の仮面が現れると高笑いをしている。





「お前の考えはよく知っているぞ鞍馬ああああ!!!! お前は仲間を傷つけさせないために危険を承知で自ら追いかけてくるのだったな!!!!」




長年、虎白の研究をしていたジアソーレは側面攻撃を狙い、森林に入る事を計算して伏兵を配置していた。



その間に恋華を狙いに進んだが、思いのほか奮戦された事で退却を余儀なくされたがジアソーレは追撃に虎白が自ら出てくる事まで計算していたのだ。



開戦当初からこの丘の麓(ふもと)で待機していた不死隊は万全の状態。



200柱の傷だらけの皇国兵に対して万全の500名の不死隊。



虎白は「それでもやるぞ」と危険を承知の上でジアソーレを討ち取る事だけを狙った。





「かかれー!!」




満身創痍の200柱が丘を下って不死隊へ挑むとジアソーレは不気味なほどに高笑いをしている。



「そうくると思ったぞ鞍馬」と得意げな様子で笑うと煙幕を遠くへと投げたではないか。



すると丘を下った虎白達の背後から別の不死隊が近づいてきては丘の上を占拠したのだ。



前後で挟まれた虎白はこの状況においても「退くな」と話していた。



既に200柱と雷電は虎白と共に命を捨てていた。



ここが死地だと覚悟している。





「ペデス。 お前は冥府兵と共に離脱しろ。」

「叔父上!!」

「やつは俺の考えている事がわかるみたいだ。 離脱しても不死隊に会うかもしれないが恋華の元を目指せ。」





虎白に突き放されたペデスはやむなく離脱を試みた。



離脱を援護するために雷電が道を切り開いている。



激痛に耐えながらも。



雷電は咆哮を上げながら「時空を操る能力」を惜しむことなく使い続けてペデスを引っ張りながら進んだ。



やがて不死隊の隙間から平原の景色が見えると「進むのだ」とペデスの背中を力強く押した。





「雷電殿!!」

「さあ行け。 良き未来を作るのだ。 殿と盃を手に見守っているぞ。」

「か、必ず・・・」




この様な状況であっても雷電は満点の笑顔を見せると戦場へ消えていった。



ペデスの隣に立っている冥府兵は既に2人だけとなった。



たった3人で恋華の本陣へと走り去った。



未来の冥府を作り上げるために。






















死地に残った200柱の皇国武士と虎白と雷電は絶望的な戦いを繰り広げていた。



前後から殺到する万全の状態の不死隊はあまりに強かった。



遂には皇国武士にも討ち死にが出ていた。





「ジアソーレ!!!!!!」

「我が不死隊に良く似たいい兵士ではないか鞍馬ああああ!!!! 部下と共に死ぬがいい!! 我が兄弟達も喜んでいるぞ!!!!」





この状況においても背中を斬られる事のない皇国武士達は一柱、一柱と戦場に倒れていった。



無敵の皇国武士といえども既に限界。



虎白はジアソーレの前まで辿り着くと、部下達が命がけで一騎打ちのために円を作った。



刀を抜き、双剣を抜いた双方は同時に斬りかかった。





『うわああああああああ!!!!!』





両者の咆哮が死地に響き渡るが、直ぐに喧騒にかき消された。



次々に倒れる皇国武士と不死隊の命のやり取りの中で行われる壮絶な一騎打ちは両者互角ともいえる激戦だ。



既に神通力が限界に近い虎白の太刀筋を見きっているジアソーレは刀を交わすと双剣で虎白の体を斬り裂いていく。





「はあ・・・はあ・・・」

「もう限界か鞍馬? さあ生命を差し出せ。」

「死ぬのは覚悟の上だ。 だがてめえも道連れだ。 生かしておくわけにいかねえからな。」




腕や腹から白い血を流している虎白は刀を振りかざすとすかさずもう一本の刀でジアソーレの腹部を斬り裂いた。



赤い血が大量に出ると同時に虎白の腹部を裂けた。



だがそれでも立ち上がった虎白は刀を頭部に振り落とそうとしていた。




「退却だ!!」

「待て!! 逃さねえぞてめえ!!」





すると不死隊が一斉に虎白に殺到すると、雷電も助太刀に入り再び大乱戦となった。



発狂する虎白の鎧を掴んだ雷電は「我らも退きましょう」と声を上げていた。



ジアソーレが逃げた今、ここで討ち死にする事に意味はない。



一度撤退して次の機会を待つ他ないと声を上げる雷電に連れられて死地を脱するためにペデスが逃げた道を追いかける様に離脱を試みた。



しかし殺到する不死隊を前に困難を極めている。





「雷電様!! 殿!! 急がれよ!! 我らはここに残りまする!!」





皇国武士達がその場に残ると「鞍馬はここだ!!」と自ら囮になっていった。



叫んでは消えていく声を背に虎白と雷電は戦場を離脱した。



虎白の背後には150柱の武士達が今にも倒れそうになりながらも追従している。


あの無敵の皇国武士が50柱も討ち死にした事は衝撃としか言いようがない。



悲痛の表情で本陣を目指す虎白は目の前に見える大きな砦を通過していく。



その砦はペデスを初めて保護した砦だ。



虎白と雷電は砦の中を通過して本陣を目指していた。





「と、殿!!」




すると武士が声を上げると皆が走って声の場所へ行くと目を疑う様な光景が広がっていた。



赤い血が飛び散っている狭い道で倒れる6人の姿を目にした虎白は駆け寄ってうつ伏せになっている6人を起き上がらせた。



「お、お・・・」と今にも消えそうな声を振り絞る者を見た虎白は愕然とした。





「叔父上・・・」

「ペデス!! なんでだ!!!!」

「追っ手の不死隊が・・・」





目をやると死んでいる髑髏の仮面が3人。



ペデスの護衛の2人も既に死んでいる。



消えゆく若き冥王の意識は虎白だけに集中して何かを話そうとしている。



耳を傾けた虎白はペデスの声を聞こうと兜を脱ぎ捨てた。


「い、一度でいいから・・・親の愛情を受けたかった・・・で、でも叔父上からの愛情は感じた・・・う、うう・・・し、死にたくない・・・死にたくないよ叔父上・・・」




涙を流すペデスは生きたいと力のない手で虎白の鎧を掴んでいる。



だが池の様に溜まっている血液と大きく開いている傷口からして、本陣までペデスが保つとは思えない。



虎白は死にゆくペデスの手を握っていた。



すると泣いているペデスは最後に。






「お、叔父上・・・あ、愛していると言ってください・・・」

「愛しているぞ・・・」





満面の笑みを見せた。



そしてペデスは眠った様に動かなくなった。



口元はなおも笑っている。



ジアソーレはあの状況でペデスを離脱させる事まで読んでいた。



そして離脱経路まで予測していた。



砦の通過まで予測していた邪悪なる者は腕利きの不死隊を暗殺のために配備していた。



だがペデスはその生命と引き換えに暗殺者を倒した。


ジアソーレには痛手だろうか。



虎白はペデスと冥府兵2人の亡骸を本陣まで運んだ。



双方で多大な犠牲を出したこの初戦は痛み分けだ。



本陣へ戻った虎白は遥か遠くに見える冥府の門を何も言葉を発する事なく凝視しているのだった。

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