第10ー13話 最後の戦いへ

日本神族はいよいよ冥府へ向けて最後の戦いを行おうと天上門へ集まっていた。



皇国の一から九までの軍団が集結し、高天原軍も集まっている。



そして幼馴染の虎白達も凛々しい表情で今にも出陣の号令をかけようかという所だ。



夫の最後の出陣への見送りに竹子達も現れた。



妻達の表情はあまりにも暗く、心配そうに下を向いていた。



すると彼女らの様子に気がついた虎白は「おおい」と力の抜けた声を出しながら近づいてくると1人1人を抱きしめていた。





「お前らそんな顔するなよ。」

「心配に決まっているよ・・・」




うつむく竹子の頭をなでて抱きかかえている甲介の頬を優しく触っていた。



「父ちゃん行ってくるから母ちゃんを頼むぞ」と話すとむにゃむにゃと口を動かしながら父の手を一生懸命触っていた。



鎧兜を身に着けて虎白の体に抱きつく甲斐もまた寂しそうに「あたいらを置いてくなよ」と唇を尖らせていた。



甲斐の話す「置いていくな」とは出陣するなという意味ではなく「死ぬな」という意味だ。



ここまで妻達が心配する理由は今までの虎白の行動とはあまりに今回の動きは違うからだ。



直ぐに行動しては先制攻撃を仕掛けてきた虎白が早々に部隊と共に撤退してきては反撃にも出なかったからだ。



あのアーム戦役でウィッチに翻弄されながらも直ぐに反撃を決断していたのにも関わらず、何日も動く事はなかった。



これだけで長年、虎白と共に戦ってきていた妻達はわかるのだ。



不安げな表情をする妻達の中から夜叉子が近づいてくると胸元を力強く押した。





「あんたのおかげで私の人生は変わった。 生きている事に幸せを感じるし、あんたや子供の温もりが愛おしいよ。 必ず帰ってきてね。」





夜叉子の口からこんな言葉が出る日を虎白は待ち続けていた。



心を壊された夜叉子の苦しみを近くで見続けていたのだ。



日を増すごとに回復していく夜叉子の心は今では美しいまでに平穏を取り戻していた。



山に籠もっては敵を殺す戦術ばかり考えていた夜叉子が竹子と共に食事を作り編み物までするとは。




「帰ってくるよ。 今日まで世界は俺の功績を称えていた。 だが俺が感じる一番の功績はお前に笑ってもらった事だ。」

「ふっ。 いくらでも笑うから。 あんたがいてくれたら。」




夜叉子の細い体を抱きしめると、琴が抱える水心にも「じゃあな」となでた。



水心は落ち着いた表情で父の顔を見つめて「うう」と何か言葉を発しようとしていたがまだ赤子の水心にはこれが精一杯だ。



微笑んだ虎白は妻と子供全員に言葉をかけて優しく抱きしめるとその香りを大切に心に記憶した。



「殿、そろそろかと」と雷電が耳打ちすると虎白は隊列に並んだ。



総大将アマテラスの「出陣」という声が聞こえると法螺貝が鳴り、笛や鈴の音が響き渡った。



静かに進軍を始めた日本神族は天上門を通過して最後の戦いへと向かったのだ。



隊列の中には若き冥王の姿もあった。



しかし白斗の姿はなかった。



桜火の大和城の天守閣から見下ろす様に見つめている白斗の姿があったが、誰も彼の存在には気がついていないだろう。






















虎白が出陣を決めた日の夜の事だ。



ペデスも共に僅かな冥府軍を引き連れて出陣しようと準備をしていた。



すると白斗が近づいてきて「お前も行くんだな」と真剣な表情で話していた。



「天上界は本当にいい場所だった。 僕は冥府もここに負けないほど豊かな場所にしたい。」

「俺は親父に置いていかれた・・・」

「我が子の安全を思っての事だよ。」





共に出陣できなかった事が不満な様子の白斗を見てペデスは悲しそうにしていた。



そして研いでいた剣を置くと白斗に近づいては力強く抱きしめた。



驚く白斗は「離せよ」と抵抗しているがペデスは離さなかった。



周囲で冥府兵がその奇妙な光景を見つめる中でペデスは声を震わせていた。





「幸せな事だよ。 世界で君の生命を案じてくれる存在がいるなんて。 僕は誰にも愛されていない・・・一度でいいから父上と酒を酌み交わしてみたかった・・・一度でいいから・・・母上に甘えてみたかったよ・・・」




白斗の肩が湿っている事に気がつくと「悪かったよ」と返した。



父のハデスは戦死し、母のペルセポネはエリュシオンに亡命してしまった。



まだ20歳にもなっていない若者が孤独に冥王は継承したかと思えばジアソーレの野望のために生命まで狙われている。



それでも必死に自身に課せられた血統と義務を守るために奮闘している若きペデスは時に白斗が羨ましくも思っていた。



義理の母の優奈に可愛がられて宮衛党に入り浸り、妻のメリッサと共に過ごしている。



父は偉大な鞍馬虎白ときた。


ペデスから見る白斗はまさに順風満帆だ。



白斗に抱きついて涙を流すペデスを突き放す事なく抱きしめ続ける白斗はその時、初めて自身の環境がいかに恵まれていたのかに気がついた。





「そっか・・・俺なりに頑張っていたけど・・・お前に比べれば全然甘かったんだな・・・」





悲しき孤独な冥王を目の当たりにした白斗の心は酷く同情の念に駆られていた。



自身の恵まれた環境とはまるで異なるペデスの劣悪な環境。



誰に頼る事もできず、部下も信用できる者はこの場にいる数十名の者だけ。



白斗は「お前にたくさん気づかされたよ」と話すと更に力強く抱きしめた。





「父上が味方しているんだ。 必ず冥府を取り戻せるよ。」

「そうだね。 いつの日かきっと豊かな冥府を作るよ。」

「天上界にもまた来いよ!!」

「次はキャッチボールもやってくれるかな?」





顔を見合わせて笑う若き冥王と若き皇太子は別れた。



そして翌朝には天上門まで進むと、日本神族と共に最後の戦いへと出陣したのだった。








中間地点を進軍中の日本神族の大軍は移り変わる天気をも気にもとめず落ち着いた表情で進軍していた。



紛れもなく天上界最強の軍隊が進んでいると虎白の隣にペデスが近づいてきた。



強張った表情のペデスは「敵は冥府で待っていますかね?」と話していた。



空では九龍やシナツヒコが偵察している。



天候の変化が続く中間地点では視界が悪くなる事も珍しくない。



常に警戒していなくてはならない。



そんな緊張感のある進軍の中で不安が爆発しそうなペデスは虎白と並走している。





「もし敵が現れたら俺達の後ろまで逃げろ。」

「でも自分だけ逃げるなんて・・・」

「冥王を取り戻すんだ。 ジアソーレと不死隊なんぞ俺らに任せろ。」





冷静な口調で話す虎白の様子を見て少し安堵感を覚えたペデスは前を向いて霧のかかっている中間地点を見ていた。



すると上空で偵察する九龍が舞い降りると「虎白!!」と叫んでいた。



「前方から大軍が迫っている」と話す九龍の声と共に進軍が止まり、戦闘隊形を取る皇国軍と高天原軍は速やかに陣形を整えると不気味な静寂を保っていた。



霧の奥から聞こえてくる太鼓の音と乱れる事のない足音だけが視界の悪い静寂で響いている。



ペデスの緊張が頂点に達する頃には霧の奥から髑髏の仮面をつけた大軍が姿を見せた。



太鼓の音が止まると不死隊の動きはぴたりと止まった。



不気味な静寂の中で睨み合う双方の緊張感は最高潮だ。



だがその沈黙を破る者がいた。





「救神日ノ本!!!!」





爆音にも聞こえるスサノオの怒鳴り声と草薙の剣から繰り出される津波の様な斬撃が不死隊の元へ一直線に進んだ。



斬撃はそのまま不死隊に直撃して爆発でもしたかの様に砂埃を上げた。



複数の不死隊が砕け散り、肉片が雨の様に地上に落ちてくる様子に歓喜した高天原軍の中で放ったスサノオだけが胸を押さえて悶絶していた。



「そ、そういう事か・・・」と改めてジアソーレの能力の恐ろしさを知ったスサノオは一度下がると上裸で踊るウズメの元へ向かった。





「はいーやっ!! スサノオはー!! 弱ったかー!! いやいやっ!! まだこれからー!! あーそれっ!!」





ウズメが扇子を振って美しい体を激しく動かすとスサノオは胸の痛みを忘れたかの様に立ち上がると平然と前線へと戻っていった。



このウズメは戦う事はできない。



しかし必ず総大将アマテラスの隣で踊っている。



それがウズメの戦いだからだ。



彼女の能力は「踊りで苦痛を消す能力」だ。



それだけではない。



ウズメが踊っている間は神族の神通力の消耗がなくなるのだ。



彼女の神通力が保たれている間は半永久的に神族は戦えるというわけだ。



スサノオが先頭へ戻ってくると皇国の当主である天白が軍配を高く上に突き上げると下へ振り落とした。





「皆の者かかれー!!!!」




すると天白の声に応える様にアマテラスも軍配を前に出した。



皇国軍と共に高天原軍も不死隊へ向けて突撃を始めた。



正真正銘最後の戦いがここに始まったのだ。



激しくぶつかる両軍だが、やはりジアソーレの能力の影響下にある不死隊を前に苦戦していた。



不死隊を倒した皇国兵も高天原兵も体を抑えてその場に膝をつけている。



戦況を見ている虎白はジアソーレをこの場から引き離すために戦場を迂回していた。



ペデスも共に同行している。



「叔父上どうなさるのですか?」

「ジアソーレがいなければ勝てるんだ。 あいつを引き離して俺が殺す。 お目当ては俺なんだからよ。」





迂回して森林地帯に身を潜めている虎白とペデスは激しい戦闘を見ていたが、やはり倒れる皇国兵が目立っていた。



神族だからこそ簡単に死ぬ事はないが、苦戦は明白だった。



徐々に後方に下がってはウズメの能力を受けている。



このままではウズメの神通力も保たない。



眉間にシワを寄せる虎白は目を凝らしてジアソーレを探していたが、皆が髑髏の仮面をしている統一感のある姿をしており、発見できずにいた。





「どこにいるんだよあいつ!!」





苛立ちを隠せない虎白とペデスは森林地帯から動こうとしていなかった。



しかしペデスが振り返ると静かに忍び寄る髑髏の仮面が草むらから顔を覗かせている事に気がついた。



「叔父上伏兵です!!」と絶叫するペデスの声を聞くやいなや森を抜けて走り出す虎白は皇国第9軍の元へと戻った。



9軍の指揮を執っていた恋華と染夜風が心配そうに見ていた。





「見つけられたの?」

「いいや。 伏兵に遭遇して何もできなかった・・・」

「ジアソーレはあなたの戦術を熟知しているわ。 森林地帯が近くにあればそこへあなたが行く事も当然わかっていたのよ。」





メテオ海戦から長年、虎白を研究していたジアソーレを前に虎白は苦戦している。



戦場全体を見ても皆が奮戦しているが、大技を出せばその3倍の衝撃で返ってくる痛みに悶絶する皆の姿があった。



まともに戦えば無敵の日本神族でも圧倒的強さが返って仇となっている。



虎白は何が何でもジアソーレを不死隊から引き離そうとしていた。





「伏兵がいても構わねえ。 もう一度行く。」

「雷電。 兵を連れて夫を護衛しなさい。」

「御意。」





雷電と部下を引き連れた虎白はもう一度森の中へ向かった。


















虎白が森へ向かっている頃、日本神族は予想外の苦戦をしていた。



彼らの圧倒的能力が自身に返ってくるためだ。



だがその中において龍族の九龍だけは躍動していた。




「水華絢爛!!」




手に水を溜めると振り抜いている。



振り抜かれた水は津波の様に激しく音を立てて不死隊を襲っている。



水神九龍は不死隊を溺死させていた。



痛みは3倍になって返ってくるが、龍族の九龍にはこの種族にしかない特性があったのだ。





「皆、下がって!! 僕なら彼らを倒せる。 僕ら龍族は痛みがない。 この鱗が剥がれないかぎりね。」





九龍の一族は鋼鉄の様に硬い鱗を体にまとっていた。



この鱗は表面的な攻撃を防ぐだけではなく、能力すらも防ぐ事ができた。



九龍だけがジアソーレの能力の影響を看破していたのだ。



この硬い鱗を破られたならば九龍は激痛に悶えてしまう。



龍族は一見すると無敵だが、弱点もあった。


それは鱗を剥がされた時の痛みは6倍にもなって返ってくるのだ。



剥がされた鱗が体に戻る事も他の神族の様に直ぐには回復できなかった。



龍族の性質である「能力を受け付けない」体質はウズメ達の回復すらも受け付けなかった。



一度負傷すれば戦闘不能というわけだ。



だがそんな弱点を承知の上で九龍は皆のために奮闘していた。



既に大勢の兵士が負傷していた。



懸命に回復させるウズメも汗を流して呼吸が荒くなっている。



彼女の神通力もそう長くは保たない。




「水華絢爛!!」

「ドラゴンか・・・邪魔な存在だな・・・」




双剣を手に金色の髑髏の仮面をする存在が不死隊の中に立っていた。



それこそがジアソーレだ。



虎白が森林地帯で探している男はまさにこの主戦場にいたのだ。





「鞍馬は今頃、森林地帯へ迂回して我の首を狙っているだろう。 伏兵がやつを足止めしている頃だ。」




まさにその通りだった。



ジアソーレを目の当たりにしている9軍の指揮を執る染夜風の元に「虎白と雷電が伏兵に襲われ苦戦」との報告が入っていた。



奮闘している九龍を見つめていると静かに歩き始めた。



気がついた九龍は「あいつが大将か」と大きな体を半獣に変えて立ちはだかった。



人間に良く似た見た目に変わると鎧を身にまとっている様だが、それも自身の鱗だ。



双剣を器用に回転させるジアソーレは九龍と対峙している。





「水華絢爛!!」

「邪死積年(じゃしせきねん)!!」




ジアソーレが放った大技は九龍の水を漆黒の斬撃で切り開くと軌道を変える事なく突き進んだ。



慌てて防御態勢を取った九龍に向かっていく斬撃はまさに直撃する時だ。



落ち着いた様子で受け止めようとする九龍は次の瞬間には空中に浮き上がっていた。



白い血を口から吐いて白目になっている。



その光景に一同は絶句した。





「我が怒りは何者にも負ける事はない・・・鞍馬出てこい!!!! 我はここだ!!!!」




九龍の水は空気中で煙の様に消えていった。



そして鱗の破片が皮肉なほど美しく輝きながら辺りを舞っている。



地面に落ちた九龍は大量の血を流して動かなくなっているではないか。





「急いで九龍を後方に下げなさい!!」





恋華が叫ぶとジアソーレの視線は彼女へ向いた。



「鞍馬の妻だな」と低い声を放つと静かに恋華の元へと歩き始めた。



周囲の皇国軍も負傷者で溢れ、無限に現れる不死隊を前に前線が崩れ始めていた。



人間を相手に神族の軍隊が苦戦しているのだ。



その悍ましすぎる能力を宿したジアソーレの手によって。

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