第10ー9話 赤い狐と虎白の散歩
神話達の子供も残す所は最後の1柱となった。
紅恋に甲介、初那、水心、カトリーナ、空璃、ウォルフ、レイラ、アイル、ヴァイオ、と順調に産まれた神話達による虎白の遺伝子の入った子供達。
無邪気に母親の腕に抱かれる未来の傑物達は親の期待を背負っている。
実にめでたいこの日を祝うために虎白に縁のあるもの達が集まっては盛大に宴を開いている。
スサノオは豪快に巨大な盃に入った酒を浴びる様に飲み干して笑っている。
ツクヨミは静かに団子を食べながら上品に酒を飲んでは空を見て微笑んでいる。
アマテラスは微笑みながら皆を見ては目の前で上裸になって踊るウズメを見ては扇子を振って踊りに乗っている。
嬴政やアルデンもこの場で酒を飲んでは虎白と歩んだ栄光を語っている様子だ。
そんな素晴らしい日を目にする虎白は安堵した表情で隣に立つ莉久を見ると変わらず緊張した様子だった。
「お前まだ緊張しているのか?」
「あ、あのお・・・虎白様・・・」
オレンジ色の可愛らしい瞳を虎白に向けると上目遣いでじっと見ていた。
首を傾げる虎白は「どうしたよ」と話すと、もじもじと手を触りながら何かを話そうとしていた。
目の前には安産の女神であるコノハナが立っているが不思議そうに莉久を見ていた。
メアリーも莉久の様子を見て不思議そうにしていた。
やがて口を開いた莉久は声を震わせていた。
「ボクはこんな幸せな思いをしてもいいのでしょうか・・・あの大陸大戦で失った友達は許すでしょうか?」
100万年という長い年月も日本神族達は記憶が消えていた。
そしてオリュンポス事変で記憶の戻った彼らは胸が引き裂けるほどの罪悪感を感じていた。
莉久のオレンジ色の瞳に反射する愛する夫であり、主である虎白は孤独に戦い今日を迎えた。
ルシファーやハデスという者達を犠牲にしてこの場に立っているが、それよりも前にもっと多くの友を失ってきた。
生きながらえた莉久はその責任を重く感じていた。
だがそれは虎白やコノハナでさえ同じだ。
虎白は声を震わせる莉久の言葉を聞いてコノハナと目を合わせていた。
「莉久だけではないわ。 誰もがそう感じている。 その責任を。 だが後悔しても致し方あるまい。」
コノハナはそう話すと虎白もうなずいていた。
散っていった多くの友の敵討ちとしてゼウスを倒した。
虎白達にできる事はそれぐらいしかなかった。
何故ならあの戦いで散った仲間は到達点にいなかったからだ。
これはアマテラスが虎白に伝えた悲しき事実だった。
「もうあいつらはいねえ。 地球に降り立った俺達は皆が幼馴染だ。 失った友にまた会いたいが、到達点にいねえなら探せねえ・・・」
天上界で戦い、生命を落とした者は皆が到達点に行くはずだ。
しかし大陸大戦は地球であり下界で行われた。
あの日に散った友がどこへ行ったのかは誰も知らなかった。
莉久の背中をさする虎白は「大丈夫だから」と声をかけると手を優しく握った。
微笑むメアリーの目からは涙が溢れた。
大きく息を吸った莉久は「わかりました」とコノハナの前で一礼すると桃色の煙が実態となり始めた。
やがて莉久の手に渡された新たな生命は実に珍しい赤い毛をまとった狐の子供だ。
メアリーの赤毛と莉久と虎白の狐の遺伝子を確かに継いでいる子供を見た莉久は驚いていた。
「こ、これは!!」
「わあ!! 素晴らしい子ね!!」
高揚するメアリーの隣で珍しそうに顔を近づける虎白は「お前すげえな」と頭の上から生える狐の赤い耳を触っていた。
子供は虎白の顔を見て嬉しそうに笑っていた。
産まれたばかりの子供が笑うという事そのものが本来ならありえないが、彼らはそれこそが神族の子供であるという事だ。
赤き王にして剣聖ヒステリカ家と皇国の名家である玄馬家と鞍馬家の血を引く紛れもない傑物の誕生を皆が祝っていた。
我が子を抱く莉久は男子であるこの小さな生命に「火玄(ひげん)」と名付けた。
赤き炎の様に勇ましく玄馬家の様に忠実な子になってほしいという願いを込めて。
最後の子供が産まれると虎白はコノハナに深く一礼した。
「さて皆揃ったな。 我が子も産まれた。 皆盛大に宴を続けよう。」
この素晴らしい日は天上界の祝日にもなった。
「殿下の生誕日」と呼ばれるこの祝日は国民である全ての天上界の人々に祝われる日となった。
3日も続いた神族と白陸の関係者による宴は終りを迎えた。
甲介を抱いて宴の会場を歩く竹子は酔い潰れて嬴政の膝で眠る虎白を見つけた。
「酒に飲まれるなじゃなかったの。」
笑みを浮かべる竹子は甲斐に甲介を渡すと夫を起こして手を差し出すと目の焦点が合わない虎白は「ここは家か?」とろれつが回らない口調で尋ねるとまた嬴政の膝に寝込んだ。
その嬴政も盃を手に持ったまま、孫策の肩に頭を置いて眠っていた。
「本当に仲のいい方々」と小さい声で話す竹子は虎白の肩を叩きながら起こしていた。
すると首を起こして竹子を凝視する虎白は「ここは家だな?」とまた同じ事を尋ねていた。
「もう酔い過ぎよ。」
「はっはっはー!! おー甲介よー父は酔っているな!! お前の方がしっかりしているぞー甲介よー。」
甲介に顔を近づける甲斐も酔い潰れる虎白を見て笑っていた。
だがいつでも気を張っていた虎白がここまで酔い潰れた事なんて今までになかった。
竹子は初めて見る夫の酔い潰れた姿に少し興奮すら覚えていた。
ぐったりする虎白はもはや自身だけでは歩いて城まで戻れないだろう。
竹子が付き添わなくては。
「ほら起きて。」
「あー竹子か? なんだお前可愛いな。 抱かせろー。」
「城に戻ったらね。」
「いやここが家だぞ・・・」
酔い潰れる虎白が「ここが家だ」と話すのは酔っているせいもあるのだろうが、あながちおかしな事を言っているわけでもないのかもしれない。
孤独に戦い続けた虎白は「家族」という言葉を常々、出会う大切な者達に言い続けていた。
竹子を始め、最後に加わったユーリ達にも「家族」と話していた。
それは虎白がはるか昔に失った家族達を求めているかの様だったと竹子は今、そう感じていた。
100万年という気が遠くなる年月の果てに虎白の周りに集まった家族は更に数を増やして再会した。
きっとそれが嬉しくてたまらなかったのだろう。
竹子はそう考えると酔い潰れる夫の姿が情けなくは見えなかった。
「本当によかったね・・・」
目に涙を浮かべて倒れる夫の寝顔を見ていると、突如目を開けて竹子を見ていた。
起き上がった虎白の目の焦点は未だに合ってはないが、「どうした?」と泣いている竹子を心配そうに見ていた。
すると甲斐が「あんたのせいだよ」と笑いながら話していた。
「お、俺が? 俺の大切な竹子が泣いてる・・・許せねえ・・・泣かしたやつ出てこい・・・あ、俺なのか・・・」
やっと起き上がった虎白はやはり誰かのために動いた。
竹子の泣き顔を見て、心配した様子の虎白は「大丈夫だからな」と頭をなでていた。
甲介を抱く甲斐は「さあ帰るよ」と城へ歩き始めた。
竹子が虎白に肩を貸すと「可愛いなあ」と顔を近づけていた。
「なあ俺は変態か?」
「ふふ。 どうかなあ。」
「変態じゃねえよな? 竹子良い匂いがするな。」
そう話すと竹子の着物に手を入れて胸を触っていた。
これで変態ではないとはどの口が言っているのか。
街でよく見かける迷惑な酔っ払いそのものだった。
たまらず赤面する竹子と高笑いする甲斐と共に街を歩いて城に向かう途中で臣民の女達が虎白を見るやいなや甲高い声を出して駆け寄ってきた。
それなりに美しい女も数多くいたが、虎白は見えてもないかの様にまるで興味を示さず竹子にしがみつく様に歩いていた。
やがて白陸の城の門を通過すると女達は衛兵に止められて入る事ができなかった。
その間も虎白は気にもとめず、竹子の顔だけを見て歩いていた。
この男はここまで酒に飲まれてもどうやら竹子や妻達の事が好きでたまらず、他の女には興味を持たない様だ。
城の中へ入ろうとすると甲斐の張りのある美しいお尻を触ると嬉しそうに舌を出している虎白はゼウスも驚くほどの変態といった表情をしていた。
甲介を部下に渡した甲斐は「変態じゃねえか!!」とどこか嬉しそうに笑っていた。
「あー家まで遠かったな・・・いや。 ずっと家だったのか・・・」
「虎白ちょっと寝なよ。」
「いや大丈夫だぞ竹子・・・抱かせろよー甲斐お前もだ。」
甲斐の部下に抱き抱えられて気持ちよさそうに眠っている甲介を他の神話達が眠る子供部屋に連れていくと辺りは非常に静かになっていた。
他の神話達も我が子を寝かせるとそれぞれの時間を過ごしていた。
竹子と甲斐の部屋の布団に大の字になっている虎白はおもむろに着物を脱ぎ始めた。
その光景を見ていた竹子と甲斐もゆっくりと着物を脱いで虎白の隣に寝た。
苦難続きであった家族達は最高の快楽を味わった。
そしてその頃、宴に参加していなかった白斗は夜になりツクヨミの能力で満月が夜空に浮かんでいる下でも1人で宮衛党の訓練所で刀を振るっていた。
夜間警備の夜行性の半獣族達が城壁の上から皇太子の剣技を見つめる中で黙々と刀を振るう白斗の顔は夜空よりも暗かった。
その顔にはツクヨミの月明かりでも照らせないほどの暗さがあった。
「俺は用済みなんかになってたまるか・・・まだあいつらはガキだ。 まだ間に合う。」
白斗は焦っていた。
言わずと知れた傑物の誕生は多くの者達が祝っていた。
だが白斗や白陸の隙を伺う者達にとっては面白い話ではなかった。
白斗はそんな隙を伺う者達を牽制するためにも一人前になろうと必死だったが、皮肉な事に彼らと今は同じ気持ちだ。
「あいつらの誕生は早すぎた・・・ジアソーレを倒してからだと思っていた・・・」
ペデスと共に肉眼で見た、新たな冥王であるジアソーレはあまりにも危険な存在であった。
何よりも優先してジアソーレの討伐を行うと思っていた白斗は子供達の誕生の早さに困惑していた。
1人で刀を振るう白斗を暗闇から見つめる視線があった。
強力な第六感を有する白斗は視線に直ぐに気がついた。
顔だけを向けて「ペデスか」と話した。
すると暗闇からペデスが出てくると「随分焦っているな」とベンチに腰掛けてツクヨミの美しい満月を見上げていた。
この頃、メリッサは虎白の宴に参加して父親のスレッジや母親のアリッサと共に過ごしていた。
こちらの冷え切った夫婦関係も白斗の焦りからだった。
天上界に滞在しているペデスは白斗の「監視下」という名目で宮衛党に身を置いていた。
「出生の儀ぐらい参加してニコリと笑って来い。」
「んな事できるかよ。」
「それじゃお前が焦っていると皆に言っている様なものだぞ。 弟よ!!と抱いてやるぐらいの事をしてくればよかったのだ。」
ペデスの話している内容はまさに正論だった。
現にペデスの言う通り出生の儀に参加していなかった白斗に気がついた嬴政や孫策は「焦っている」と口を揃えて話していたのだ。
険しい表情で刀を強く握る白斗は「うるせえな」とペデスを睨んでいた。
基本的には気の合う両者であったが、この後継者問題だけはどうしても気が合わなかった。
ハデスとペルセポネの遺伝子に微量だが、虎白の血まで混ぜられたペデスは数奇な運命を経験していた。
オリュンポス事変で父のハデスが戦死して、母のペルセポネは我が子であるペデスに愛情はなくエリュシオンに引きこもって出てこなくなっていた。
両親と離れたペデスの災難の極めつけは新政権奪取に燃えるジアソーレとその一派である不死隊にまで生命を狙われていた。
そしてたまらず虎白の元へ命からがら逃げてきた。
ペデスは常々話していた。
「冥王なんてどうだっていい。」
だがこの発言こそ白斗は気に入らない内容だった。
冥王として即位できたのにやりたくないとは。
白斗は皇帝になりたくても今ではなれるのか怪しくなっている。
刀を鞘に戻してペデスに詰め寄ると睨み合う両者は今にも喧嘩を始めそうだった。
「そんな睨むな白斗。 ここで喧嘩なんて始めれば天冥同盟が崩壊する。」
「冥王なんぞやりたくねえと話すお前がそんな事気にするのか?」
「ああ。 俺は生きて冥府に戻らなくてはならない。 残された者がいるからな。」
ペデスの話す冥王を辞めたいという言葉は本心だ。
しかし嫌でも冥王になったペデスは彼なりに背負うものが多くあった。
まだ20歳にもなっていない若すぎる冥王だったが、父のハデスが残したものを守ろうとしていた。
本音を言うなら平穏に過ごして親に甘えてみたかったものだ。
白斗にはその気持ちがどうしても理解できなかった。
睨み合う両者の異変に気がついた宮衛党の兵士が駆け寄ってきた。
「殿下大丈夫ですか!?」
「ああ。 気にするな。 いいかお前ら。 今からこいつと喧嘩するけどよ。 天冥同盟の事は心配するな。 お前らも喧嘩ぐらいするだろ?」
「は、はあ・・・」
困惑する宮衛党の兵士を見もせずにペデスに向かって「やるぞ」と話していた。
着物を上だけ脱いで肉体美を見せると拳を握って構えていた。
目をそらしていたペデスはため息をつきながら「仕方ない・・・」とローブを脱いでシャツも脱ぎ捨てた。
白斗に勝るとも劣らない肉体美を披露する冥王もまた、拳を握った。
いつ始まるかもわからない空気感が漂う中、白斗が一歩前に出たその時だった。
「止めなさい!!!!」
絶叫とも言える声を響かせて両者の間に飛び込んだのは宮衛党のウランヌだった。
振り返るとそこにはメルキータやへスタ、アスタ姉妹にシフォン、ルメーという宮衛党の重鎮が勢ぞろいしていた。
慌てて謝罪したペデスは服を着たが、白斗は変わらず肉体美を見せたまま「邪魔するな」とウランヌを睨んでいた。
「殿下それはいけませんよ!!」
「親父だって軍太さんの事殴ってたじゃねえかよ。」
「あ、あれは・・・計算しての事です・・・」
確かに虎白は「男の子だからな」と言っては軍太と激しい殴り合いをした。
だが虎白には考えがあっての事だった。
この喧嘩はそんな単純な話ではなかった。
大勢の目撃者の前で仮にも冥王と皇太子が殴り合いなんてあってはならない。
青ざめた表情で話すウランヌに耳も貸さずにペデスを睨んでいる。
純粋な半獣族の兵士が大勢見ている。
何をきっかけに友人の白陸兵に話すかわからない。
口の軽い純粋な半獣族の彼らから白陸兵に話が流れれば直ぐ様全軍に噂は広がる。
それを聞いた周辺国はここぞとばかりに虎白へ追求してくるのは明白。
この喧嘩はそれだけ複雑な事情を抱えていた。
虎白と共に多くの経験を重ねてきた宮衛党の面々には事の重大さがわかっている。
だが白斗にはわかっていないのか感情的になっているのか。
白斗の腕を掴むウランヌを振りほどくと「ペデス来い!!」と声を上げていた。
だが次の瞬間だった。
メルキータが近づいてくると思い切り白斗の顔を殴った。
吹き飛んだ白斗は激昂していたが、へスタ、アスタに取り押さえられて城の中に入っていった。
だがこの事件も半獣族が見ていた。
メルキータが殴った事実は白陸への反逆行為にも取られかねない。
しかし冷静な表情をしているメルキータは「どうせ問題になるならこっちの方がいい」と話していた。
「私の逮捕と宮衛党の謹慎ぐらいはあり得るだろうな。 でも天冥同盟の崩壊に比べればどうって事ない。」
メルキータは冷静だった。
そして世界情勢を理解していた。
虎白の悲願である「戦争のない天上界」の実現には冥府を叩く必要があった。
そして今、冥王ペデスが協力を求めてくるという夢の実現への千載一遇の好機が訪れている。
メルキータは世話になった虎白のために自ら汚れ役を演じた。
「これでロキータの瞳に映る日が遠のいたな・・・」
悲しそうな表情を浮かべるメルキータは噂が広まり、白王隊に拘束される日をただ冷静に待つ事にした。
激昂する白斗を必死に抑えるへスタ、アスタもなんとか落ち着かせると部屋に閉じこもる皇太子を見て呆れていた。
疲れた表情で同時にため息をついた姉妹の頭をなでたメルキータは「ありがとな」と話していた。
「やっとここまで来たんだ。 虎白の夢の実現のためなら喜んで逮捕されてやる。」
「メルキータ・・・な、なんとか虎白様に掛け合ってみるから・・・」
深刻な表情を浮かべるウランヌを見ても「気にするな」と話すメルキータは遠くを見ていた。
それはまるで虎白が頻繁に見せる眼差しのそれだった。
メルキータも神話達と同様に見ている。
戦争のない天上界という未来を。
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