第10ー7話 未来への産声

謎の男であるジアソーレの猛追から辛くも生還した虎白は天上界に戻ってきていた。



天王となった虎白は同じく神話という位にまで昇格した妻達とも再会していた。



すると恋華が夫の無事に安堵すると鎧兜を外して着物を脱がせていた。



純白の夫の美しい肌を濡れた布で拭きながら話を始めた。





「準備はいい?」

「子供か?」






恋華は既に未来を見ていた。



天王となった白陸政権は盤石だ。



今のところは。



だがこれが虎白と妻達の引退と同時に騒乱になる事は目に見えていた。



少なくとも恋華の可愛らしい瞳には見えていたのだ。





「早く子供達を一人前にして次の政権を担わせなくては。」





恋華は何よりも夫である虎白に安息の時間を与えたかった。



大陸大戦から今日まで孤独に戦い続けていた夫は既に疲れ果てている。



人間である竹子達を愛したのなら、これからは妻と平穏に過ごしてほしい。



上裸の夫の背中を拭きながらじっと細い体を見つめていた。



スサノオやアレスの様に屈強というわけでもない。



女にすら見間違えてしまうその白くて細い体一つで必死に皆のために奮闘していた夫を思うと抑えられない感情が込み上げてくる。






「本当に良く頑張ったわね・・・」

「なんだよ恋華らしくねえ。」






後ろから抱きついている恋華の小さな手をさすっている虎白は「確かに疲れたな」とため息混じりの声を発して椅子に座った。



窓から見える白陸の景色を眺めながら大きく息を吸うと、何かを決めたかの様な表情で恋華の可愛らしい瞳をじっと見た。



「じゃあ産むか」と話すと恋華も安堵した表情でうなずいた。



こうして虎白の遺伝子を組み込んだ神話達の子供が産まれる事となった。

















高天原へと赴いた虎白と恋華は安産の女神であるコノハナに会い、我が子を授かる話を始めた。



鮮やかな着物に身を包むコノハナは笑顔のまま、快諾した。



今日まで奮戦してきた虎白が子供を求めるなら喜んでと誰もが肯定していた。



虎白と恋華と紅葉との間の子供が間もなく誕生する。



それはつまり鞍馬、安良木、玄馬という名家の遺伝子を受け継いだ傑物が誕生するという事だ。



コノハナが両手を広げると金色の煙が辺りに漂い始めた。



そして桃色の煙が混じると両手で煙を抱きかかえる様に丁寧に囲った。



気がつけば虎白の妻達も集まってきていた。



緊張した様子の竹子は甲斐の手を握りしめていた。



いよいよ産まれてくるのだ。



愛する虎白との子供が。



最初に産まれるのは恋華と紅葉の子供だ。



桃色の煙はやがて形となって実態となった。





「う・・・うう、ヒヒッ」


コノハナの腕に抱かれる小さな体は誰が見てもわかる狐の子供だった。



小さな耳を頭から生やして一生懸命に尻尾を動かしている。



恋華に手渡すと母親の顔を見て笑っている。



完璧と言える恋華は美貌も知略も武力も全てをこなせる。



虎白が不在でも白陸軍を操る事すらもできる。



だがその活躍には必ず紅葉という最高の相手が隣にいたからだ。



冷静沈着で感情を表に出す事が非常に少ない恋華だったが、我が子の温もりを肌で感じた今。



大粒の涙が溢れ出ていた。





「こ、こんなにも愛おしいのか・・・」

「ヒ、ヒヒッ」





母親が泣いているというのに楽しげに笑う我が子は何を思っているのか。



虎白も安堵した表情を浮かべて「小さいなお前」と微笑んでいる。



恋華は紅葉に手渡すとたまらず泣いていた。



この新しい命に名前をつけなくては。



しかし恋華は既に決めていたのだろう。



「紅恋(くれん)」





互いの字を取り合った古来より伝統的とされる日本ならではの命名だ。



紅恋は女の子だ。



一生懸命に天上界の空気を吸い込む小さな女の子を抱きかかえて恋華は竹子を見た。



「さあ」とコノハナの前に歩かせると、甲斐と共に緊張した様子だった。






「竹子。 お前との子供だ。 授かろうぜ。」

「う、うん。」





桃色の煙から姿を見せた命は人間の子供だ。



紅恋とは異なり産まれて直ぐに大声で泣いていた。



コノハナに手渡された竹子は今までにないほどに動揺していた。



甲斐はそれ以上に動揺している。



見かねた虎白が抱きかかえると「お前もチビだな」と笑っていた。



そして竹子に尋ねた。





「名前は?」

「こ、甲介(こうすけ)」

「そうかお前は男の子だったか!!」





竹子と甲斐は常々聞いていたのだ。



虎白が口癖の様に話している言葉を。



「いつか息子とキャッチボールやりてえなあ」と。



竹子と甲斐はこの事について何度も話し合っていた。



「息子」とは白斗の事だろう。



しかしキャッチボールは人数が増えてもできる。



それに白斗にとっては弟というわけだ。



互いに良い刺激を与える事ができれば幸いだと。



夫を思い、甥っ子を思った竹子らしい考えだ。



甲介はそんな期待を親から受けているとは知らずに大声で泣いては虎白の顔を触っている。



大泣きする甲介を見せびらかすかの様に抱いて歩く虎白は優子とお初にも見せていた。





「つ、次は私達ね・・・緊張するっ」





優子は姉の子供である甲介を見て微笑むとお初の手を引いてコノハナの目の前に立った。


この場にいる全員が緊張した様子だった。



長年の戦いと天上界での日々で子供を持つという事をあまり考えていなかった。



恋華の言葉から真剣に考えたがやはり緊張して仕方がなかった。



優子とお初に関してはまだあどけなさが残っている。



まだ子供とも言える2人の間に産まれる虎白の遺伝子の入った我が子。



忍者というのに呼吸を荒くして汗をかいているお初を見て皆が笑っていた。



やがて産まれてきた子供を抱きかかえる優子は母親というより優しいお姉ちゃんの様な表情で顔を近づけていた。





「可愛いねえ!!」

「は、初那(はつな)」





お初がぎこちない表情で我が子の名を口にすると虎白が不思議そうに見ていた。



「女の子かあ」と笑っていた。



コノハナが授ける子供の性別は親が決める事ができたのだ。



姉の竹子が男子を授かった事から優子も男子かと思いきや女の子を授かった事に少し驚いた様子だった。



得意げに笑う優子は「姉上の様な才色兼備になってほしいの!!」と初那に期待を寄せていた。



紅恋、甲介、初那と順調に産まれた様子を見てもなおも不安げな表情を隠せずにいたのは夜叉子だった。



気がつけば私兵の隊長や日本神族まで見物に集まっていた。



誰が命じたわけでもないが、周囲では宴が始まっていた。



オリュンポス事変で到達点から舞い戻った日本神族の中で上半身裸で踊る美女が高天原、皇国軍の士気を鼓舞し続けていたが、彼女は今日も変わらず上裸で踊っている。



ウズメと呼ばれる彼女はその昔アマテラスの岩戸隠れの事件の際にも活躍した。



めでたい日だと盛大に祝われるこの様子に困惑した表情で立ち尽くしているのが夜叉子だった。



優子とお初が「次は夜叉子と琴でしょー」と初那を抱えて微笑む中でも不安げな表情が消える事はなかった。



一方で上機嫌の琴は夜叉子の白い手を引いて「早く早く」と興奮していた。



すると夜叉子はその場に立ち止まった。



琴は今までの笑顔から一変して「大丈夫やで」と話した。






「不安なんはわかるで。 でも夜叉子は十分に乗り越えたんや。」

「で、でも。 私なんかが我が子って・・・」





夜叉子は感じていた。



自身が狩人などと冥府軍から恐れられるたびに。


妹の修羅子の異常性を目の当たりにするたびに。



自分もかつては同じで殺戮を楽しんでいた。



どれだけ残虐にかつ、効率よく敵を殺せるのか考えれば考えるほどに。



白陸軍の主軸へと成長していった。



そんな残虐な自分が命を奪い続けた自分が。



命を手にしていいのかと。



夜叉子は立ち止まって動けずにいた。



白くて細い手は琴の優しい手の温もりの中で小刻みに震えていた。





「わ、私なんかが・・・」





周囲は盛大に騒いでいる。



遂には虎白の兄上達までやってきたではないか。



それだけではない。



彼らが「御大将」と信頼するアマテラスやツクヨミ、スサノオまでこの場にいる。



偉大な日本神族が自分なんかを見ている事に夜叉子は更に困惑していた。





「や、やっぱり・・・ご、ごめ・・・」

「行ってきなさい。」






夜叉子が言葉を言い切る前に遮る様に聞こえた声に聞き覚えがあった。



その時考えた。



あの日、自分と獣王隊と第4軍を救ってくれた存在は誰だったのかと。



狩人の女神であるアルテミスに殺される所だったのに。





「ふっ。 またこの声か・・・どうせ姿を見せてくれないんでしょ・・・」

「いいや。 ここにいるぞ夜叉子よ。」





「えっ」と振り返るとそこに立っていたのは動物の毛皮をまとった山賊の様な見た目の男だ。



屈強な肉体に立派な髭を備えている彼の声はあの日突如聞こえた声の主だ。



優しく微笑んでいる男は「改めてヤマツミと申す」と丁寧に話した。



夜叉子は一瞬目を見開いたが直ぐに冷静な表情になって小さく笑った。





「そうだったのね・・・」

「いいかい夜叉子。 山は全てを覚えている。 君がどんな気持ちでここに立っているのかもね。 ずっと見てきたのだ。」

「恥ずかしいね。」




何度山の中で泣いたのか。



辛く苦しい経験を数えきれないほどしてきた。



だがその全てを山で過ごしたのだ。



ヤマツミは山の神だ。



夜叉子の人生をずっと見ていた。



まるで父親の様な笑顔を見せるヤマツミは細い背中をそっと押した。





「行ってきなさい。 君にはその資格があるのだよ。」

「私に・・・わかったよ・・・」





愛する琴の笑顔を見て微笑むと2人で共にコノハナの前に立った。



桃色の煙から産み出された我が子を手渡された夜叉子は抱きかかえたままその場に立ち尽くしていた。



虎白が近づいてくると「こいつもチビなのか?」と冗談を言いながら夜叉子の顔を覗き込んだ。



すると。





「い、生きてきて本当に良かった・・・」





夜叉子は泣いていた。



我が子の温もりを感じた夜叉子は長年背負っていた呪縛が消えた様な純粋な表情のまま泣いていた。



虎白を見るなり、「本当にありがとうね」と笑ってみせた。



その美しさときたらまるで女神の如く。





「当たり前だろ。 お前が乗り越えたんだ。 そんなお前の事が俺は大好きなんだよ。」





夜叉子の細い腕に抱かれる子供は泣きも笑いもせずじっと母親の顔を見ていた。



虎白が子供を抱きかかえると「お前は賢そうだな」と微笑んでいる。



すると琴が「水心(すいしん)って言うねん」と自慢げな表情をしていた。



困惑しながらも我が子を持ってみたいという本音に葛藤していた夜叉子が名付けた名前だった。





「水は綺麗にも濁り水にもなる。 それは環境次第。 一度は濁っても、流れ続ければ必ず綺麗な水に戻れる。 清らかな心があればね。」





それはまるで自分の人生を振り返っているかの様な言葉でもあった。



我が子、水心には自分の様な濁った人生を送ってほしくないという願いと共に仮に濁っても綺麗な水に戻る事は必ずできるのだと自身の経験で証明したからこそ名付けた名前だった。



「素晴らしい名前だ」とうなずいた虎白は水心を見て「親父だぞ」と微笑んだが、相変わらずじっと見ているだけだった。



冷静で物事を静かに観察する母親の血を確かに引いている水心を夜叉子に手渡すと虎白の着物を引っ張りながらじっと見つめる黒い瞳の少女がいた。



時には赤くもなるこの瞳を長年見てきた。





「次は私達よー」




魔呂はかつては12死徒として恐れられていた。



実の姉の討ち取り冥府から天上界に来た魔呂もまた、虎白によって人生を洗い直された1人だ。



小さな体は魔呂自身の体ではない。



第1の人生で手に入れた生贄に捧げられた少女の体だ。



彼女の無念と怒りを継承した魔呂はまさに無敵の12死徒として多くの天上軍を葬ってきた。



三度の食事より戦いを好む魔呂にも大きな転機があったのは虎白との出会いだ。



強い虎白との戦いは何よりも楽しいものだったが、決着がつかずに冥府へ戻ると孤独との日々だった。



出世を求める姉達は魔呂を妹ではなく武器として使っていた。



決して楽しい日々ではなかった。



冥府の暗い世界で思う事は虎白の顔だった。



虎白の血眼になって挑んでくる姿は魅力的であり、自分に気持ちを向けているという安堵感すらあった。



もっとも、虎白は死にたくないという思いだけだったが魔呂としてはそれでも嬉しかった。



やがて魔呂は虎白と共に生きてみたいと感じて姉2人の殺害を決意したが最期に姉が見せた表情や態度は武器として使う12死徒ではなく妹を思う姉だった。



深い心の傷に苦しんだ中でも近くにいて「家族」と呼んでくれたのが虎白だった。



元12死徒という事から天上界でも簡単に受け入れてくれなかったが、ある日出会った女が更に魔呂の人生を変えた。



それが妻になったエヴァだ。



彼女もまた強引に白陸へ連れてこられて居場所に困っていた。



魔呂だからこそわかる孤独感をエヴァも味わっている。



そう思うと寄り添わずにはいられなかった。



共に死戦を生き延びては信頼を重ねるうちに愛し合っていた。





「何もかも。 いい思い出だったわねー。」

「今となっちゃねー。」





エヴァのやる気のなさそうな雰囲気もまた、魔呂の心を癒やしてくる材料だった。



やる気がなさそうでも先の事を深く考えているエヴァは思いやりがあって優しい存在だ。



現にナイツという精鋭無比の部隊を指揮しているぐらいだ。



ナイツは隊員の全てが特殊部隊出身というくせ者集団だ。



良くも悪くも個性の強いナイツを完璧に束ねているエヴァがやる気のない女というわけではない。



非常に賢いのだ。



まさにこの2人は文武を共有している。





「まあ私は魔呂ちゃんが可愛くて大好きなのよ。」

「私もよー」





そんな2人の前で桃色の煙が実態となっていく。



魔呂に手渡された小さな命はこれもまた2人の遺伝子を確かに引いている。



エヴァのコンプレックスでもある右目だけが黄緑色という独特な瞳は実に美しいが彼女自身は嫌っていつも髪の毛で隠していた。



だが子供の瞳は両目とも黄緑色だ。



エヴァが驚きながら髪の毛をかきあげて右目を見せると笑っていた。





「か、可愛すぎるよ・・・」

「ほんとねー」



すると虎白が「お前も戦神なのか?」と割って入ってきた。



魔呂から子供を受け取ると産まれたばかりだというのに高い高いと上に持ち上げている。



エヴァが「いや、やめろって」と虎白の肩を掴むと子供はじっと虎白の目を見つめていた。



すると驚く事に黄緑色の瞳の色は深い青色に変わった。



驚く3人を前に子供はお返しだと言わんばかりに虎白の顔目掛けて放尿した。






「うわっ!! あーあこりゃ戦神だな。」

「だね・・・」

「カトリーナよー」





それがこの子の名前だ。



小さな戦神の女の子だ。



カトリーナとはその昔エヴァの故郷であるアメリカを襲った巨大なハリケーンから来ている。



当時の話を魔呂にすると「ハリケーンの様な強い子になってほしいわー」と絶賛していた。



エヴァは当時が大変だったと話したつもりだったが、魔呂は娘の名前に決めてしまったのだ。



カトリーナの瞳はまた黄緑色になると満足したのか笑っていた。



新時代を担う子供達が産まれてきている。



虎白はこの時思っていた。



「永遠にこの時間が続けばいいのにな」と。



妻達は産まれてくる我が子に感動している。



仲間達は祝の酒を飲んでは盛大に騒いでいる。



共に戦った部下達も今日は武器を置いて盃を手にしている。



多くの犠牲を払ったがやっとここまで来たのだと。



「次は私達ですわ」と鵜乱と春花が近づいてくると「ああ」と返してコノハナの元へ向かった。



どうか永遠に続いてほしい。



それは誰もが願っている事のはず。



宴を遠くで見つめる白斗はそれに参加する事なく城へと戻っていった。

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