第10ー6話 穏やかではない指令
虎白と白斗、そして現在は逃亡生活となっているペデス。
彼らは皇国第9軍の精鋭部隊である雪花軍団の警備の元で中間地点の砦でしばらく暮らしていた。
だがいつまでもペデスをこの場所に置いておくわけにもいかなかった。
彼には冥府という帰る場所があり、虎白と白斗もまた天上界という帰る場所があるわけだ。
その上、虎白には新たに産まれてくる子供が誕生する。
子供の話を聞いた白斗の表情はとても暗かった。
「はあ・・・父上と叔母上の子供ですか・・・」
白斗が何よりも気にしている事は自分の中で流れる血の事だった。
虎白の遺伝を僅かに感じながらも母体である祐輝とそしてろくでもない産みの母の遺伝も感じていた。
武技や誰かのために動ける所は虎白の遺伝か。
明るい性格は祐輝の遺伝であろう。
しかし追い込まれた時に攻撃的になり、思ってもない様な失礼な事を言ってしまうのは間違いなく産みの母の遺伝だった。
白斗はその悪い部分を自覚しているがどうする事もできずに苦しんでいた。
「経験を重ねれば動揺は収まる。 お前は若いんだからたくさん経験すればいい。 それに俺はいつだってお前の味方だ。
虎白の言葉を聞いても暗い表情の白斗は「叔母上の遺伝があれば動揺もしないでしょう」と冷静で判断力のある竹子達を思っていた。
確かに竹子を筆頭に誰もが冷静で判断を誤った事はない。
いつだって虎白の期待以上の結果を出しては虎白を支え続けていた。
そして何よりも白斗が危惧しているのは次期皇帝の座であった。
「恋華叔母上の子が次の皇帝になる。 正当な狐の血族者なわけだし・・・」
白斗が危惧している事は正しかった。
恋華は白陸の次の皇帝に我が子を指名するつもりだった。
皇国の名家である鞍馬、安良木、玄馬の血が混ざる子供なんかに到底自分が敵うはずもないと。
暗い表情のまま、うなだれる白斗を見ては困った表情をしている虎白は肩をとんっと叩いて「まあまあ」と慰めている。
「もし恋華の子供が有能でお前が勝てないと思うなら無理はするな。 どうせ平和な天上界だ。 皇帝に恋華の子供がなりたいなら譲ってやれ。」
我が子とキャッチボールでもしたい虎白はそう言ったが、白斗はどうしても皇帝になりたい様だ。
別に多くの妻を持ちたいわけではない。
それが名誉な事だからだ。
自分よりも遥かに歳が下である異母兄弟に譲るのは情けない。
男としての誇りがある白斗はどうしても皇帝の座を譲れなかった。
「もういいんだよ・・・俺なんかもう皇帝を早く辞めたい・・・嫁とのんびり過ごしていたい・・・」
するとペデスが歩いてくると虎白の隣に座って水を飲み始めた。
白斗の話を聞いていると首をかしげていた。
望んでもいない冥王の座になり、ジアソーレという危険な者に命を狙われているペデスからすれば白斗の気持ちは理解し難い内容だった。
ペデスは虎白を「叔父上」と呼ぶ様になっていた。
「なあ白斗。 叔父上の言う通りだ。 僕だって冥王なんてどうでもいい・・・」
その言葉を聞いて白斗は怒りをあらわにした。
「じゃあなんで助けを求めてきたんだ!!」と声を上げている。
虎白はその光景にため息をついた。
「ほら白斗それだ」と直ぐに感情的になる所を指摘した。
この母親譲りの遺伝が何よりも皇帝に不向きな一面だった。
だがこちらもハデスの遺伝を引くペデス。
ハデスは突如激昂するという一面があった。
「ああああ!!!! 何故、そこまで死にたいんだ!!」
「死ぬなんて言ってねえよ!!!!」
互いに胸ぐらを掴んで怒鳴り合う2人の様子を呆れた表情で見ている虎白はあくびをして雪花と顔を見合わせていた。
同じく呆れる雪花は「放ってもよろしいかと」と耳打ちしていた。
すると虎白はため息をつきながら「第八感」と小さくつぶやくと部屋の中だと言うのに雷鳴が鳴り響き、2人の頭上から雷が落ちた。
口から煙を吹いて倒れる2人を見下ろす虎白は「お前らよお」と話を始めると椅子に座って水を飲み始めた。
「白斗は言葉がすぎる。 あのまま、冥府にいては死ぬのは明白だったから俺らに助けを求めてきたんだ。 ただ生きていたいって必死にな。」
机を指でとんとんと叩きながら話す虎白の呆れた表情を見て微かに笑みを浮かべる雪花はこの未熟な2人を見ては傍らの副官と何か話していた。
「ペデスも直ぐ怒鳴るな」とせっかく白斗を諌めに来たペデスにも話していた。
だがここでも2人の反応は割れた。
直ぐに「申し訳ありません叔父上」と謝罪したペデスに対して白斗は遠くを見て不貞腐れていた。
「なあ白斗。 気に入らねえのはわかるがもう少し大人になれ。」
「俺はもう大人です。」
「体だけはな。」
明らかに不貞腐れている白斗を見てため息をつく虎白の元に雪花軍団の兵士が駆け込んできた。
「虎白様!!」と声を上げる兵士は白斗とペデスを押しのけて耳打ちをしていた。
すると虎白も刀を腰に差して「おい守りにつくぞ!!」と喧嘩中の2人に話した。
兵士の報告では「冥府より敵軍接近」との知らせだった。
砦の外に出て周囲を見ると、全方向から冥府軍が迫ってきていた。
「気が付かなかったのか。」
「申し訳ありません・・・この数時間天候が。」
豪雨と霧と大雪と豪雨という最悪な天候が続いた。
その結果、冥府接近に気がつかなかった。
既に退路を塞がれている雪花軍団は応戦の準備をしていた。
砦の壁の上から弓兵が弓を構えて、虎白も弓を取った。
すると雪花が先程までの笑みを浮かべていた表情とは一変して真剣な表情で虎白を見ていた。
「虎白様ご安心を。 念のため防御機能を向上させておきました。 そう簡単にはこの砦は陥落しませんよ。」
「よくやった雪花。 桜火の大和に連絡取れるか?」
「既に敵接近と爆撃の要請をしております!!」
長年、虎白と共に戦ってきた雪花の判断力はまさに神話となった虎白の妻達に匹敵する迅速さであった。
僅か数分で完全に防御態勢に入った雪花軍団は全方向から攻め寄せる冥府軍を砦で待ち構えていた。
黒く不気味な旗が迫りやがて兵士を肉眼で見える距離に捉えると虎白は驚いていた。
敵兵の姿に見覚えがあったからだ。
「不死隊じゃねえか・・・」
黒い装束に髑髏の仮面。
背中に2本の剣を背負う彼らはメテオ海戦で激戦を繰り広げた不死隊だった。
既に30年以上も前に戦いは終わったはずの相手が何故かここに5万柱からなる雪花軍団を飲み込んでしまいそうな兵力で迫っていた。
驚きを隠せない虎白が凝視していると不死隊は足を止めて不気味に静寂を保った。
隣で見ているペデスに「あの部隊を知っているか?」と聞くと首を左右に振っていた。
「僕が見た冥府軍はあんな恐ろしい見た目ではありませんでした・・・」
「という事はジアソーレの兵と見て間違いなさそうだな。 なんで不死隊なんか持ってんだよ・・・」
この時虎白の記憶は30年以上も前に遡っていた。
あのメテオ海戦では不死隊を率いている者が大勢いた。
だが指揮官は全て討ち取った。
唯一生き残った者はレミテリシアだが、彼女は虎白の妻となっている。
では一体誰が不死隊を率いているのか。
虎白はレミテリシアとの会話も思い出していた。
「不死隊は相応しい主にしか従わない。 だから私は彼らより常に強くなくてはならない。」
レミテリシアはそう話しては鍛錬を怠らなかった。
ではあの不死隊を率いているジアソーレはそこまでの実力なのか。
一体どうして不死隊が今になって現れたのか。
すると不気味に整列する不死隊の中から1人の男が出てきた。
金色の髑髏の仮面をしている。
「鞍馬ああああ!!!! お前の命一つでいい!! 我々が望むのはそれだけだ!!!!」
「てめえ誰だよ。」
「覚えていないだろうな!! メテオ海戦では貴様に仮面ごと叩き割られただけだ!!」
虎白はまた記憶をメテオ海戦に戻したが、仮面を叩き割ったと言われても何千という数の不死隊と交戦していた虎白に覚えはなかった。
「悪いが覚えていない」と返す虎白に高笑いをする男は「命を差し出せ」と絶叫していた。
戦慄するペデスを砦の中へ避難させると虎白はなおも冷静な表情をしていた。
「我が名はジアソーレ。」
「まあだろうな。 違ったらそれこそビビるわ。」
「クセルクセス王を葬り、アルテミシア総督まで葬った貴様を許さない!! 多くの兄弟も貴様に討ち取られた!!」
「戦争だからな。 俺の白陸兵にも同じ事が言えるぞ。 個人的復讐のためなら失せろ。」
すると白斗が「一騎打ちで討ち取ってしまえばよろしいのでは?」と話した。
今更、虎白に一騎打ちで勝てる者がいようか。
時間、雷、万物すらも操れる虎白に勝てるものか。
うなずいた虎白は「個人的恨みなら戦争じゃなくて一騎打ちにしやがれ」と話した。
「それは断る!!」
「なんだあいつ。」
「一騎打ちでは貴様が奪ったものと同じだけの損失を天上界に出せないんでな。」
頭をかいている虎白に雪花が耳打ちした。
「では射抜きますか」と。
虎白がうなずくと雪花が弓で狙いを定めていた。
そして矢は軌道を変える事なく真っ直ぐジアソーレの頭に飛来した。
するとジアソーレは双剣で雪花の矢を防いでみせた。
皇国軍の矢は光と同じ速度で飛来する。
矢じりは白王石という皇国の鉱物で作られているため強度も申し分ない。
戦車ですら射抜ける矢を剣で跳ね返したのだ。
「まあまあやるな。」
「虎白様。」
「ああ。 弓兵!! 周りから仕留めろ!!」
『御意!!』
ジアソーレの実力を考えて周囲の不死隊から仕留める事にすると弓兵達が矢を放った。
高速で飛来する矢は不死隊の心臓を目掛けて一直線に進んだ。
そして矢が心臓を貫いた次の瞬間だった。
矢を放った雪花軍団の弓兵が一斉に砦の壁から空中に投げ出された。
僅かな時間差もなく同時に空中に飛んだ弓兵達は背中から地面に落ちると吐血して胸を押さえていた。
「ど、どうした!?」
「こ、虎白様・・・む、胸に矢でも刺さったかの様な・・・ぐ、ぐはっ!!」
虎白は雪花から矢を取ると自身で不死隊に目掛けて放った。
すると虎白も空中に投げ出されて地面に落ちると悶絶していた。
目を疑う光景に雪花は驚いていた。
一瞬にして何百もの弓兵が倒れた。
神族であるから死ぬ事こそなかったがその激痛に苦しんでいる。
不死隊を見ると、矢を受けた者は倒れて死んでいる。
「こ、これは一体!? 虎白様!! 大事ありませぬか!?」
「あ、ああ・・・退くぞ・・・兵がもたねえよ・・・」
「殿は私が!!」
「いや、俺とお前だ雪花・・・」
虎白と雪花は即座に撤退を決断した。
異常な事態に強力な雪花軍団でも何もできなかった。
砦を放棄して脱出をしようとしていると上空に無数の機影が見えた。
虎白は雪花に叫んだ。
「桜火の航空隊を退却させろ!!!!」
「はいっ!!!!」
もし今の事態と同じ事が起きれば航空隊はどうなるのか。
パイロット達は間違いなく死ぬのではないかと考えた虎白は航空隊に退却を命じた。
雪花は姿を狐に変えると壁から飛び降りて無線室へと走った。
物凄い速さで無線室へ駆け込むと桜火へ繋いだ。
「皇国第9軍の雪花だ!!」
「あら雪花殿ですか? 航空隊が間もなく支援に入ります。」
「それを直ぐに中断しろ!!」
「え!? わかりました!! 全機退却!!」
桜火が慌てながら無線兵に話す声が聞こえた雪花は無線機をその場に投げ捨てて外へ出ると急降下して攻撃態勢に入った航空隊が機体を上昇させて旋回していくのが見えた。
直ぐに姿を消した航空隊に安堵した雪花は虎白の元へ戻った。
だがそこでは撤退を拒んで虎白と共に戦おうとする雪花軍団の兵士がいた。
「主を置いて逃げるなんぞ武士の恥です!!」
「いいから退け!! 主の命令に従うのも武士だろ!!」
「各方!! 虎白様の命令に従い退却せよ。 虎白様は私が責任を持って天上界にまで連れ戻す。 安心せよ。」
雪花の言葉を聞いた兵士達は涙ながらに撤退を開始した。
だがこの行動には部下の兵士を死なせたくないという思いと同時にもう一つ理由があった。
兵士に腕を掴まれて叫ぶ若者の姿を見て「竹子達に伝えてくれ」と虎白が言い残した。
そう2人の若者を死なせたくないという理由が。
「父上ー!!」
「叔父上ー!!」
「殿下行きますぞ!!」
白斗とペデスを引っ張りながら退却する雪花軍団の兵士は天上門を塞ぐ不死隊と対峙していた。
「討ち死に覚悟!!」と叫ぶと兵士達はジアソーレの不死隊に向かって進んだ。
だがどういうわけか。
不死隊と交戦を始めたが斬り倒す事ができた。
雪花軍団の兵士は負傷する事なく次の不死隊と戦っていた。
だが彼らはあの不死隊。
雪花軍団の決死の中央突破を妨害しては囲んでいく。
いくら倒れてもまるで怯む事なく。
「囲まれておるぞ!!」
「縦陣!!」
だが精鋭雪花軍団は負傷する者すら出さずに不死隊の包囲を縦陣で破りつつあった。
5万の雪花軍団を包囲する不死隊は10万はいるだろうか。
地平線を埋め尽くすほどの不死隊が殺到している。
白斗も共に戦っているが、やはりこの若者は強かった。
皇国武士と肩を並べて共に不死隊を倒す姿は実に勇ましく立派であった。
「皆の者!! 一点突破だ!! 怯むな!! 敵を討ち捨てろ!!」
「殿下に続けー!!」
白斗の活躍で士気の上がる雪花軍団はやがて包囲を破った。
ペデスを守る兵士達が最初に天上門をくぐると続々と天上門へ入った。
そこには桜火の要請で駆けつけたミカエル兵団と皇国軍が到着していた。
追いかけてくる不死隊を撃退すると皆は虎白と雪花の帰りを待っていた。
白斗達の生還と同じ頃、虎白と雪花は満身創痍となっていた。
いくら斬っても自身に攻撃が返ってくる。
吐血する2柱は互いに支え合っていた。
「こ、虎白様・・・」
「もういい加減もたねえな。 逃げるぞ雪花・・・」
「お先に行ってください。」
だが虎白は雪花の腕を掴んで走った。
追いかける不死隊と白斗達を逃して戻ってきた不死隊に前後から挟まれた。
「やべえな」と話す虎白は何かを悩んでいる様子でもあった。
気がついた雪花は「どうなされた?」と問いかけた。
「まだ遠いな天上門まで・・・」
「押し通る他ありませんね。」
決死の思いで進む2柱の視線の先にはミカエル兵団と皇国軍の旗が見えた。
すると虎白は縦陣から帝時亜狩を繰り出すと道が一気に開けた。
何故か前方から迫った不死隊を斬っても攻撃は返ってこなかった。
不思議そうな表情をする虎白だったが、開けた道に向かって雪花の背中を押すと「走れ」と叫んだ。
「虎白様ー!!」
「いいから行け!! 直ぐに追いつくから!!」
涙ながらに走る雪花は姿を狐に変えると不死隊の剣を避けながら天上門へ走った。
やがてミカエル兵団の前で滑り込む様に倒れると姿を変えて虎白を見ていた。
不死隊に囲まれた虎白を殺さんと殺到する不死隊は髑髏の仮面から垣間見える血眼を覗かせていた。
「さてと。」
背後に迫った不死隊を斬ると激痛に悶えた。
するとジアソーレが不気味に立っていた。
急がなくては逃げられないと額から流れ出る冷や汗を拭くと天上門から迫る不死隊を斬り捨てた。
「うわあああ!!!!」
すると何故か激痛が走った。
先程まではいくら斬っても問題なかったはずなのに。
首をかしげる虎白は「てめえか」とジアソーレを見ていた。
どういう能力かは正確にはわからないが、片鱗までは見たであろうジアソーレの力に困惑する虎白は「やるしかねえ」と大きく息を吸い込んだ。
「第八感・・・」
時間は停止した。
殺到する不死隊はその場で動かなくなっている。
すると虎白は刀を鞘に戻すと両手を広げて下から上にすくい上げる様な仕草をしている。
止まった時間の中で不自然に空中に浮き上がった不死隊には何が起きているのかわかっていないだろう。
ジアソーレですら止まっている。
やがて止まった時間の中で浮き上がった不死隊を見ると虎白は更に大きく息を吸った。
「神羅っ!!!!」
雷鳴が鳴り響き、止まった時間の中で駆け巡る雷は空中に浮遊する不死隊を伝っている。
そして時間の動きが再始動した。
次の瞬間には悲鳴がそこら中で響き渡った。
同時に虎白も全身を震わせて煙を口から吐いていた。
「よ、よし・・・まだ生きてるぞ・・・」
ふらふらとしながら全方向で倒れる不死隊の山を越えて進んだ。
するとミカエル兵団と皇国軍が駆け寄ってきた。
心配する兵士の肩に掴まるとそこで意識を失った。
山程の不死隊が倒されたジアソーレは不気味なまでに冷静に冥府へと戻っていった。
そして彼もまた口から煙を出していた。
天上界に戻った虎白は病院へ搬送された。
ペデスも無事だ。
謎めいた男であるジアソーレとの戦いはここに開幕したのだった。
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