第8ー15話 目的達成に向かって

 全身の血が冷たくなるほどの恐怖。



気を抜いて、残りの勤務時間を腕時計で確かめていた刹那の事だ。



 自身の側頭部に当たる硬い何か。



 恐る恐る横目で見てみると、漆黒の装束に身を包んだ何者かが仕事道具のバスを占領しようとしているではないか。



 あまりの恐怖で硬直する運転手は、前に停車していた車両にも犯罪者が乗り込んでいる事に気がついた。



「騒がず、動くな。 こっちの言う通りにしろ」

「は、はい・・・どうか殺さないでください・・・」



 言葉が思うように発せず、全身の力が恐怖で脱力していく。



運転手は引きずり降ろされると、布を被せられ手足を縛られた。



 力強く後部座席へ連れて行かれると、バスが動き出す揺れを感じた。



 何が起きているのか尋ねようかと考えた瞬間、耳には音の流れたヘッドホンを装着され嗅覚以外の五感の全てが塞がれた。



「こいつには悪い事したなあ」

「ただの市民なんだから絶対に傷つけないでよ?」

「わかってるよエブ。 さあ半獣族を助けに行こうぜ」




 恐怖で小刻みに体を震えさせる運転手を見ながら、そう話すエヴァとジェイクはホーマーの荒い運転に苛立ちながらも、人通りの多い道を進んだ。



 運転席に座るホーマーの不審者っぷりに市民が気がつくのも時間の問題というわけだ。



 やがて信号で停車すると、隣に居合わせた運転手が怪しげに眉間にしわを寄せて見ている。



 ホーマーは直ぐに顔を背けたが、運転手の不信感が晴れる事は当然なかった。



「やべえ隣の運転手が怪しんでるよ!!」

「人質を下ろして、目的地まで急ぐよ!!」



 エヴァの命令に従って、後部座席から人質を連れてくると五感を解放してバスから丁寧に下ろした。



 そして二台のバスは逃げ去る様に走り去った。



当然解放された人質はルーシー軍へ通報した。



 方や爆走するエヴァ達は、最新鋭の銃をいつでも撃てる様に準備を整えている。



「ルーシー兵は撃っていい。 でも市民は殺しちゃダメだからね」

「おいエブ!! もうすぐ目的地だ!! 守備隊が大勢いると予想される」




 破天荒な彼女らが目指す先は、ルーシーの闇。



 市民は言うまでもなく、ルーシー軍ですら知らない場所というわけだ。



しかしその場所をフキエに命令されて、厳重に守っている者らがいるはず。



 だからこそ、半獣族は逃げる事もできずに労働をさせられているのだ。



 そう頭の中で考えたエヴァは、持っている銃を力強く握りしめた。



 緊張か恐怖心か。



やがて人気のない山奥へと入った二台のバスは、さらに走る事数分。



「見えてきた!! こりゃ誰にも気が付かれねえな」



 タバコを口に咥えながら運転するホーマーがそう話すと、一同の視線は前方に見える巨大な施設へと集中した。



 そこはルーシー軍の基地の様だ。



 民間人が誤って入れない様に、厳重に有刺鉄線ゆうしてっせんが設置されている基地は地図上に存在しなくルーシー軍にも知られていない秘密基地。



一気に空気が張り詰める車内で、エヴァが大きく深呼吸をした。



「何があっても俺がお前を守るぞエブ」

「ありがとう。 でも最優先は半獣族の解放ね!! うちらもたまには誰かの役に立とうよ!!」




 エヴァの一言を聞いた車内は、暑苦しいまでの熱気に包まれた。



検問所が設置され、その奥には頑丈な扉があるがホーマーはアクセルを踏み込んだまま速度を落とさなかった。



 怪しんだ検問所の兵士が両手を広げて、停止を促している。



 しかし明らかに怪しい二台のバスを見た、秘密基地の守衛は銃を構えてホーマーを撃ち抜こうとしていた。



「問題ないよホーマー。 私に任せて」

「ああ、このまま門まで突っ走るぜ!!!! 楽しくなってきたぜ!!!!」



 不良時代の血が騒ぐというものか、奇声を上げるホーマーの隣で銃を構えたエヴァがフロントガラスごと撃ち抜いた。



 激しく揺れる車内から放たれた銃弾は、守衛の眉間に直撃して即死だ。



 この揺れの中で、正確無比に命中させる卓越した射撃術はエヴァが一般兵ではない証。



 やがて門の前で急停車したエヴァ達は、飛び降りるほどの勢いでバスから下車すると、血眼になって走ってくる守衛を一発で無力化していった。



「守衛の体を調べて。 鍵を持っているはず」

「あったぞエブ!!」

「よしここからが、本番ね!!」



 門を開けた闇の精鋭達は、国家の闇へと飛び込もうとしている。



大きな音を立てながら開いた門の先にある光景に一同は、目を疑った。



 施設内はあまりに巨大で、数え切れないほどの半獣族が衰弱した様子で作業を行っているのだ。



 唖然とする一同に気がついた施設内の守衛達が、武器を持って迫ってきた。



 即座に反撃を開始する一同の中、エヴァはある事が疑問だった。



「敵の兵士はルーシー兵かな?」

「その割には銃を使っているし、こいつら結構強いぞ」

「だよね。 ルーシーは接近戦を主体とする戦士。 じゃあ今戦っている相手は?」



 そんな事は、戦闘が始まった今となってはどうでもいいだろう。



相棒のジェイクはそう考えながら、銃を乱射している。



 しかし荒くれ者をまとめあげる賢きエヴァは、不可解な敵兵を調べようとしていた。



 だが今は、半獣族という目標の解放が最優先だ。



「敵兵を残らず、倒して。 十人は私についてきて!! 半獣族を安全な場所へ避難させる!!」



 激しい銃撃戦が始まっているというのに、逃げ出す半獣族はいなかった。



 精鋭無比にして、過酷な訓練と実戦を経験してきたエヴァにはこの異常性に直ぐに気がついた。



 突如始まった銃撃戦で逃げない者は二種類だ。



一つはエヴァ達の様な練度の高い精鋭部隊。



 そしてもう一つは、撃たれて死ぬ事に対する恐怖心のないものだ。



 つまる所、半獣族達には生き残る意志が感じられなかった。



十名の仲間を引き連れて、彼ら彼女らの元へ駆け寄ったエヴァは衰弱した半獣族の顔を見て愕然とした。



「大丈夫だからね?」

「・・・・・・」



 半獣族はエヴァからの言葉に返答せず、ただ無気力な瞳を向けている。



どれだけ過酷な日々を過ごしたのかと考えたエヴァは、怒りで震えていた。



 エヴァと仲間達は、無気力な半獣族を安全な建物の中へ押し込んだ。



 そして反撃を開始したが、耳の鼓膜が破れるほど騒がしく鳴り続けている警報音を一発で破壊したその時だ。



 半獣族を押し込んだ建物や、別の建物から守衛が溢れ出るほど出てきた。



「嘘でしょ・・・」

「おいエブ!! 俺達の五倍はいてもおかしくねえぞ!!」




 エヴァ達三十名に対して、殺到する守衛は少なく見積もっても百五十名。



その上、守衛は特殊な訓練を受けているのか戦闘能力も高かった。



 半獣族を救出するどころか、全滅の危機すら出てきた一同は銃撃の雨の中、懸命に反撃を続けたのだった。

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