第7ー8話 心優しきお姫様
情熱的とも言える赤い薔薇はなんとも美しい。
しかし花の美しさをさらに引き立てるのは、光であろう。
照らされる綺麗な太陽の光も、夜の中で儚く輝く月の光も花の魅力をさらに際立てる。
時には力強い風が吹くのも、花に感情移入させるものがある。
桜の花びらは儚く風に舞い、季節の終わりを思い浮かべさせる。
地に根を張り、荒ぶる強風に必死に耐えている花を見ると自身も負けず、逆境に立ち向かわねばと思わせるものだ。
花とはいつだって人間の心に寄り添っているかの様だ。
そんな花を心から愛しているアニャは、ローズベリーの深刻な情勢に胸を痛めては自身が所有する花畑に足を運んでいた。
「どうして争うのかな・・・お花はこんなにたくさんの色があるけど、みんな綺麗なのに・・・」
「世の中には花の色を一色にしたい者もいるんでしょうね・・・」
自慢の花畑を見て涙を流すアニャは、人間の苛烈な争いに終わりが来ないという事も察していた。
毒花を摘んでも新たな毒花が咲くかの様に、一つの問題を対処しても争いは必ずどこかで発展する。
その事実を知りながらも、花畑の様に静かで平和な世界を夢見るアニャは隣にいる幼馴染にして側近である女と話している。
「ねえハミル・・・もし天上界から戦争がなくなれば、人間は何をするかな?」
「想像もつかないなあ・・・戦争がなくなる天上界なんてお花が話しながら歩いてくる様なものだよ」
「じゃあとっても魅力的な世界になるね」
大好きなお花が笑顔で話しながら、歩いてくるなんてそれは楽しそうな世界だとアニャは笑った。
ハミルは冗談で話したつもりだが、確かに戦争のない天上界なんて夢物語が叶えば花が話すほど楽しい未来なのだろうと、静かに考えた。
幼少期から共に生きてきたアニャとハミルは、どんな時も共に歩んできた。
辛い時も楽しい時もいつだって一緒にいたのだ。
だからこそハミルには良くわかる。
赤い薔薇に飛び散った真っ赤な血液が、アニャから流れ出る必要なんてないという事が。
「アニャー!!!!」
「姫を守れ盾だ!!!!」
レミテリシアが白陸軍の将軍だと打ち明けようとしたまさにその時だ。
一発の銃声と共に、アニャが倒れたのだ。
騒然となる中でハミルがアニャに駆け寄り、レミテリシアは銃撃の犯人を探した。
アニャの配下らは盾で円陣を作って姫君を守った。
「見失った!! お、おい大丈夫か!?」
「弾丸の摘出、止血して」
「治せるのか!?」
「私達は騎士でもあり、医者でもあるのです」
ハミルが平然と話すと、アニャの痛々しい傷口から弾丸を摘出すると素早く止血を行った。
慣れた手付きで消毒して傷口を縫い始めたハミルと彼女の騎士らは、皆が女医なのであった。
無駄な血を流したくないアニャの優しい考えは、医術を学びたいという欲求へと変わった幼少期を知っているハミルは親友として共に学んだのだ。
その光景を驚きながら見ているレミテリシアは一安心といった表情で大きく吸った息を吐いた。
「う、うう・・・い、痛ったああ・・・」
「大丈夫かアニャ姫」
「そ、それで? あなたは何者?」
「私の名はレミテリシア、南の白陸帝国の将軍だ」
レミテリシアがそう名乗った次の瞬間だ。
アニャの騎士団らは一斉に剣先をレミテリシアに向けたではないか。
今にも串刺しにするほどの剣幕で睨んでいる。
驚いたレミテリシアは双剣を地面に静かに置くと、敵意がない事を落ち着いた口調で話し始めた。
「私はこの国の状況を見に来た。 攻撃するつもりはない」
「白陸と言えば、英雄の国だ。 確か、スタシアと共に」
「そうだ、ルーシーと戦っている」
だがこれはつまる所、敵国の将軍が目の前にいる事になる。
ローズベリーの民やアニャの本心は別として、ルーシーの支配下にある麗しき薔薇の国は白陸の将軍を野放しにするわけにはいかなかった。
ハミルの一声で今にも縄で縛られそうになっているレミテリシアは、地面に置いた双剣につま先を当てた。
襲いかかって来たら直ぐ様、空中に双剣を蹴り上げるためだ。
物凄い剣幕で睨んでいるハミルが、捕まえろと声を発するために息を吸い込んだその時だ。
「ま、待って・・・」
「アニャ動くな!!」
「大丈夫よ・・・この人は悪い人ではないから・・・」
「そうじゃなくて傷だって!!」
白くて綺麗な顔を蒼白させているアニャは、親友ハミルの細い足を掴んだ。
傷を心配するハミルがしゃがみ込むと、アニャはレミテリシアを逃がすべきだと話したのだ。
しかしそうなれば、敵国の将軍が潜伏していた事を
ハミルが首を左右に振ると、レミテリシアの処遇を決めかねていた。
「こ、このまま私の宮殿に連れて行こう・・・」
「そんな事したらお父上様と兄上様が!!」
「皇帝、皇太子には内密にしよう・・・わ、私はレミテリシア将軍と話したいの・・・」
アニャの父はローズベリー帝国の現皇帝である。
そして兄は皇太子として、父から実権を譲られる時を待っているのだ。
皇女であるアニャは
そんな心優しき姫君が、突然銃撃された事は危険な香りを匂わせるというもの。
だがアニャはさらに危険な敵国の将軍を匿うと話しているのだ。
親友としてこの危険行為には、可愛らしい顔を歪ます他なかった。
ハミルは大きなため息をつきながら傍らの盾兵に合図をすると、盾を担架の様にしてアニャを連れて帰るのだった。
敵国の将軍を伴って。
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