第7ー7話 小国の姫君

 平和的手段とは、つまる所武力を使わずに物事を解決する手段である。



それは話し合いという形で行われるが、議論は相手を理解させる事に膨大な時間をかける事にもなる。



 そして嘘という武器を持って行われる舌戦ぜっせんには終わりはない。



 平和的解決と言えば聞こえは良いが、最終的には強行手段に出て血が流れるのはもはや珍しい事でもない。



 仲間達が平原で死闘を繰り広げている一方でルーシー大公国とスタシア王国の間に挟まれている、小国ローズベリーへと旅人として潜入したレミテリシアは酒場に入っていた。



 椅子に腰掛けてワインを飲んでいる彼女の美貌を見た酔っぱらい共は、レミテリシアの細いが、筋肉質である美しい体を我が物にせんと話しかけてはあしらわれている。



「情報を得るにはいいと思ったが、まともなやつがいないな・・・」



 ため息をつきながら店主に何か情報はないかと尋ねると、ローズベリー帝国の切迫した情勢を話し始めた。



 近頃は酒の仕入れすら困難で、食事はほとんど提供できないと嘆いている。



 それもルーシーとスタシアの戦争が原因で、ローズベリー領内へ続く道も両軍が巡回していると話した。



「そんなんで、近頃は両国からの名品も輸入できないのさ・・・」

「なるほどな・・・この国は戦争には加わらないのか?」

「さあね・・・あんなデカい国の戦争にローズベリーみたいなちっぽけな国が入ってもなあ」




 事実上ルーシーの支配下となっているローズベリーは、スタシア攻撃に派兵を求められているが国力の貧弱さから皇帝は断り続けていた。



 だがその代わりルーシー軍の補給拠点として利用され、食料も提供させられていたのだ。



 大軍勢を誇るルーシー軍の食料の消費は凄まじく、やがてローズベリーの民からは不満が募り始めていた。



 店主の不満を聞いたレミテリシアは、今こそスタシア陣営にかの小国を寝返らせる時だと痛感している。



何度かうなずいてワインを飲み干すと、店を出ていった。



「次は国家に関係している者から話しを聞きたいものだ」



 一見すると赤い薔薇ばらが街中に咲き乱れる美しい国にも見えるが、民の表情は暗く活気が感じられなかった。



 しばらく歩くと、人だかりに遭遇したレミテリシアは注目を浴びながら話している二人の男の話しを聞き始めた。



 内容から、かの者らが国家に関係している者だとわかるローズベリーの深刻な政治事情を民に話している様だ。



「このまま、ではルーシーに吸いつくされてしまう」

「いやいやルーシーは我らをスタシアの魔の手から守るために戦っているのだ。 皆今少し頑張ろうではないか」

「馬鹿を言うな、スタシアが何をしたのだ!?」




 文官ぶんかんと呼ばれる国の内政を取り仕切る者らが、激しく舌戦を繰り広げている様子を民は冷ややかな目で見ていた。



 レミテリシアは傍らの民に心境を尋ねると、呆れた様子でため息混じりの声を発した。



いつもの事だと。



 文官はルーシーを肯定する者と否定する者で意見が割れている様だが、これとして明確な動きもなく、毎日の様に民の前で喚き散らすと帰っていく。



「いい加減はっきりしてほしいもんだ」

「民はルーシーに味方したいのか?」

「そんな事知ったこっちゃねえさ。 元はスタシアのヒステリカ家の血脈らしいが、もうどうだっていい。 俺達は平和に暮らしてたいんだ」




 民の一人がそう声を上げると、周囲で多くの者らがうなずいていた。



政治に関心はなく、ただ平和な日々を求めているローズベリーの民は困惑している。



 やがて文官共がくだらない論戦を終えると、一仕事終えたかの様な満足げな表情でワインを飲み始めた。



 ゴブレットに口をつけて、喉を鳴らしてワインを飲み干した。



その時だ。



 突如文官が喉を抑えて悶え始めると、その場に倒れてワインの様な赤い血を口から吐き出して絶命したではないか。



 その光景に慌てふためく民らは、我先にその場を後にした。



 レミテリシアは絶命した文官を調べようと近づくと、もう一人の文官が白くて細い腕を力強く掴んだのだ。



「こいつは死んで当然だな。 ルーシーと関係を断とうとしていたからな」

「毒殺か。 お前は知っていたのか?」

「旅人が偉そうに話すんじゃねえ!!」



 ルーシーを肯定している文官は毒殺された否定派の文官の亡骸に唾を吐き捨てると、話しかけたレミテリシアの綺麗な顔に平手打ちをした。



頬を赤くしたレミテリシアは鋭い眼差しで睨みつけると、文官はさらに激昂して手に持っているゴブレットで殴ろうとしたのだ。



 すると文官の腕を掴んだ者が背後に立っていた。



レミテリシアは何者かと見ていると、文官の傲慢な顔を殴り飛ばしたではないか。



 赤い髪の毛をなびかせている女は、小柄だが気の強そうだ。



肩にかかる程度の短い赤髪を激しく乱して、文官を睨んでいる彼女はレミテリシアに手を差し出した。



「すまなかったね旅の人」

「あ、いいや」

「私はアニャ・フォン・ヒストリカ。 赤き一族のヒステリカ家の分家よ」

「なるほど、だから赤髪か」



 それはまさにレミテリシアが探し求めていた存在とも言える。



赤髪が美しいアニャと名乗った女は、まだ若く十代ほどの外見にも見えた。



 しかし彼女の背後には武装した白銀の鎧に身を包んだ女騎士が立っていた。



まるでメアリーと彼女の騎士団の様に。



 レミテリシアが話しを始めようとすると、殴られた文官が刃物を持ってアニャに襲いかかったではないか。



 その刹那。



 慌ててアニャを配下の女騎士が守ろうとすると、レミテリシアは文官の腕を隠し持っていた双剣で斬り捨てた。



 悲鳴を上げる文官はアニャの騎士らに連れて行かれた。



 不気味な静寂がアニャとレミテリシアを包んでいると、赤き分家の姫が口を開いた。



「美人な方だけど旅人には見えなかったなあ」

「どうやら私には才能がない様だ・・・気がつかれてしまったのなら仕方ないか・・・」



 レミテリシアが自身の素性を明かそうとした時だ。



一発の銃声が響くと、アニャの腹部が撃ち抜かれたのだった。

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