第7ー5話 南北の英雄による死闘

 春というのは待ち遠しくも、儚くあっという間に終わってしまうものだ。



身も心も凍てつく厳しい冬を経て、人々の心を優しく溶かしてくれる春の温かい風は愛おしい。



 そして春と言えば桜だが、これもまたあっけないほどに散ってしまう。



だからこそ、人間は一年間に一度しか拝む事のできない春の桜が恋しくて見入ってしまうのだ。



 春風に舞い散る花びらは人々の心に残る。



 天上界の風は温もりを運び、太陽が優しく照らしている世界だ。



だが人間はこの麗しき天上界でも、争いを繰り返している。



 終わりのない争いを終焉しゅうえんに導くために鞍馬虎白が率いる神族まで戦いに身を投じた。



 温かい風が、白金の破片を桜の花びらの様に乗せて飛んでいく。



人々や神族の視線は皮肉なほどに美しく風に舞う、莉久将軍の砕かれた鎧の破片を見ている。



 武力において、無敵と思われた皇国武士の将軍という莉久を相手にサーベルを叩き込んだのは人間であり、ルーシー大公国の英雄と呼ばれる女だ。



 ユーリ・ザルゴヴィッチと名乗った女は莉久の鎧を砕くと、倒れる彼女を見る事もなく虎白に向かってきた。



「お前らは神とか名乗ってるらしいな」

「事実だ」

「では我らはお前らにとって都合の悪い悪魔か?」

「さあな。 莉久を斬った事は許せねえが、お前らの信念によるな」



 側近の莉久が斬られた怒りで、瞳孔が開いている虎白だが言動は至って冷静であった。



 皇国武士に運ばれていく姿を見た虎白は名刀時斬りと間斬りを持って、勇猛なユーリの体を斬り捨てようとしていた。



 しかしユーリからの我らは悪魔かという問いは虎白にとって興味深い問いであった。



「悪魔かどうかは知らねえ。 でもお前らは神族が相手でも譲れねえもんを背負ってるんだろ?」

「その通りだ。 我らには我らの正義がある」

「正義か。 俺にはその言葉の意味がわからんが、譲れないなら戦うしかねえな」




 敵対する者らに悪魔とさげすまれても譲れない彼女らの正義とは。



 だが、そこまでしても譲れない彼女らの信念を重く受け止めた虎白は、皇国の礼節を持ってユーリを斬り捨てようと決めたのだ。



 天王ゼウスから配られている衝撃信管オイルが、意味をなさないほど強力なユーリの攻撃力を見た虎白は手に力が入っていた。



 そしてユーリに続く様に流れ込んできたルーシー軍と凄まじい乱戦を展開している、スタシア、白陸連合軍の様子はこの世の終わりかの様な激しさだ。




「四の五の言う暇があれば、お前ら神族の信念を見せてみろ」

「戦争のねえ天上界を作るんだよ」

「それは、奇遇だな。 我らルーシーの旗の下に世界が入れば、平和になるからな」




 ここに来ても虎白とユーリの意見は似ている。



お互いが平和を思うがために戦っているというわけだ。



 ではもはや会話の余地はないのだなとお互いに悟ると、刀とサーベルが激しい剣戟を奏で始めた。



 神族にして武士国家の皇帝である、虎白を前にしてもまるで引けを取らないルーシーの英雄は狐の皇帝すらも圧倒するほどであった。



 サーベルの刃先が、虎白の白い顔にかすると雪の様に純白な血液を垂れ流した。



 彼女の強さを前に虎白は、習得して間もない第八感という神族の力を解き放った。



時間が止まり、ユーリの動きも停止した。



「ぐふっ・・・息苦しいぞ・・・時間が上手く止まらねえ」



 停止した時間の中で硬直するユーリの視線は、虎白を睨み殺すほど凄まじいものであった。



 第八感という驚異的な力は一見すると無敵にも見えるが、弱点もあった。



虎白は純白の血液を口から吐き出すと、停止した時間の中で片膝をついて表情を歪めた。



 そして直ぐ様、時間は再始動したではないか。



「おかしいな・・・第八感・・・」



 再び時間を停止させると、次は意識を保つ事すら困難なほどに吐血して時間は動き始めた。



 第八感を使用するたびに大幅に消費する神通力に苦しむ虎白を前に、ユーリは容赦ないサーベルを叩き込んだ。



 兜が砕けて額から目元にかけて斬り裂かれると、激痛と共に片膝をついた。



それを見下すルーシーの英雄はとどめの一撃を繰り出すために、振りかぶっていた。



 やがて振り下ろされたサーベルを、寸前の所で防いだ虎白は彼女のくびれた腹部に蹴りを入れると立ち上がって距離を取った。



 まさに天才というものか。



ユーリはこの状況において余裕すら感じさせているではないか。



 しかし虎白が戦場を見渡すと、スタシア兵と皇国武士らによって次々にルーシー軍が倒れている。



 初戦を迎えた白陸兵も善戦しているのだ。



そうなれば問題はこのユーリという傑物を退ける事ができるかにかかっていた。



 名刀を手にしている虎白は、再び時間を停止させた。



「ぐはっ・・・わ、わかった・・・ユーリが俺に意識を向けているからだ・・・俺とこの女との神通力に大差がないって事か」




 莉久を一撃で斬り捨て、虎白すらも圧倒しているユーリ・ザルゴヴィッチはルーシーの英雄と呼ばれている。



今日までに撃退した英傑の数は、計り知れないだろう。



 そんなユーリと虎白との間には大きな神通力の差はなかった。



もはやかの英雄は、おおよそ人間の領域を越え始めているというわけだ。



 時間が進み始めると、虎白は諦めた様子で強力なサーベルを受け流すと名刀を振り抜いた。



「そもそも不公平だよな」

「なんだって?」

「こんな覚悟を持っている相手に対してそれはねえか」



 何を言っているのだと眉間にしわを寄せるユーリを前に虎白は、独り言を話している。



 ユーリの強さに慌てた虎白は、時間を停止させて倒そうとしていた。



 神業を持ってして、鉄の覚悟を屈服させようとしていた自分に嫌悪感すら感じた虎白は、ユーリへ斬りかかった。



 これは互いの似て非なる信念のぶつかり合いというわけだ。

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