第6ー17話 赤き姫と忠義の将

 出会いとは人間に、予期せぬ出来事を生むものだ。



その者と出会った事で新しい自分に気がつく事だってあるはずだ。



 逆に出会った事で悪い方向へと転がる事もある。



それほどまでに出会いとは人生において、大きな分岐点となりうるのだ。



 虎白とアルデンがティーノム帝国の先鋒せんぽうを撃退している一方で、四聖剣として重荷を背負うメアリーの援護についた莉久は、市街戦を展開する準備を整えていた。




「敵は大軍。 我らは数で負けている」

「莉久殿は随分とお美しい側近ですこと」

「ふぁあ!? ぼ、僕は男だ!!」




 住民の避難を済ませてあるスタシアの片田舎は、かつてツンドラから手に入れた領土である。



のどかな風景の中に密集する町並みは背が低く、屋根に登れば周囲が見渡せる。



 密集している分、建物内に潜む事も容易かった。



莉久とメアリーは将兵を住居に潜伏させると、屋根の上で伏せながらティーノム帝国の接近を待った。



 間もなく激しい戦闘が始まるのだろうという僅かな時間だけが、莉久とメアリーを包んでいる。



そんな時間の間にメアリーは莉久が男の様に振る舞っているが、実は女ではないかと話した。



 明らかに動揺している莉久はメアリーの赤くて綺麗な唇を塞ぐ様に、白い手を被せた。



物凄い剣幕で睨みつける莉久の動揺は、明らかであった。



「何も口を抑えなくても・・・だってこんなに綺麗な男の子はそういないもの」

「助けに来てやったのに愚弄ぐろうするか」

「とんでもない。 絶世の美女だって私は言いたいの」




 そう話すメアリーは赤い瞳を莉久の胸元へとやった。



着物と鎧で押し付けてある胸は、微かに膨らんでいる様にも見えた。



 メアリーの目線に気がついた莉久は彼女の、細い顎を掴むと正面を向かせた。



乱暴な莉久の行動こそが、女であると認めている。



「何も恥じる事ないよ。 私だって女だけど四聖剣よ」

「た、他言するな」

「皆気がついていると思うよ?」

「ふぁ!? だ、黙れ!!」




 女である事をどうしても虎白に知られたくない莉久の動揺は凄まじく、声を裏返しながら奇声を上げている。



くすくすと笑うメアリーは莉久の顔を見つめると、何か納得したかの様にうなずき始めた。



 やがて笑顔が緩やかに消えていき、真剣な表情へと変わった四聖剣の一人は大きく息を吸い込んだ。



方や莉久は動揺が落ち着いたのか、迫りくる優雅な笛の音色を聞いていた。




「あのね莉久殿、ご存知かと思うけど白陸とスタシアで婚姻同盟を結ぶでしょ?」

「しー!! 静かにしろ、敵はこちらに気がついていない。 街に入るぞ」




 笛の音色をが近づくと、ティーノム帝国兵が街へと入った。



一件ずつ捜索して回る貴族の軍隊は、潜伏しているスタシア軍を警戒している。



屋根の上や、住居の中に隠れている王国軍は千載一遇の攻撃の時を待った。



 息を殺して攻撃の時を待っている莉久とメアリーは屋根の上で、顔を接近させている。



攻撃の時を待つ神族と四聖剣は、自身の腰帯に差している相棒と言える刀と剣にそっと手をやった。



 緊迫した空気感の中で莉久の白くてもふっとした耳に、赤い唇を近づけたメアリーは静かに口を開いた。



「婚姻同盟に出されるのは、私なんだ」

「ふぁあ!?!?」

「スタシア軍が屋根にいるぞ!!」

「し、しまった!! 打って出ろ!!!!」




 莉久の奇声に驚いたティーノム帝国兵の視線が、一斉に屋根に向いた刹那。



住居から飛び出してきたのはメアリーの女性騎士だ。



 屋根に気を取られていた敵兵らは無防備なまま、次々に討ち取られていった。



女性騎士に続いてスタシア王国の騎士らも乱戦へと飛び込んだ。



 狭い市街戦において大軍の力を発揮できない貴族の軍隊は、少数精鋭のスタシア軍を前に倒れていった。



方や屋根の上で莉久はメアリーの言葉を聞いて驚いていた。




「お、お前が送られるのか!?」

「驚きすぎだよ莉久殿」

「兄や家族の元を離れるのはさぞ、寂しかろうな」

「まあね・・・」




 喧騒と怒号が入り乱れ、火薬の匂いが充満している。



この一戦こそがスタシアの命運を分ける戦いだというのに莉久は、政治的な結婚を取り決められたメアリーが不憫ふびんでならなかった。



 莉久とて故郷の皇国を、長い年月離れている。



家族に会えない寂しさは彼改め、彼女には良くわかるというわけだ。



 しかし今はそうも言っていられないはず。



「莉久殿早く戦いに加わろう」

「ぼ、僕は・・・虎白様が好きだ・・・」

「ええ!? それをどうして今言うの!?」

「で、でも虎白様には恋華様がいて、竹子も愛し合っている・・・だからこそ僕は自分が男なのだと思わないと主に身を委ねたくなってしまうんだ!!」




 長い年月もの間、虎白にすら隠していた自身の性別。



恐らく虎白は気がついているのだろうが、莉久は隠し通しているつもりなのだ。



 理由は主の虎白に対して抱いてしまう恋愛感情であった。



未来を見据えている遠くを見る目も、自身を頼っている勇ましい瞳も。



肩を組んでくる力強いが、優しい温もりも全てが主と家臣という立場である限り抱くことは許されないと彼女は考えていた。



 そんな莉久の心の叫びを聞いたメアリーは驚いた表情をしていたが、落ち着きを取り戻すと優しく微笑んだ。




「忠義の将だね。 敬意を払うよ莉久殿」

「莉久でいいよ」

「主への気持ちは変えられないでしょう。 でも私からのお願いが一つ」




 四聖剣こと赤き姫メアリー・フォン・ヒステリカは赤い髪の毛をなびかせている。



赤い瞳が莉久のオレンジ色の瞳と合った時。



 姫は自身の思いの丈を話し始めた。



「もし選べるのなら・・・私はあなたと夫婦になりたい」

「ふぁああ!!??」




 スタシアの命運を懸けた一大決戦。



虎白とアルデンらは優勢だ。



そしてここ、四聖剣メアリーの戦域も大軍を狭い市街地に誘い込んだ事で優勢になりつつある。



 その上この場には皇国武士が五百もいるのだ。



精鋭無比の皇国武士を率いるのは、虎白からの信頼厚い側近の莉久という女だ。



 そんな彼女は驚きのあまり、屋根から転げ落ちて戦闘に加わるのだった。

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