第6ー3話 紡がれる記憶の断片

 薄暗い部屋の中に差し込める淡い光りが、神族を照らしている。



日本神族のおさは太陽の女神と言われているのは周知の事実。



天上界の正義を守るのは光りの神であるミカエルで、天王は雷の神だ。



 皆を照らす光りとは素晴らしいものだ。



迷える者達の道標みちしるべになる。



 記憶の戻った虎白は正室せいしつである恋華と、古くからの家臣である莉久と共に晩酌をしている。



そこに、過去を追求するために呼び出された天王ゼウスもまた酒を浴びるほど飲んで夜を明かした。



 淡い朝日の光りが部屋に差し込める中、虎白はうとうとしながらも天守閣の窓を開けた。




「ほら朝が来たぞみんな」

「ああ、恋華は可愛いのお・・・」

「天王起きてください」




 虎白が指でゼウスの体を突くと、ふにゃふにゃと口を動かしながら長身を立ち上がらせた。



眠そうに目を擦りながら立ち上がったゼウスの指の周りには、小さな雷がばちばちと白い髭を駆け巡る様に動いていた。



 大きなあくびをしながら、畳の上に座り込むと酒を再び飲み始めたではないか。



虎白が女の様な顔を近づけて酒を取り上げると、頭をふさふさと撫でている。




「わしはただお前を息子の様に思っていた・・・皇国へ戻さなかった事は許してくれ」

「せめてその気持ちをもっと早く伝えてほしかったです」




 ゼウスの親心から虎白を、長年側に置いていた。



だが霊界から天上界へ来た虎白は、過去の記憶が消えていたのだ。



事の経緯だけでも話さなくては納得がいかないというもの。



 腕を組んで黙っている虎白の頭を撫で続けているゼウスは、優しく微笑むと立ち上がった。




「とはいえ、血の繋がった息子がわしを探しに来る頃だ。 帰らねば」

「天王最後に一つだけ聞かせてください、俺が下界へ降りて人間に封印されていた時の記憶が戻りません。 どうして俺は人間に?」




 それは全ての始まりとも言える。



天上界にいた事は、大陸大戦を経て未熟な虎白を可愛がっているがために側に置いておいたのだとわかった。



 だが何があって人間の体に封印されていたのか。



それだけがどうしてもわからなかったのだ。



問いかける虎白の顔を見ているゼウスは、頭をぼりぼりとかきながら困惑した表情をみせている。




「わしが聞きたいぐらいだ。 突然いなくなったお前を心配していたのだ・・・だがそれもテッド戦役の後であった。 友を亡くしたお前は下界へと逃げたのだろう・・・そこをハデスやルシファーに封印されたのではないか?」




 冥府の王であるハデスと、魔族の王であるルシファーは何度も口にしている。



それはアルテミシアやウィッチにまで厳命している事であった。



鞍馬虎白は生け捕りにしろと。



 なんらかの方法と理由があって、人間に封印していた虎白が天上界に戻ってきてからは冥府の動きも活発になっていた。



邪悪なる王達は虎白を殺さずに捕まえようとしている事も不可解だ。



 ゼウスの話しを聞いた虎白も、冥府の不可解な動きに困惑している。




「連中はどうして俺を生け捕りにしようとするのか・・・アルテミシアは俺を生け捕りにすると話していた」

「連中はわしの大切にしている者を奪うのだ・・・デメテルという、わしの側室の娘まで誘拐したのだ」




 デメテルとはゼウスの愛人として知られるが、本人は側室だと主張して妻という形になっている。



そしてゼウスとデメテルとの間の子供がコレーと呼ばれる女神だ。



 彼女はなんと冥王ハデスによって誘拐され、妻にされてしまったのだ。



今ではコレーではなく、ペルセポネと名乗っている。



 この様にハデスは異常なまでにゼウスに対して、嫌悪感をあらわにしているのだ。



手口は強引で挑戦的とも言える。



 そんなゼウスが可愛がっている虎白もまた、ハデスにとっては手に入れたい存在というわけだ。



ハデスには子供がいない。



誘拐して妻にしたペルセポネとの間に子供ができるはずもないが、それ故にゼウスにとって息子的存在だが血の繋がりのない虎白は好都合だったのだろう。



 そしてテッド戦役で傷心した虎白が、下界に降りた際に封印してゼウスの元へ戻れなくしたと推測された。



しかし下界という人間が第一の人生を歩む過酷な世界には、霊界という別の世界もある。



 下界で死した者が、天上界、冥府に行かずに彷徨う世界だ。



人間に封印された虎白は結果として、そこで竹子達に出会う事になった。



 その際に彼らが目の当たりにしたのは、魔族による過激な動きだ。



虎白を封印した彼らは何が理由で、暴れていたのか。




「魔族は下界で何をしていたのか・・・」

「それはお前の部下である皇国武士を殲滅しようとしていたのだ。 到達点の守り手は下界の守り手でもあるからな」




 それは下界にいる頃に出会った、厳三郎や土屋達も話していた。



狐の軍勢が、かつては守っていたと。



しかし虎白が人間の体から出た際には、皇国軍の姿はなかった。



 つまり魔族の動きが活発だったというわけだ。



虎白は隣にいる恋華に皇国下界軍について尋ねた。




「天王の話すとおりよ。 連中は人間には関心がなく、我ら武士を狙っていたの」

「だから危険だから撤退させたのか?」

「そう貴方が天王の元に行って以来、皇国第九軍はずっと私が指揮していたからね」




 下界で厳三郎達が困惑していた理由は、これだったというわけだ。



魔族による異常なまでの皇国武士への攻撃を危険視した、恋華の決定だった。



まさか人間の中に夫の虎白がいるとは知らずに、魔族を警戒したがための結果だ。



 次第に繋がれてきた疑問と真実は、冥府軍という邪悪な存在によって引き起こされた事となった。



立ち去ろうとしたゼウスに虎白は、再び最後の質問をした。




「冥府の統治を行うって言ったのはハデス本人ですか?」

「それはわしが兄上を嫌っているから追いやったと言いたいのか?」

「ええ、まあ」

「そんな事はない。 これはシュメール神族の罠とも言えたのだ」




 ゼウスは帰る事を止めて酒を飲み直し始めると、大陸大戦での出来事を話し始めたのだった。






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