第5ー6話 山と海が交わる時

 レミテリシアの加入、エヴァとジェイクの加入。白陸は、確実に新戦力を加え、強大になっている。

 しかし、先のメテオ海戦での傷跡は、簡単に癒えるものではなかった。残された遺族にとって、悲しみは永遠に残る。大事なのは、どうやって乗り越えるのかだ。

 そしてここに、一人の悲しみを抱える女が、父の墓石の前でしゃがんでいる。


「御父......元気でなあ。 あたしは、海軍になったんやで」


 メテオ海戦の最終局面、共に戦い、白陸に加入した海賊娘である琴だ。ボロ切れのような着物を着ていた彼女も、今では白陸の海軍だ。

 白と水色の着物を着ている彼女は、父に手を合わせると、ずらりと並ぶ仲間の海賊達の墓石にも手を合わせていった。

 そんな琴の背後で、何やら気配を感じた。振り返ると、落ち着いた眼差しで、見つめる夜叉子の姿があった。


「なんや?」

「いや、別に......」

「ここはうちの仲間の墓やで。 あんたの仲間は、ここじゃないやろ」

「百三十八人」

「はあ!?」

「メテオ海戦で戦死した白陸兵の数だよ。 あんたの仲間も含めてね」


 あの大激戦の中、白陸軍だけでこれだけの戦死者が出た。天上軍全体にすれば、数千人が戦死したのだ。

 夜叉子は、そんな白陸兵の墓石の一柱一柱に花を供えている。


「うちの狐さんが進む道のために、これからもっと墓石が増える......これが正解だと思う?」

「せやなあ......でも進んでも、止まっていても、墓石は増えるやろ......冥府は容赦なしやからな」


 手を合わせてから立ち上がった。夜叉子は、なおも落ち着いた眼差しで、琴を見ている。

 不思議そうに首をかしげていると、白い花束を手渡してきた。


「これ、あげるよ。 あんたのお父さんに供えてあげて」

「ええんか?」

「うん。 そのために買ってきたから。 あのさ......そのお......泣いていいから。 私は大切な人がいなくなる気持ち良くわかるから」


 口下手な夜叉子の精一杯の慰めである。気まずそうに、目を泳がせては、黒髪を触っている。

 しかし、彼女の言葉は本心で、家族を失う辛さを誰よりも知っていた。すると、琴が近づいてくると、上目遣いで見つめている。

 

「ありがとな......んじゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ......」


 琴は夜叉子に抱きついた。まさか抱きつかれると思っていなかったのか、目を見開いて、両手を上に上げている。

 しかしその動揺も、直ぐに消えた。琴の悲鳴のような泣き声を聞けば、動揺は消え、深い同情へと変わった。

 優しく琴の背中をさすっている。


「私さ、昔に家族が殺されて、夫も殺された......長年、生きる理由なんて復讐だけだった......でも、今は違う。 今は、もう一度、この世界が素晴らしいんだって思えるように努力している」


 そう、思えるようになったのは、虎白のおかげだ。そして無条件で、仲間に迎えてくれた竹子や笹子のおかげ。

 まだまだ信じて歩むことは、怖く、不安ではあるが、歩むことに決めた。そして受けた恩を、別の誰かに返すべきと考え、似た境遇に苦しむ琴の支えになろうと考えたのだ。


「一人で歩むのって大変だよね......でも、私は一人じゃない。 だからその......あんたも一人で苦しまないで」


 夜叉子は思っていた。メテオ海戦の決着は、僅か数分の出来事で、帰還するのも命懸けだった。

 命からがら白陸に戻っても、気絶したように眠ってしまい、目が覚めれば、虎白と竹子の喧嘩や、祭り、レミテリシアの加入など激動だった。

 そんな中でも、琴は悲しみを出さず、白陸に溶け込めるように努力していた。それが、見ていてあまりに切なく、放っておけなかったのだ。


「あんたは偉いよ。 白陸にようこそ......あんたはもう一人じゃないから。 苦しいなら一緒に乗り越えよ」

「ありがとな......あたし無理してた。 早く仲間に馴染もうと必死やったんや......救われたわ。 夜叉子のおかげやで」


 夜叉子は優しく琴の頭をなでた。嬉しそうに微笑む琴の顔は、泣いて目元と頬が赤くなっているが、純粋で、海のように爽やかで美しいものだった。


「これから一緒にいてもええか?」

「もちろんだよ。 よろしくね」

「お近づきの印に、あたしが作るたこ焼き食わせたるわ! むっちゃ美味いでえ!」

「この間の祭りで、食べられなかったから嬉しいよ。 たこ焼きの屋台の前で、虎白が喧嘩していてね......」


 嬉しそうに夜叉子の手を引っ張って歩いていく。悶絶してしまうほどの苦しみを味わった夜叉子は、こうして琴の支えとなった。同じ痛みを背負う者として。

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