第3ー7話 人の上に立つという責任

 メルキータは「アルデン」と確かにそう言ったのだ。



虎白達は先々代のヒーデン公とは面識こそあったが孫のアルデンとは会った事すらない。



困惑する二人は更にメルキータから詳細を聞いた。



 灰色の髪の毛を風になびかせる半獣族の美女は変わらず浮かない表情をしているが、緊張が解けたのか口数が次第に増えていった。




「当初はスタシアに亡命して共に戦おうかと考えていたんです。 でもアルデン王は我々にその力はないと・・・有力者の味方を連れてくればあるいはと話していました」




 その有力者こそが虎白と嬴政というわけだ。



つまる所アルデンの使いとして訪れたに等しいメルキータとニキータは予定通りに傑物を二人も引っ張り出してきたという事になる。



まだ建国すら終わっていない虎白からすれば迷惑極まりない今回の大事件は天上界の全ての諸侯が様子を伺っている。



 天王ゼウスによる模擬戦闘の許可をもらった秦軍が遥か遠く離れた北側領土に遠征に出ているのだ。



周辺国の諸侯からすればこの大戦の顛末がどう転ぶかは日頃からはべらせている女の体よりも興味があるというもの。



 状況によっては勢力の均衡が崩れる事だってありえるのだ。



特に戦地になる北側領土の諸侯からすれば毎日の晩餐会よりも楽しみな戦いが始まろうとしている。



 まんまとアルデン王とメルキータに引っ張り出された傑物達は顔を見合わせてため息をついた。




「なるほどなあ・・・じゃあアルデンに味方してツンドラを倒せって事か」

「先に言っておくぞメルキータ」




 そう言葉を発したのは始皇帝だ。



伝説の皇帝は強張った表情で馬上から皇女を見下ろしている。



「まだ味方すると決めたわけではない」と話した嬴政の言葉に驚きが隠せないメルキータは妹のニキータと顔を見合わせると、腰に差している剣に手を当てた。




「お前は兄の圧政が今回の騒動の原因と話しているな? 何がどう圧政なのかは俺が自身の目で確かめる。 お前の片寄った意見を聞いても参考にならんからな」




 その昔嬴政とて暴君と揶揄やゆされたのだ。



民を守りたい一心で国の防御を固める工事を敢行させたのだが、多くの作業員が疲労と事故で命を落とした。



財政も切迫して民を苦しめた結果となってしまった。



かの有名な万里の長城だ。



 嬴政はメルキータの話す暴政や圧政などという言葉を聞いても素直にツンドラを攻撃する気にはなれなかった。



変わらず強張った表情のまま、剣に手を当てる犬の姉妹を見下ろしている。



秦軍の兵士は皇帝に剣を構えようとした無礼者を串刺しにせんと一斉に槍を構えた。



 背後では虎白の合図を待つ戦神と戦士長が今にも斬り捨てそうな殺気を放っている。



緊迫した空気の中で最初に言葉を発したのは虎白だ。




「まあ落ち着け。 とりあえず見てから決めるって話しだ。 一方的に宣戦布告して来やがったんだからこっちも戦う準備はするさ。 でもやらないで終わるならそれが一番だ」




 つまる所、まずはツンドラの出方を見るという事だ。



ゼウスが治める王都オリュンポスを抜けて北側領土へ入った一行は広大な平原を歩いている。



 すると砂埃と共に馬蹄の音が近づいてくる事に気がついた嬴政はすぐさま秦軍を展開して戦闘態勢となった。



槍兵が一斉に横一列になると迫る馬蹄の正体を撃退せんと緊張感を高めている。



秦軍騎馬隊は側面から攻撃するために動き始めた。



高まる緊張状態の中で馬蹄の正体が姿を現した。




「白い旗に剣が交差する旗印か。 スタシアだな」

「テッド戦役から旗印は変わっていないな」




 接近してきたのはスタシア王国軍の騎馬隊である。



秦軍の警戒態勢は解除されていないが、虎白と嬴政は武器を抜く事なく先頭に立っている。



するとスタシア軍の先頭からも一人の若者が出てきた。



これもまた虎白に負けぬほど美しい顔立ちで女にも見える細い体をしているではないか。



 赤い髪の毛を風になびかせて颯爽と歩いてくる様子はかつてテッド戦役で見たヒーデン公の振る舞いに良く似ている。



やがて二人の前に立つと外見以上に力強い視線を向けた。




「鞍馬様に嬴政様。 身勝手な振る舞いをどうかお許しください。 先代、先々代からの教えなのです。 困った時は鞍馬と始皇帝を頼れという」




 一国の国王が配下の前で別の国の皇帝に頭を下げているのだ。



するとスタシア王国軍も一糸乱れぬ動きでその場に片膝をついた。



静かにうなずいた嬴政は「祖父に良く似ているな」と肩を何度か叩くと虎白と顔を見合わせている。



 すると虎白はアルデン王に顔を近づけると鋭い視線を向けていた。



だが赤き王は臆する様子はなく、落ち着いた眼差しで虎白を見ている。




「ツンドラはどうなってんだ?」

「その事で急いで馳せ参じた次第で・・・メルキータ皇女。 残念な話しがある・・・」




 爽やか美男子は一気に表情を曇らせた。



不思議そうに見ている虎白と嬴政の前で赤き王はメルキータ皇女に驚くべき事を言い放った。



「あなたの治めていた都市がノバ皇帝によって焼き払われた」と話したのだ。



 この言葉だけでメルキータが兄と結託している事はないと証明されたのだが、アルデンは更に続けた。




「メルキータ皇女の町は焼け野原となり、民は町ごと・・・」




 ふと虎白が嬴政を見ると、顔面を赤くして小刻みに震えていた。



皇帝とは時に民を思って動いても苦しめてしまう。



どれだけ弁明しても民は許してくれない事だってある。



だからこそ皇帝は民を苦しめずに強国を作らねばならない。



民がいなくては国は崩壊してしまう。



その民を皇帝自らの手で焼き殺すとは。



 伝説の始皇帝の心は決まった。

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