第3ー6話 謎多き犬の皇女様

 まるで恋人の様に体を密着させて眠っている嬴政と虎白は朝日の光りを浴びて目を覚ました。



むにゃむにゃと言いながら頬を舌で舐めている様子はその美顔が故に女と錯覚してしまうほどだ。



 舐められている頬を赤くした始皇帝は肘で胸元を何度か突くと「ああ?」と男らしい返事と共に目を覚ましたのだ。



色素の薄い髪の毛をがしがしと長い爪でかきながら起き上がると朝日を浴びながら大きく伸びをしている。




「ああ、よく寝たなあ」

「軍が準備できたそうだぞ」

「じゃあツンドラとやり合いに行くか」




 そう話して着物を羽織ると城から出ていった。



馬にまたがる二人は帝都咸陽の城門まで進むと城外で凛とした表情をして始皇帝を出迎える大軍勢が一斉に拝手をした。



 五十万人という膨大な兵力で一斉に行われた拝手は地響きすら聞こえさせ、右手の拳を左手で覆う瞬間には微風すら起きた様にも思えるほどだった。



帝都咸陽からは周辺の秦国の支城が見て取れるが、五十万人もの大軍は支城にまで届きそうなほど地平線を「秦」の旗で埋め尽くしている。



 その巨軍を平然と率いる嬴政は傍らの将軍に向かって手を一度振っただけで五十万人が一斉に進撃を始めた。




「すげえなあ・・・」

「それでどうする? ツンドラに攻め込むか?」

「いや、まずは俺の土地へ向かってくれ。 何人か連れて行こうと思うんだ」




 虎白からの言葉にうなずいた始皇帝は大軍の先頭で馬首を目的地へと向けた。



広大な平原を大軍で進む光景はまさに痛快というものだ。



純白な肌を風に当てながら平原を埋め尽くす秦軍を見ている虎白は眼前に広がる全ての旗が自身の味方なのだと考えると血液が沸騰するほど高揚していた。



 やがて建設中の土地へ辿り着くと、秦軍の大軍勢を見た竹子達も目玉が飛び出すほど驚愕しながら出迎えた。




「す、すごいねえ・・・」

「竹子留守番を頼んでいいか?」

「私は連れて行ってくれないの?」




 馬上で話す虎白を上目遣いで見ている様はあまりに可愛らしく今直ぐ飛び降りて抱きしめたくなるほど愛おしかった。



可愛らしい表情で見ている竹子に「ごめんな」と一言話すと頭を優しくなでている。



 すると馬から降りて作業中の仲間達を集めると遠征の話しを始めた。




「俺の仲間に加わって日が浅い者を連れて行こうと思う。 魔呂、鵜乱、春花は俺と来てくれ」




 虎白がそう話すと戦神と戦士長は直ぐにうなずいたが、フェネックの半獣族の春花だけは頬を膨らませて首を左右に振っている。



滑舌の悪い口調で自身を「あたち」と呼ぶ春花は「しぇんとうきー」と何度も同じ言葉を話した。



 傍らに立っている鵜乱を見ると、こくこくとうなずいてまるで通訳の様に「戦闘機だそうよ」と答えた。




「戦闘機がなんだって!?」

「あたちはパイロットなのー!!」




 その言葉に一同は秦軍到着時と同じ勢いで驚いた。



小さな体を飛び跳ねさせている彼女がパイロットとはあまりに想定外というわけだ。



驚きを隠せない虎白は頭をかきながら親友である嬴政の顔を見た。



 すると古代の始皇帝には難しい近代戦闘の話しには興味もなさそうに腕を組んで立っているではないか。



近づいていくと「戦闘機なんてねえよな?」と答えの知れた質問をした。




「龍の様に空を飛ぶ鋼鉄か? そんな物を我が国の誰が使うのだ?」




 嬴政が話した様に天上界では戦闘機の目撃情報すらなかったのだ。



春花がパイロットだとしても彼女を乗せる戦闘機がない。



困惑する虎白は春花の頭をなでると着物に頬をすりすりとさせているフェネックにも留守番を任せた。



 そしていよいよ虎白は親友である嬴政の大軍を借りてツンドラへ進撃を始めたのだ。



一方的に宣戦布告をしたツンドラはまさか先に攻め込んでくるとは思っていないはずだ。



 もしこの情報をツンドラが掴んでいればメルキータとニキータが情報を流したという事になる。



進撃を始める大軍の先頭を歩く虎白はまるで見送りでもするかの様に立っている当事者二匹を噛み殺すほどの眼力で睨むと手招きした。




「こうなったらやるしかねえけど、道中でツンドラの内情を話せ。 お前らが亡命してきた理由や俺を選んだ理由もだ」




 そう無愛想に話す虎白に怯えた様子のメルキータはもごもごと言葉を詰まらせている。



ふと顔を上げると、虎白の鋭い視線と共に隣で横目で見ている始皇帝の眼力も凄まじかった。



 背後には冥府から加入した戦神の少女が追従しているが、彼女が誰か知らないメルキータは外見以上に強烈な殺気を感じて背筋を凍らせている。



「早く答えろよ」と変わらず無愛想に語りかけられると緊張した様子でやっと口を開いた。




「そ、それは兄上の暴政に民が苦しんでいる事です・・・鞍馬様を選んだのはとある人間から聞いたから・・・」




 やっとの思いで答えたメルキータは力のない表情で虎白を見ている。



どうかその眼力を和らげてくださいと目で訴える犬の皇女は唇を震わせていた。



 凄まじい眼力が自身から遂に逸れたと安堵していると、神族の狐と始皇帝は互いの顔を見合わせて首をかしげている。




「ある人って誰だよ?」

「スタシアのアルデン王です・・・」




 それはかつてテッド戦役で虎白達が共に行動していたスタシア軍の国王にして赤き王と呼ばれたヒーデン王の孫ではないか。



驚いた親友二人はメルキータにうなずくと沈黙が包んだ。



両者は心の中で状況を整理しているのだった。

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