第2ー3話 惨劇の記憶と親友
神殿の周囲は、広大な平原になっている。山の上にあった立派な神殿からは、天上界の町並みが見えていたが、虎白の向かう先は町ではない。
「随分と遠いな」
アテナから借りた馬にまたがり、地図を手にしている虎白は、かつての旧友が治める国へと向かった。
天上界という広い世界には、人間の治める国がいくつも存在していた。その全てを最高神である、アテナの父ゼウスが管理下に置いているが、大勢存在している人間達は、各自の国家を形成している。
そして数多くある国家の一つが、虎白の旧友が治める国というわけだ。
広大な平原を数時間も進むと、アテナ神殿から見えていた景色とは異なる町並みが見えてきた。
巨大な城壁がそびえ立ち、巨大な門が見える。虎白が近づいてくると、門を守る守衛達が、槍を手にしたまま、話しかけてきた。
「何者だ?」
「鞍馬虎白という。 この国の皇帝に会いたいのだが」
「見知らぬ者を陛下に会わせるわけないだろうが! さっさと消えろ」
「ここで待つから、皇帝に話しだけでも通してくれ」
「もし、これが偽りの情報だったら、生きては帰れないぞ?」
もの凄い剣幕で話す守衛は、半信半疑のまま、皇帝へと話しを持っていった。それから待つこと数十分がすると、巨大な門が轟音を立てながら開いた。
開いた門の先に立っているのは、きらびやかな着物に身を包み、立派な髭を生やした男だ。周囲には、護衛が大勢武器を持っている。男は近づいてくると、虎白の前に立った。
「おーこれは久しいな我が友よ。 さあ宮殿へ来い」
男は笑顔で出迎えると、虎白と肩を組んだまま、宮殿へと入っていった。宮殿内へ入ると、護衛の兵士達を離れさせ、二人きりになった。
虎白は男を見て以来、頭痛が起きていた。そして大広間で二人きりになると、男は背中を向けている。
「お、おいお前......
突如振り返ると、凄まじい勢いで殴り飛ばした。吹き飛んだ虎白は、口を押さえていると、男は近づいてきてさらにもう一度、強烈な拳を叩き込んだ。
「お前は、今まで一体何をしていたんだ! 虎白! どれだけ心配をかければ気が済む!? 俺は、お前のたった一人の親友じゃなかったのか!?」
「え、
男の名は、
怒り狂う嬴政は、虎白の胸ぐらを掴んだまま、睨みつけている。
「悪かった嬴政......」
「それで? 封印から解けた感想はどうだ?」
「最悪だ......多くを失った......」
「当然だろう。 俺からの信頼も失ったぞ虎白!」
「なあ教えてくれよ嬴政......俺達は、昔に何があったのか」
乱れきった髪の毛を整えて、着物を正した嬴政は、玉座に腰掛けると大きく息を吐いた。
「まずは飯でも食うぞ」
「ああ、わかった......」
「もう今から何年も前だ。 俺達の親友が死んだのは......あれは『テッド戦役』と呼ばれる大戦争だった......」
「テッド戦役......」
その言葉を聞いた途端、再び頭痛が襲った。そして必ず、頭痛と共に記憶の断片が蘇る。
周囲は
彼らは鬼兵達と戦っている。虎白を含む皆が、強く、天上界の者達は彼らを頼りにしていた。鬼兵らを次々に倒していく皆は、勢いに乗り、さらに敵陣へと進んだ。
しかしそこに現れたのは、鬼兵の総大将である、
「おい虎白! ここは逃げよう......」
「馬鹿言うな! こいつを倒せば、俺達の勝ちなんだぞ!」
「相手が悪すぎる!」
「いいや、虎白の言う通りだ! やっちまおうぜ!」
親友の一人が虎白を
次々に倒れていく親友達は、気がつけば虎白と嬴政だけになっていた。そして命からがら逃げ切れた二人は、親友の死を嘆き悲しんだのだ。
もしあの時、親友の諌めを聞き入れていれば。その後悔の念と自分の犯した責任を感じて、自ら人間の体へと封印されたのだった。
豪勢な食事が並べられ、机を挟んで話しをする二人。頭痛と共に蘇り、さらに嬴政から聞かされたテッド戦役という大戦争での惨劇を全て思い出した虎白は、絶品の中華料理を今にも吐き出しそうにしている。
「もしあの日。 俺の諌めを聞いていれば、あいつらは死ななかった......」
その時、虎白の中にあった何かが切れた。その場に倒れ込んだ虎白は、まるで子供のように泣き始めたのだ。
見かねた嬴政が近づいてくると、背中をさすっている。
「ど、どうして俺はいつもこうなんだ......なあ嬴政! 俺は守ろうとしたんだ......鬼に殺されていく天上界の民を! 霊界でだって、みんなを守ろうとしたんだよ!」
嬴政はあの日、酒呑童子なんて格上の敵と戦うことを止めた。だが、次々に殺されていく天上界の罪なき民が、虎白にすがるように助けを求めていたのも見ていた。
そして誰よりも危険な場所へ一番最初に飛び込んでいったのも、虎白だった。嬴政は、大きく息を吸い込み、小さく吐くと、虎白を抱きしめた。
「お前にばかり責任を押し付けているな......お前はいつだって自分より誰かのために動いていた......人間に封印され、ここへ戻ってくるまでも、お前はきっと皆のために戦ったんだろう」
子供のように泣いている虎白を、力強く抱きしめる嬴政は、自らが同じ苦しみを味わったのに、霊界へと降りてしまった虎白が許せなかった。ただ、苦しみを共有したかっただけだ。
その感情が先行して、親友に一番言いたかったことを言い忘れていた。嬴政は、涙を流し、声を震わせながら言った。
「よ、よく無事でいてくれたな......虎白......」
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