天冥聖戦〜戦争のない天上界へ

くらまゆうき

天冥聖戦 シーズン1序章 消えた神族と悲劇の青年

第1話 始まりのサヨナラ

「戦争のねえ天上界を創るんだ......」


 今にも消えそうな声で、彼は言葉を発した。体からは、純白の血液を流しながら、決して倒れまいと下半身に最後の力を入れている。

 外見は人間のようだが、白髪で、乱れて尚美しい。頭部から白い狐耳を生やしたこの男を冷たい視線で見つめるは、大勢の邪悪な存在。

 彼らは漆黒の鎧兜に身を包み、男の最期を見届けているかのようだ。


「出会ってくれて本当にありがとう......」


 目に涙を浮かべて、声を震わせているのは、黒髪の良く似合う女だ。静寂に包まれた一室で、机に向かっている彼女は、置かれている写真に目をやった。

 楽しそうに、互いの頬をつけている女と白髪の男。それを見つめていた女は、大きく息を吸い込むと、机に広げられている原稿用紙に目をやり、筆を取った。


 そして


「天冥聖戦」


と書き出すと、彼女が経験した全てを文章にしたのだった。



 これは、人間の女と人間ではない男が経験した物語サーガ

 一人の青年に起きた、身の毛もよだつ体験から幕を開ける。


「お、俺の......息子が......」


 青ざめた顔で、小さく声を発した青年の前には、まだ産まれて間もない子供の遺影があった。喪服を着ている青年の名は、祐輝ゆうき。恵まれた大きな体を震えさせて、滝のように涙を溢す祐輝は、その場に崩れ落ちた。



 遡ること二日前。

 仕事を終えた祐輝が、家に帰ると、複数の警察車両が停まっていることに不信感を覚えた。恐る恐る近づいて、傍らの警察官に家の住人であることを伝えると、強張った表情をしたまま、口を開いた。


「ご主人さん。 急いで病院へ行ってください......お子さんが深刻な状況にあります」


 そう伝えると、警察官は足早に去っていった。

 簡素な住宅街に取り残された祐輝は、耳に入ってきた衝撃の言葉に立ち尽くしている。やがて、我に返ったように動き始めると、無我夢中で病院へと向かった。

 病院へ入ると、待合室でうつむいて小さくなっている妻の姿があった。彼女の姿を視界に捉えると、慌てて駆け寄って状況を尋ねた。


「な、何があったんだよ!」

「ごめん私のせいなの......」

「どういうことだよ!?」

「私のせい......」


 妻は同じことを延々に繰り返し、何も語ろうとしなかった。

 すると、医師が病室から出て来て、祐輝に手招きしている。足早に医師の元へ向かうと、病室の中で、青白くなって動かない我が子の姿があった。

 その時、祐輝は血の気が引いていく寒気を感じて、唇を震わせた。医師は落ち着いた表情で、赤ん坊の死を伝えた。


「う、嘘だ......もっとよく診てくれよ!お願いだからなんとかしてくれ!」

「残念ながら。 御臨終です」

「し、死因は......?」

「現在不明です」


 その時、祐輝は溢れんばかりの悲しみと怒りが込み上げてきた。気がつけば、医師の胸ぐらを掴んで、前後に激しく振っていた。現代医療において、死因不明なんてことがあるものか。このヤブ医者は、手を抜いているだけなのだ。

 冷静さを失った祐輝は、大声でそんなことを医師に吐き捨てている。しかし何を言われようとも、医師の役目は終わっており、赤ん坊の死を正式にまとめた書類を手渡した。



 家に帰る道でも、我が子の最期に居合わせた妻に問いかけ続けたが、返答は変わらなかった。やがて家に帰ると、遺品整理を始めて、葬儀の準備を行った。

 溢れる悲しみを堪えながら、片付けをしている祐輝の隣で、タバコを吸い始めた妻は、おもむろに携帯を取り出した。


「お前、片付け手伝えよ!」

「ごめん忙しいから。 適当にやっておいて」


 妻は、祐輝を部屋から押しのけると、扉を閉めた。何も語らず、片付けも手伝わない妻へ怒りが爆発しそうになっている。

 今にも扉へ拳を振り抜きそうになっていると、足元に生暖かい感覚を感じた。その感覚は、まだ歩くことができない我が子が懸命に床を這って足にしがみつく時と同じ感触であったのだ。

 生まれつき霊感の強かった祐輝は、我が子の霊が近くにいるのではないかと、考えると堪えていた涙が溢れ出した。

 完全に冷え切っていた夫婦関係で、離婚をしなかったのも、我が子に片親という孤独を味合わせないためであったが、もはや意味のないことになった。足元に感じる我が子の温もりを抱きしめるようにしていると、突如温もりが離れていく。


「お、おい......行かないでくれ......」


 すると、閉まっている扉が音を立て始めた。音は、部屋の中からではなく、まるで我が子が外から小さい手で叩いているような音だ。

 きっと母親にも別れが言いたいのだろう。

 祐輝はそう考えると、あんな妻であっても、我が子にとっては母親だったのだと、扉を静かに開けた。

 しかしそこに広がっていた光景は、とても我が子に見せることのできるものではなかった。上半身を淫らに露出させ、鏡に向かって携帯で写真を撮っているではないか。


「お前何やってんだよ! いい加減にしろ!」

「だから私のせいなんだって......離婚しようね」


 まさに怒りを爆発させようとした時だ。

 妻の白い背中から、黒煙のように湧き出る何かを目の当たりにした。その異形のものは、やがて形となり妻の背後で不気味に佇んでいる。

 思わず息を飲んだ祐輝は、その場から逃げようとしたが、我が子の温もりを探し始めた。こんな場所に置いていけない。せめて天国まで見送ってやりたい。

 そう心の中で叫びながら、地面を手で探っていると、温もりを感じた。しかし温もりは、祐輝の腕を登っていくように迫っている。歩くことのできない我が子には、とてもできる動きではない。

 しばらくして温もりは、消えてしまった。


「あ、ああ......どこ行った!? なあおい! パパにくっつけ!」

「サヨナラ祐輝......」


 妻はケタケタと、笑い始めた。もはや彼女は、違う何者かにでもなったかのような豹変っぷりだ。その悍ましさに、耐えられなかった祐輝は、逃げるように家を飛び出した。

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