始まりの草原

 ……みなさん、こんにちは。リバティです。


 ……僕は今、中身が白亜の背の高い男と、その男が抱いている白亜の身体と一緒にいます。


 背の高い男の名前は蛾灯(ガトウ)というらしい。


 僕たちが命を狙っているデルレイのまわりにいる取り巻きのひとりだ。


 僕たちはいま、次の根城を探すためにこの広大なフィールドを彷徨(さまよ)っている。



「……ねえ白亜」

「なあに? リバティ」

「その身体、いつまでそのままでいるつもりだい?」


 僕は目の前で濡れた洋服をしぼって木の枝に吊るしている男の背中をみていた。

 ……違和感。

 口調は女の子の白亜のそれなのに、目の前にいるのは数時間前に僕が殺し合いをした男なのだ。


「……先生の意識が目覚めたら、わたしたちはどうなるかわからないもの」

「それもそうだね」


 白亜は蛾灯のことを”先生”と呼ぶ。

 この世界に来る前に、二人は知り合っていたらしい。

 どんな関係だったかなんて興味ないけど、それによってずっとこの姿が続く状態なら、ちょっと考えものかな。


「……ウォルスリーとシェパーズは、どこに行ったのかな」

「シェパーズはわからないけど、ウォルスリーがついてるなら大丈夫じゃないかな。ソツがないし」

「そうだといいけど……」


 白亜が心配するのも無理はない。

 僕らが確認した城の跳ね橋には、敵兵の遺物や血痕といった戦闘の痕跡が残されていた。

 あの二人がそこで戦っていたのだろう。

 

 特に、ウォルスリー。

 普段使っている真鍮の懐中時計が、橋の上にぽつんと残されていた。

 あの爺さんは落とし物をして気づかないほどモウロクなんてしていない。彼の身に何かが起きたのは間違いないと思った。

 そしてそれはきっと、悪い方向に。


「それにしても、やれらやられたよね。僕たち。城を失って、君はホルマリーナを壊された。敵の戦力を奪ったのはいいけど、君の身体を安置する場所がなくちゃ、身動きもとりにくい」

「早いとこ、次の根城を決めましょ」

「ところで、これ……」


 僕は地面に並べて置いていたあの少年の聖臓(オルガン)の容れ物に触れ、その中身に目をこらす。

 見事にホルマリン漬けされた心臓と膵臓。

 蛾灯が狙っていたもののうちの、僕が奪ったふたつ。


「移植する? もしかしたら戦力になるかも」

「うーん……拒絶反応が起きるとこわいよね」

「ものは試しじゃない? このまま持ち歩くのも邪魔だし、とりあえず僕が片方を試すよ」


 大丈夫? 白亜がそう呟くのを無視して、僕は膵臓の蓋をあける。

 僕の聖臓は肝臓に宿っているから、もしこの膵臓が適合すると、僕の能力を二つにできる筈だ。


 透明なホルマリン液の中から、膵臓をつまむ。

 むにゅ。

 やわらかい感触を指で確かめながら、僕はそれを一口でのみこんだ。


 ごくり……。


「リバティ……」


 一分、もう一分と時間が過ぎてゆく。

 いまのところ、身体に変化はあまりない。

 飲み込んまれた膵臓が、僕の身体の中で先代の膵臓と入れ替わってゆく時間。


「……拒絶はないね」

「よかったぁ」


 白亜がふぅ、と胸を撫で下ろす。

 ラッキーだ。

 身体の中に新しい生命が宿ったかのように、ドクドクと鼓動を始める膵臓。

 どうやら移植は成功した。


 そのときふと、空が陰った。

 雲が太陽を覆ったのかと思うような短い間だった。

 何かが上を通り過ぎた。

 白亜が空を見上げる。その瞬間、彼女……いや、”彼”の表情は一変した。


「ミィツケタァ」


 ディストーションをきかせたようなノイジーな声がきこえた。

 僕も、白亜の視線の先へと振り向く。

 上空から、まるで絵に描いた悪魔みたいな”何か”が僕らを見下ろしていた。


「ユルサナイ……」

「……あれは」


 白亜が何か呟く。

 あの異形に見覚えでもあるのかな? 僕は懐から最後の一本となったスプーンを取り出して臨戦態勢をとった。


「……コーマ?」


 びくり、と上空の魔物が反応する。

 何だって?

 僕は白亜の顔をみた。


「……コーマなんでしょ?」

「ウルサイ……」

「……やっぱり」


 どういうこと? 僕は白亜に尋ねる。


「あの子、聖臓(オルガン)に毒されちゃったみたいだね」

「うわーマジで? めちゃくちゃキモいじゃん」

「残ってた眼球と適合しちゃったのかな。でも変だね。彼の眼球はもとから、彼の本来の眼球だったはず……」


 そこまで言って、白亜は口をつぐんだ。

 彼女は気づいてしまったのだろう。

 聖臓(オルガン)を使えないはずの所有者(ドナー)が、臓器を使って能力を駆使できるということが、何を意味するのかを。


(現実世界の身体が死んだ)


 少年はもう、所有者ではなくなった。

 この世界の住人(レシピエント)になったのだ。


 それに気づいた白亜は、黙って蛾灯の使っていた”武器”を構えた。


「……そう。君はもう、わたしたちと一緒なんだね」

「ナイゾウ……ナイゾウ、カエセ……」

「ごめんね、コーマ君……」


 白亜が鎌を回転させ、上空に羽ばたく”元コーマ”に刃を向ける。

 悪魔のようになった黒いコーマの身体。

 その腹部には、まだぱっくりと赤黒い口がひらいていた。


「君が”主人公”のお話は、もう終わり」

「……ナンダッテ?」

「これからは、もっと面白い物語にしよう」


 そう言って、白亜は目にもとまらぬ速さでコーマの身体を切りつけた。

 空間をも切り裂く鎌の一撃。

 それが命中すると同時に、コーマの身体は落下する。

 

 そうだ。あの鎌で切りつけられた肉体は、動きを封じられる……。


 コーマは落下する。

 高所から、重力にともなって、物凄い速さで落下する。

 頭の先から、真っ逆さまに。


「さよなら、コーマ」


 白亜がそう呟くのと同時に、コーマの身体が地面に触れて嫌な音が鳴った。

 首の骨が砕け、頭蓋骨が潰される。

 彼の唯一の眼球はそのままぺしゃんこに潰された。


 きっと即死だろう。

 近づいて確認すると、それは僕の想像通り、すみやかにこの世界での”死”を迎えていた。

 僕らはそれでようやく、彼の存在がこの世界のどこにもなくなったことを悟った。


 おそらくは、彼のいた元の世界でも。


 二つの世界のなかからあっけなく、”コーマという少年は死んでしまった”……。

 


 可哀想なやつだね、って。



 彼の膵臓を飲み込んだ僕は、悲しくそう思うことしか、できないね。




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