降魔
……俺は誰だ?
……俺の名前はコーマ。
……いいや、それは名前じゃない。誰かが勝手につけた呼び名。
……本当の名前は何だっけ。
……わかんないや。
俺の身体は城の部屋の中に横たわっていた。
蛾灯とかいう男から奪ったはずの心臓は、俺の身体の中にはもうないようだ。
辺りはひどく荒れ果てていて、部屋の屋根が崩落して事故現場みたいになっていた。
数人の甲冑頭の男が倒れているだけで、あとは誰もいない。
俺は上半身を起こすと、切り開かれた腹部から血がボタボタと落ちるのに気づいて慌てて両手で押さえつける。
その拍子に、べこりとへこむ腹。
……ああ、オレ、カラッポなんだ。
この目玉以外、あの男にみんな内臓を奪われてしまった。
これじゃ、まるで焼かれる前の青魚みたいじゃないか。
この状態になっても本当に死んでいないんだから、あの男の言葉は正しかったんだろう。
”この世界では、内臓を失っても死ぬことはありません……”
それじゃあ、この世界での死ってやつは、一体どんなものなんだろう?
この世界で死んだヤツは、一体どこに行くんだろう?
「……うう」
頭を抑える。
痛い。頭が割れるように痛い。
あいつらはどこに行った?
どうして、俺はここにひとりで倒れているんだ?
誰も起こしてくれなかった?
誰も助けてくれなかった?
俺の内臓さえあれば、俺はもう用済みってわけか?
「うう……うあああああああああ!!!!」
ふざけんな。
好きでこの世界に来たわけじゃない。
俺の居場所は病院のあの病室だった。
戻りたい。戻らなきゃ。
こんなことをしている場合じゃないんだ。
元の世界に戻って、寝ている妹に会って、それから……
「それから、どうするんだ?」
自分で自分にそう問いかけていた。
……そうだ。俺は病院の屋上から飛び降りて死んだんだった。
今更戻ってどうなるんだ?
生き返るのか?
そのまままた死ぬのか?
何もかもよくわからない。
この世界の何一つ、俺には理解なんてできない。したくない。
今すぐに目の前から全部ブチ消して、家に帰って布団にくるまって目を閉じていたい。
……グチャ。
俺の背中が燃えるように熱い。
肩の骨のあたりが盛り上がるような感覚に、おれはそっと右手でその場所に触れてみる。
……羽根だ。
爬虫類みたいなざらざらした感触の黒い翼が、俺の背中から生えてきていた。
これは何だ?
戸惑っていると、次第にその羽根と同じ質感に背中から腕へと肌が染まってゆく。
何だ? 何かの病か?
部屋に落ちていた鏡の破片に顔を写すと、そこにあったのは炭の塊のように黒く染まった悪魔の顔だった。
思わず身じろぐ。
誰だ? いや、これは……俺なのか?
そっと、右手でその悪魔に触れてみる。
頬に長い爪のあたる感覚。いつしか右手には牙のように長く鋭い爪も生えていた。
ああ、これはやはり俺だ。
また、この世界のおかしな力で俺の身体が変化してしまったんだ。
「あはは……アハハハハ」
ふざけてる。
この世界はふざけてる。
俺の心も、中身も、見た目さえも奪って弄ぶ、ここは俺の知る限り最低最悪のゴミ世界だ。
あの男は言ったっけ。
”聖なる内臓を六つ集めればこの世界から出られる”って。
確か、そう言った。
だったら俺は、それでここを出る。
もう構わない。誰を犠牲にしたって構わない。
俺はこの世界から出たい。ただそれだけだ。
望むなら、この世界を俺が粉々に砕いてしまったっていい。
「……全員、殺して内臓ブチ抜いてやる」
内臓。内臓。内臓。
妹が欲しがった内臓。今は俺も欲してる。
翼を広げろ!
俺は割れた窓に向かって勢いよく駆け出した。
翼を広げ、宙を舞う。
ああ、やっぱり空も飛べるんだ。
背中に力をこめると、そこにある羽根は自在に動いて僕の身体に浮力を生み出した。
これなら、どこへだって行けそうだ。
すっかり弱くなった雨に打たれながら、俺はそのままどこまでも飛んでいた。
俺に関わった奴ら。手始めに、あいつらを見つけ出して八つ裂きにしてやる。
「俺様の名は”ネクロシス”! どうだカッコイイだろ! ヒャハハハハ!!!!!」
ああ、大声で叫ぶって気持ちいいなあ。
誰にも邪魔されないし。今なら誰にもバカにされない。
本当の名前なんてもう、どうでもいいや。
俺は今から、ネクロシス。
ちょっとくらいダサくったっていいさ。
このふざけた世界にはそれくらいがきっと、丁度いいに決まってる。
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