根城-②

「さあ、どうぞ」


 ウォルスリーに廊下の奥にある扉まで案内されると、彼はその扉を俺の前でそっと開いた。

 ホコリ臭い空気がひゅう、と鼻先をかすめる。

 扉の隙間から、天井に吊るされたシャンデリアがみえた。

 電球ではなく、炎のランプで構成された巨大な明かり。俺が一歩中へ踏み入れると、石と木材で作られた床に大きな影がのびるのがみえた。


 その部屋は、まるで巨大な図書室のようだった。

 壁という壁を埋め尽くす厚い表紙の本、それから、部屋の中央には巨大な長机とガラスケースが置いてあった。


 導かれるように、俺はそのケースへと近づいてゆく。

 透明なケースの中には花が敷き詰められているようで、俺は思わず手でガラスの表面に触れた。


「うっ……」


 その瞬間、気づいてしまった。


 ケースの中央、敷き詰められた花の中に、顔を布袋で覆われた人体が安置されている。

 体格からして、少女だろうか。

 人形のような服を着て、眠っているのか死んでいるのか、両手を胸の上で組んでぴくりとも動かない。

 俺は振り返ってウォルスリーの顔をみた。


「白亜(はくあ)様」

「え?」

「あなたをここへ呼んだもう一人のお方です」

「死んでいるんですか?」

「いいえ、今はただ眠っているだけですよ」


 そう言うと、ウォルスリーは持っていた灯りを机の上に静かに置いた。

 俺は白亜と呼ばれた人物をガラス越しにじっとみつめる。

 眠っている?

 いいや、これじゃまるで棺じゃないか。

 なぜ、こんな場所に彼女を寝かせているのだろう。この世界に来てからというもの、気に掛かることがありすぎてやはり頭がついてこない。

 

「リバティ! シェパーズ!」


 ぱんぱん、とウォルスリーが手を叩く。

 誰かを呼んでいるようだ。

 しばらく待っていると、部屋の奥の階段からひとりの青年が気怠そうな足取りで俺の前へとやってきた。


「なんか御用っすか……」

「お客様だ。ホルマリーナ嬢が連れてきた」

「ああ、例の……」


 青年は眠たそうに俺の前で大きなあくびをしてみせた。

 ぽりぽりと寝癖のついた黒髪の頭をかきながら、俺の顔を動物でもみるようにじっと眺めてくる。

 見た目は俺より少し年上、といったところだろうか。

 ウォルスリーと同じ、執事風のスーツを纏っているが彼の襟はヨレていてだらしがない。

 とはいえ今のところ、出会った人物の中では彼が一番まともそうじゃないだろうか。

 非日常的なものばかりを見させられた俺はもう、それだけで安堵してしまう。


「リバティはどうした」

「さっきまで厨房で食事の用意を」

「そうか……まあいい。シェパーズ、この子に服を貸してやりなさい」

「まじすか。なんで俺の……」

「濡れていて可哀想だと思わないのか。それにサイズはお前の服が丁度いい」


 ちくしょう、とあからさまに嫌な顔をされながら、シェパーズと呼ばれた青年は手招きをする。

 

「こいよ」

「え、ええと……あの」

「いいから、来いって!」


 シェパーズに腕を掴まれ、俺は半ば無理やり階段の上へと連れてゆかれた。

 本当は服が濡れていたって構わなかったのだが、この状況ではどうやらそれを口にするのもはばかられたので、無言でシェパーズの後についてゆくことにした。

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