第16話 ハトよ天まで

「実はですね…」


 メルウェの神殿への道中、野営の焚火を囲んで食事をしていると前触れもなくコンコスールが神妙な面持ちで話し始めた。


「今まで話していませんでしたが、俺には想い人がいるんですよ…」

 不敵な笑みを浮かべている。


 すかさずビシドが答える。

「知ってるよ?私たちの目の前にいるじゃん。」


「エピカじゃねぇわ!!」

 いつもの調子の激しい突込みと、取り付く島もない拒否に、エピカは泣き出してしまった。


 アカネが切れ気味にコンコスールを叱り飛ばす。

「ちょっとコンコスール!!あんた何してくれてんのよ!

 エピカ泣いちゃったじゃない!アタシの妹分の純情な乙女を泣かすとはやってくれるわね!!」

 妹でもなければ乙女でもない。


「い、いや、スミマセン。でもですね、俺にも選ぶ権利があるんですよ?

 本当に、小さいころから思いを寄せていた女性がいるんですよ。」


 もうすこし追い詰めてやろうと思っていたアカネだったが、そこは年頃の女。コイバナは大好物である。

 コンコスールの過去話がたいしたことないのはよく知っているが、話が気になったようで、おとなしく聞くことにした。


「俺が以前に貴族の娘の付き人をしていたことは知っていると思いますが…」

 ゆっくりと情感を込めてコンコスールは話し始めた。


 コンコスールの言う想い人、というのはどうやらその貴族の娘のことの様だった。

 なんとこの男は身分違いの恋に燃えていたというのだ。


 仕えていた貴族が没落したためリストラされた、と聞いてはいたが、今でもその娘のことが忘れられないのだという。


「身分違いの恋!いいじゃん!そういうのを待ってたのよ!!」

 思いのほかアカネの食いつきがいい。


 これは好感触、と一層情感を込めてコンコスールが語りだす。

「忘れもしない、あれは、ある暑い夏の夕方のことでした…

 いや、違うな…秋?秋だったかな…涼しい風の吹く…

 あ、いややっぱり違うな、やっぱ夏だ。夏の朝だ。朝だから涼しい風が吹いてたんだ。」


「忘れてるじゃねぇか。」

 アカネの冷静なツッコミ。


 大事の前の小事、とばかりにアカネを無視してコンコスールが話を続ける。



 話は12年前に遡る、コンコスールが10歳の時であった。


 彼は貴族の娘の付き人としての仕事を得ていた。

 貴族の付き人としての仕事には護衛も含まれる。彼は貴族の娘、名をエイエと言ったが、彼女が起きる前の早朝、誰もいない庭で剣の素振りをしていた。


 ふう、と剣の素振りを終えて一息つく少年。彼の手には無数の潰れたマメがあった。先ほど「護衛も含まれる」とは言ったが、それは本業ではない。

 本来ならば手がマメだらけになるほどの修練を必要とするような内容ではないのだ。


 しかし彼にはそれをせずにはいられなかった。いざ、というときのため、たとえ自分の命を賭しても彼女を守りたい、という気持ちが彼にはあった。決してそれを人前に見せることはなかったが…


 一息ついて井戸の水を飲んで、血のにじんだ手を洗っていると後ろから声をかけられた。


「コンコスール…?」


 小鳥のさえずりの様な、小さい、しかしよくとおる美しい声だった。


「エイエ様、おはようございます。今日は早いですね。」


「あなた、いつもこんな早くに剣の練習をしていたの…?そんなに手を血だらけにして…」

 天使、というのはあまりにも使い古された陳腐な表現だが、彼の眼にはエイエはまさしくそのように映っていた。


 エイエはまっすぐ、コンコスールの目を見つめていた。その目は何を思うのか。


 辺りには「ホー、ホー、ホッホホー」とフクロウの鳴く声が聞こえていた。


「キジバト」


 その「キジバト」という声に…キジバト?


「それふくろうじゃなくてキジバトの声」

 ビシドである。


「いやあの…人の回想に入ってこないでください。」

 回想を止められたコンコスールが困惑しながら言う。


「フクロウはもっと低い、サルみたいな声で鳴く。」


「え?あれフクロウの声じゃなかったんだ。アタシずっとフクロウだと思ってた。

 ハトだったのかあ…」

 アカネがキジバトの話に食いついた。集中して人の話を聞くことができないのだ、このパーティーメンバーは。


「キジバトってあの、町によくいるやつですよね?灰色で、首の周りだけ緑色に光ってる…」

 エピカも続いてハト話に入る。


「それはドバト。キジバトは羽にうろこ模様のあるやつ。」

 ビシドが「常識だろう」という感じで答える。


「ん…?あれ?町によくいるのってどっちだ…?うろこ模様も緑色もあったような気が…」

 アカネが考えこみながら喋る。


「どっちもいるから多分記憶が混乱してるだけだよ。うろこと緑色両方あるやつはいないよ。」


「あの…伝書バトに使われてるのって…?」

 エピカがおそるおそる質問する。


「それはドバトの方だね。あっちはもともと家畜として飼われてたのが野生化したやつだから。人が来てもあんまり逃げないのはそのせいだよ。」

 なぜビシドはこんなにハトに詳しいのか。


「いやあのハトの話はどうでもよくてですね…」

 軌道修正しようと必死なコンコスール。


「お前の三文芝居よりハトの方が大切だろう。」

 身も蓋もないことをアカネが言う。一山いくらのありふれた話しかコンコスールができないことに気づいて、さっさと切り上げることにしたようだ。


「だいたいお前さ…なんで今、このタイミングでその話をする?

 お前に想いを寄せるエピカが仲間に入って、そのエピカが男だとわかって、このタイミングで、だ。」

 すでにアカネには話の全貌が掴めてしまっているようだ。


「お前エピカにケツ掘られたくないだけなんじゃないのか。」

「掘られたくないですよッ!」

 もはや隠しようのないコンコスールの本音。


「あのですね!俺に想い人がいるってのは本当の話ですよ!?

 それでですね、ここからが重要なんですよ!」

 なんとか流れを変えようとコンコスールが必死で話す。


「前にも話した通り、俺の仕えていた貴族は没落して財産整理をしたんです。

 でもそれだけじゃ膨れた借金は返しきれず、とうとうエイエ様が別の貴族に嫁ぐことで莫大な結納金と援助を受けて、それでやっと借金を返すことができたそうなんです。財産整理から先は、また聞き情報なんでアレですが。」


「そ、それはつまり…?」

 エピカとまだハト話で盛り上がっていたビシドが向きを変えて食いついてきた。


「政略結婚ですよ!!」

 コンコスールが力強く答える。


「なんだって!!ということはつまり…?」

 さらにビシドがつっこんでくる。


「エイエ様は親に売られたんです!!」

 コンコスールは絶好調である。


「なんだと!もういっぺん言ってみろ!!」

 なんだかビシドの様子がおかしい。


「エイエ様は借金を返すために望まぬ結婚をして、その結果、家の借金を返すことができたんです。」

 だんだんとコンコスールの勢いが落ちてきた。


「ということはつまり…どういうことだ…?」


 ビシドの質問に段々疲れてきたコンコスールが力なく返す。

「ビシドさん、話についてこれないなら無理して質問しなくていいですから。

 もうこの話は勇者様だけ分かってくれればいいんで。」


 これに対しアカネは核心をつく問いかけをした。


「いや実際お前の話分かりづれぇよ。

 結局お前はその話をして何がしたいんだよ。お前の目的を言えよ。遠回りじゃなく。

 この『察してちゃん』が!」


 コンコスールは少し黙った後、決意したように語った。


「つまりですね…エイエ様を政略結婚の牢獄から救い出して、自由の翼を与えたいんです。

 彼女を本当に愛する者の手で救いたいんです。

 そして愛する者同士が結ばれるべきなんです。


 さらに、ちょうど今越えている峠を下りた町にですね、エイエ様の嫁ぎ先、ギヤック家の屋敷があるはずなんです。

 俺がしたいこと、というのは彼女をこの手で救い出して結ばれることです。」


 どうやらエイエとコンコスールが相思相愛であることを前提に話を進めているようではあるが、彼は目的を率直に語った。

 異常にポジティブであることを除けば話としては筋が通っている。


「ふん、やっと本音を語ったな。その話にのってやるよ。

 但し指揮を執るのもエイエを説得するのもお前だぞ?

 荒事になればそりゃ手伝ってはやるけど、今度の主役はお前だからな?

 お前はお前の物語を生きるんだよ。」

 アカネは「その言葉が聞きたかった」とばかりに偉そうに講釈をたれるとコンコスールの肩をぽん、と叩いた。


 ビシドが何やら呟いている。

「私たちの目的は、エイエって奴を牢獄から解放すること…そして翼を与える…ハトになるってこと…」


「ビシドさん…ハトの話はもういいです。あと、牢獄とか翼とかは比喩表現ですから…

 今の話はもう忘れてもらって結構なんで…質問はもうしないでくださいね。」


 ビシドはサバイバルと戦闘では無類の強さを見せるが、少し難しい話になると途端についてこられなくなるのであった。


 峠の夜はふけていく…

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