第10話 ホントに剣聖?
「とんでもないことしてくれたわね、コンコスール…」
剣聖の修行場から少し離れたベイヤット山の山中にアカネたちは野営地を構えていた。
腕組みをして怒っているアカネとビシドの前でコンコスールは正座をしている。
「イヤ…ホント…調子コイてすんませんでした…」
煽りに煽ったさすがのコンコスールも反省しきりである。
少し考えながらアカネが二人に問いかけた。
「実際、あの剣聖って強さはどうだと思う…?」
一番身体能力と実戦経験の高いビシドが答える。
「歩いている時、正中線のブレが全くなかった。アカネちゃんの話を聞いている時も、片足に重心を乗せたりしないでまっすぐ立ってて、ひざは軽く曲げた状態で、もしあの場で突然切りかかってもすぐに対応できそうな体勢だったと思う。実力者なのは間違いないよ…
ただ、それも切れる前までの話だけど。切れた後は見るからに前のめりになって、重心も滅茶苦茶だった。」
ビシドの冷静な分析である。あの場では空気のようになっていた彼女だが、さすがに状況分析はきちんとできている。
「そうなんだよね~、あの切れ方、尋常じゃなかった。正直あんなに前後不詳になるまで切れた状態ならあの場で戦えば勝ち目もあったかも、なんて感じちゃうんだよ。
まあ、『そう見せる』のまで含めて剣聖の作戦である可能性もあるけどね。」
アカネが剣聖の切れ様を思い出しながらさらに続ける。
「本当に、尋常な切れ方じゃなかった…あいつホントに剣聖なのかよ…?人間できてなさすぎだろ。」
身震いしながら軽蔑交じりにアカネが言った。
「ははは、勇者様に人間性言われるなんて終わりですね。」
コンコスールが言い終わるか終わらないかのうちにアカネの拳がコンコスールの顔面をとらえた。「スミマセン」と鼻血を出しながらコンコスールが謝る。
「お前ホント自重しろよ…?」
奴隷市のオヤジが言ったように奴隷への暴行は犯罪であるが、さすがに今回はコンコスールが悪い。
「で、でもですね?勇者様、あんなやつその場で切り捨てればよかったんですよ!」
正座したままコンコスールが口をはさむ。
「いや、野盗一匹にてこずってるアタシが剣聖相手に戦えるわけないでしょう?」
しかしコンコスールはまだ食い下がる。
「そりゃ尋常の勝負ならそうかもしれないですけどね?勇者様にはその『勇者の剣』があるじゃないですか!その剣でもって刃の届かない遠距離から雷で攻撃すればですね…」
「ん…?」
「え…『勇者の剣』?」
ビシドとアカネが聞き返す。
「そうですよ!陛下から下賜された『勇者の剣』!それがあれば剣聖なんて…」
どうやらコンコスールは大きな勘違いをしているようである。
途端にビシドとアカネが一様に険しい顔になり、黙りこくった。
「え…あれ?勇者様?その『勇者の剣』でですね…」
「持ってねぇよ」
アカネが一段低い声で答える。コンコスールがなおも食い下がろうとするが、アカネが一喝する。
「『勇者の剣』なんか持ってねぇってんだよ!!」
コンコスールが驚愕した顔で返す。
「ええ~!?嘘ですよね?俺聞いてますよ?魔王討伐に向かった勇者は王家に伝わる雷を操ると言われる『勇者の剣』を下賜された、と聞いてますよ!?」
むくれっつらでアカネが答える。
「アンタね…勇者がアタシ一人だと思ってんの?」
ようやく自分の勘違いに気づき始めたコンコスールは震えながら、それでも疑問符を浮かべる。今自分の思い浮かべた答えが間違いであってほしい、と神に懇願しているのだ。
「アタシの他に、もう一人、『ステファン』っていう勇者がいるんだわ。『勇者の剣』をもらったのはそっち!ついでに歴戦の勇士を従者として連れてんのもそっち!!」
アカネは王宮での屈辱を思い出しながら怒りが込み上げてきたようだ。
「ええ…?じゃあビシドさんは歴戦の勇士とかではなくて…!?」
「王宮メイドのビシドちゃん、デス!」
ビシドが小首をかしげてにっこりとスカートの裾を両手の指でつまむ仕草をする。この空気でおどけられるハートの強さよ。
さらにコンコスールが続ける。
「じゃあ、…その腰に下げてる『勇者の剣』は…まるでマチェーテのようですが…」
「ただのマチェーテじゃい!」
アカネが無慈悲に一喝する。
正座したままコンコスールがその場に崩れる。
「ああああああ!!勇者ガチャしくったあああぁぁ!!」
どうやら町での一件を根に持っていたようだ。こんな時でも仕返しは忘れない。
「だ、だって!おかしいでしょ!?ただの女の子にメイド一人つけて魔王討伐を命じるって!!それじゃ王家が頭おかしいことになっちゃうじゃん!?」
「いいこと教えてやる。その通りだよ。
頭おかしいんだよあいつら。」
狼狽するコンコスールにアカネが事も無げに言う。
ひとしきり騒いで落ち着いたころ、空気を変えようとビシドが話し始めた。
「でも実際どうすんの?アカネちゃん…なんか策はあんの?」
腕組みをして少し考えこんでからアカネが答える。
「策か…策ならないこともない。」
おお、と感嘆の声を上げながらコンコスールとビシドの顔が少し明るくなった。
アカネは辺りをぐるぐると歩き回りながらゆっくりと話した。
「まず、私たちには策以前に現在3つの道がある、と思う。
第1は正攻法でエルヴェイティを倒すこと。
次に、エルヴェイティに謝り倒して怒りを抑えてもらい、当初の予定通り稽古をつけてもらうこと。
最後に、あいつら無視して山を下りる、まあ要するに逃げるってこと。」
アカネが歩きながら話し続ける。どこに向かおうとしているのかはわからないが、コンコスールも立ち上がり、歩きながら話を聞くことにした。
「最後の手は考えられない。これから魔王を倒そうってのにあんな放課後のクラブ活動程度の鍛錬しかしてない奴も倒せないようじゃ話にならない。それに「勇者が逃げた」って話が広がればこの先の旅にも支障が出かねない。アタシたちはステファンみたいに国王に旅先での支援を約束されてるわけじゃないからね…民の信頼は実力で勝ち取らなきゃならない。」
なおも歩きながらアカネが続ける。
「2番目の手も正直厳しいと思う。毎日2時間程度の鍛錬じゃ教えてもらってもたかが知れてるし、なによりあの人格破綻者の剣聖が素直に謝罪を受け入れるかどうか…」
決意したような表情でアカネが続ける。
「やっぱり剣聖は倒すしか道はない。
…策はこうだ、まず剣聖を倒す。」
「ん?」とビシドとコンコスールの表情が一変する。何やらアカネの様子がおかしい。しかしアカネは話をそのまま続ける。
「次に、剣聖の『奥義』を力づくで強奪する。」
最早話が明後日の方向に独り歩きし始めた感がある。
「最後に、剣聖の姪を仲間にする!!」
耐え切れずコンコスールがアカネに詰め寄る。
「ちょっとちょっとちょっと、勇者様!?」
アカネの表情を見てコンコスールの額に脂汗がにじむ。目の焦点があっておらず、とても尋常であるとは思えないのだ。
「あ、あのですね、勇者様。ちょっとツッコミが渋滞起こしそうなんで一つずつ行きますよ?いいですか?」
聞いているのか聞いていないんだかよく分からない表情のアカネの反応には期待せず丁寧な口調でコンコスールが続ける。
「えっと、まずですね?その場にただ居合わせただけの姪を仲間に誘うってのがまずおかしいですよね?彼女剣が使えるかどうか先ずわからないですし。誘うならそもそも剣聖の方ですよね?
次にですね?「奥義なんてない」って暗に言ってた剣聖から奥義を強奪するってのもおかしいですよね?そもそも奥義って強奪するもんなんですか?」
アカネが段々と早足になってきたが、辛抱強くコンコスールが話を続ける。
「最後にですね?そもそも俺たちが話し合いたいのは剣聖を倒した後じゃなくてですね、『どうやって剣聖を倒すか』って内容なんですよ?って、勇者様!?何走ってんですか!!」
最早アカネの速度は全力疾走に近い。
泣きながらアカネが叫ぶ。
「だって!!だって無理だもん!!剣聖を倒すなんて!!それに普通は!!あんなおっさんじゃなくて、外見の映える女の子の方を仲間にするもんじゃん!!
ああ~!!もういやだああぁぁぁ!!」
「現実から逃げんなあ!!」
ベイヤットの山中で、鬼ごっこが始まった。
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