第139話 One sheep, one night
愛奈、オクトパス説から数時間後、時間はすっかり夜になってしまっていた。
ピピピ。
脇に挟んだ体温計が俺を呼び出し、測定を終えたことを告げた。
取り出した体温計は生暖かく、嫌な予感をさせた。
しかし、示された体温は意外にも平熱に近かった。
そうやって、風邪が治ってきたことを自覚すると、風邪特有の倦怠感もなくなってきた気がする。
あと何日か安静していれば、風邪も完治して、凛の退院パーティには間に合うだろう。
今日は大変な一日だったと回顧しながら、俺は椅子から立ち上がって体温計を元の引き出しに戻した。
「何度でした?」
「37.2度」
「まだ少し高いですねー。早く寝た方がいいですよ? ていうことで、寝ましょうか」
「そうなんだけど……おい、何でまだいるんだ」
このままいけば明日には治るかなと思っていたのだが、久野家の問題児こと、愛奈がなぜかまだ家にいた。
夕飯も作って昼ごはんと同じように食べさせくれて、ちゃっかりお風呂に入り俺のTシャツを着た愛奈が、俺より先に布団に入っている。
「なし崩し的にここまで来たけど、そろそろ説明してくれませんかねぇ! なんで帰ってないんだよ」
「説明って言われましても……、賢太くんの看病するためですよ。まだ完治していませんから。そもそも、そのために今日来たわけですし」
「嘘つけ。違うだろ、本当は昨日のことがあっての、紗季への牽制としてきたくせに」
「ぐっ、で、でも、結果的には良かったじゃないですか! 私がいなかったら、今頃くさやになっていましたよ!」
「くさや言うな。せめて、干物に留めてくれ」
愛奈は断固として帰らない意志を、若干有耶無耶にしながらも理屈の通らない力業で伝えてきた。
正直、今日の愛奈には頭が上がらないほどに感謝しているが、それとこれでは話が違う。
というのも、俺は今までに女子を家に泊めたことはない。
理由は単純、万が一でも過ちを犯したくなかったからだ。
それなのに、愛奈がこうして泊まろうとしている。っていうか、泊まる。
吹っ切れた愛奈という飢えたライオンが同じ布団で寝る。
本当に帰ってほしい。そして、また翌朝来てほしい。
「じゃあ、賢太くん。電気消してください。恥ずかしいので」
「何が恥ずかしいだよ、何も起こんねぇよ……」
俺の祈りとわがままが届くことはなく、愛奈はニコニコとした笑顔で電気を消すのを布団で待つ。
律儀に俺の分のスペースを開けてくれているのが、なおさら嫌な未来を彷彿とさせる。
あと、どうやら、自然と照明のスイッチに近い俺が消灯係になっているらしい。
「ほらっ、はやくはやくぅ。消灯後の恋バナ、しちゃいましょうよ」
「はぁ……」
なんで大学生にもなって、中学校の修学旅行の夜みたいなことを元カノしないといけないのだろうか。
バタ足で埃を立たせる愛奈を見て、俺は溜息が尽きながら電気を消した。
「ほらほら賢太くん、ここですよ」
「見えなくても布団の位置ぐらいわかるって、家主だぞ」
「違いますよ~、布団の中でも領土が決まってるから言ってるんです」
相変わらずの鳥目な俺は、窓から差し込んだ月光と愛奈の声を頼りに布団を目指す。
間違えて愛奈を踏まないようにすり足で進むと、まるで俺が夜這いしているようで変な気分になってくる。
「よし、寝るか」
「はい! 寝ましょう!」
俺は布団に着いて毛布を被ると、高らかに睡眠宣言を発令した。
愛奈がその宣言に同意したことなど気にもせず、愛奈がいない方を向いて、全身全霊で寝る努力を始める。
寝る努力という、一見真反対に思われることを俺は行う。
これも全て、午前中に寝すぎたことと、初めて女子と同じ布団で寝るという緊張が感のせいだ。
「なんでそっち向くんですか……」
「俺、人の気配があると寝られない体質なんだよ」
「それだったら私も、賢太くんの寝顔見ないと寝れない体質なんですよ?」
「Zzz……」
背中の方から聞こえる乞いねだる声を無視して、俺はいびきを意識的に出し始めた。
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