第90話 今の俺たち
「こうやって思い返してみると、俺たちも中学時代は色々あったよなー」
「そうね、これほどの出来事を経験した人は滅多にいないわよ」
結局、紗季の家(叔母さんの家)に上がった俺は、いつの日かと同じようにお茶を召し上がっていた。
今回は俺が淹れたわけでなく、紗季が淹れてくれたのが一番の大きな違いで、俺が淹れたお茶より三十倍は美味しい。
話した時間が長くて冷え切ってしまったけど、それでも美味しい。
「その時と考えたら紗季ってだいぶ変わったな」
「変わるように努力したからね。中学の友人に会ったら気づかれない自信すらあるわ。よいしょっと」
そう言うと、紗季はキッチンに足を運んでお湯を沸かし始めた。
どうやら考えていたことは同じだったようで、お茶を淹れ直してくれるらしい。
もう夜になっているので帰りたいのだが、人の親切を断るのも悪い気がする。
「口調もだいぶ変わっちゃって、あの頃の可愛い紗季はどこに行ってしまったのかしら……。今では叔母さんの口調にそっくりだ」
「あら、失礼ね。これでもまだまだ似てないわよ」
「えっ、意図的に近づけてんの?」
「そ」
ここにきて衝撃の事実。
中学のある日を境に口調がクールになっていたから、中二病かなにかだと思って静観していたが違うらしい。
だって、それまでかわいらしい女子の口調がクールビューティーな大人になったんだぞ。
『あっ、髪の毛切ったんだね』とか、そういうちゃちなレベルじゃ断じてないん。
口調の変化は髪型の変化程、頻繁に起こるわけではないし。
「なんでまた、そんなモテない人のを参考にしてるんだよ?」
「だって、私が知る限りあの人が一番強い女性なんだもの。悪いかしら?」
「いや、似合ってると思うよ」
紗季がリビングからでも見えるほどに顔をむっとさせたのでフォローをする。
中学の頃より体も顔つきも成長して、本当に美人になった今では本当によく似合う。
だから戻してほしいとか思ってはいない。
ただ脳裏に叔母さんの顔がよぎるだけで。
「そう言えば、やっと思い出したよ。院長ってあの時のドクターだったんだな」
「あら、今更ね」
もともとこの家によるきっかけとなったのは院長の正体を知るためだったのを思い出し、話を変えた。
別に叔母さんの顔がよぎって、めっちゃ怒られたトラウマが帰ってきたからではない。絶対にそうじゃない。
「院長も出世したわよねー。数年前までは普通の医者だったのに、あんな大きい病院の院長になるなんて思わなかったわ。それのせいで気づくの遅れたし」
「そうだよなー。院長も言ってくれたらいいのに、まったく言ってくれなかったからな」
そう言いながらヒントもなかったのかと思い返してみると、所々にあったのを思い出す。
出会った面接時から俺のことを知っていたような言動していたし、前に院長が退院した患者の写真を見ていた。
きっとその時、昔の写真で紗季と一緒に写っていた俺と見比べていたのだろう。
いや、分かるわけねぇわ。気づけるかよ。
「はい、お茶。もう冷めちゃってたでしょ?」
「悪いな。熱中症の病人を働かせて」
「別にいいわよ。 親友でしょ」
親友、か……。
「俺たちって親友なんだよな」
「ええ、当たり前でしょ。これまでも、そしてこれからもずっと親友よ」
紗季の優しい微笑みを見て、中学校時代の俺を褒めてやりたくなった。
あの時は紗季との関係性を色々と考えたが、今となってはたった一つの正解ルートを歩んだのではないかと思う。
もしあの試合会場でぶつからなければ、ずっと試合を続けなければ、家に行かなければこうはなっていなかっただろう。
本当に自分で自分を褒めてあげたい。
お前のおかげで紗季はここまで明るく、強く、魅力的になったよ。
唯一無二の親友を手に入れられたよ。
本当にありがとう。
「これからも賢太に対しては遠慮しないから覚悟しなさいよね」
「ああ、どんとこい」
そう言って俺は渡されたお茶を一気飲みした。
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