第67話 院長と親友


 結局、今日はサークルを早退して紗季を病院へと連れて行く。

 一人では心細いし、万が一の時があったときに困るので愛奈にも付いてきてもらった。


「大きな病院ですね」

「だろ、俺のバイト先でもあるんだ」

「えっ、そうなんですかっ⁉」


 俺の左手を握った愛奈は、ブンブンと手を振りながら話しかけてきた。

 俺と手をつないだことが嬉しいのか、バイト先を知れて嬉しいのか分からないがすごい元気だ。


 そういえば、愛奈にバイトの話や病院の話はしたことがなかったような気がする。

 凛のことも言ったことが無かったが、これはまだ言わない方が身のためだと思うので墓までもっていくことにしよう。


「ちょっと、今大声出されると熱海に響くから勘弁してくれないかしら」

「あっ、ごめんな」


 左にいる元気な愛奈とは対照的に、右にいる紗季は未だに体調がすぐれていない。

 文句を言うときに俺の右手を強く握れたことから、少しは良くなったみたいだが。

 


 だからと言って、俺の右手に爪痕は残さなくていいのに。

 良くなったことの証明方法がツンすぎるんよ。


◆◇


「はぁ、なんて日よ……」


 病院での診察を終えて、俺たちは待合室に座っていた。

 診察の結果、軽度の熱中症とのことで軽い治療を受けて診察は終わった。

 病人を歩かせてここまで来たので、同伴者の俺たちが怒られるかと思ったがそんなことはなかった。


「まぁ、良かったじゃないか。入院とかも必要ないらしいしさ」

「そうですよ。不幸中の幸いってやつですよ。気づいてくれた賢太くんに感謝すべきですよ」

「そうね……」


 俺だけでなく、愛奈の援護射撃の指摘を受けた紗季は、珍しく反省の色を浮かべた。

 よほど熱中症が辛かったのだろう。


「それに懲りたら我慢するなよ? 俺たちは親友なんだから困ったことがあったら言えよ」

「親友ね……」


 俺の小言に、紗季は小声で何かを言った。

 口が動いていたことから何かを言ったのは確定だが、残念ながら聞こえなかった。

 愛奈も聞こえなかったのか、眉をひそめている。


 何を言ったのかを深く考えようとしたが、紗季は暗い表情を一転して笑顔を作った。


「そうね、親友なんだから次からは頼らせてもらうわ」

「お、おお。そうしろよな」

「あー、いいなー。賢太くんさっきの言葉私にも行ってくださいよー。あのイケメンセリフ受けてみたいですー」

「いやだよ、受けたいなら体調崩せ」


 愛奈が暗い雰囲気を弛緩するようにふざけてくれたため、おふざけムードが流れ始めた。

 こういう時に、愛奈の空気を読める能力はありがたい。


 そうでもならなきゃ、紗季の笑顔を作った理由を追及してしまいそうだったから。


◆◇


 これ以上病院にいても迷惑になりそうなので帰り支度をしていると、院長が廊下を歩くのが目に入った。

 凛の退院祝いで訊きたいことがあったので話しかけることにしよう。


「ちょっと院長に挨拶してくるわ」

「分かったよー。有峰さんの監視は任せてっ!」

「もうちょっと、マイルドな言い方は無いのかしら」


 犬猿の仲の二人を残すのは少し心配ではあるが、仕方がない。

 俺が院長の方に向かって歩き始めると、院長も俺の存在に気づいて俺のほうに歩いてきた。

 

「どうしたんだね、久野君。今日はバイトでもないし、阿瀬君に会いに来たのかい?」

「いいえ、今日は友人が熱中症になったので患者として来ました」

「熱中症⁉ なかなかに危険じゃないか、大丈夫だったのかい?」

「はい、軽度だったので大丈夫でした。ほら、あそこにいる彼女がそうです」


 そう言って、俺は愛奈に好き勝手いじられている紗季を指差した。


 って、あいつら何してんの!

 愛奈が、紗季が本調子じゃないからって紗季の髪をいじっている。

 紗季の黒髪をおろしている髪型が、一本のポニーテールになっている。

 紗季のポニーテール姿は、出会ったばかりの中学時代を彷彿とさせる。


「ん? あれは」


 院長が俺の指さした先にいる紗季を見て、目を鋭くした。

 そして自分の目を疑っているように、目をごしごしとしてもう一回紗季の姿を確認した。


 なんだろうこの変質者。

 現役大学生モデルを見て興奮でもしているのだろうか。

 紹介しなければよかったかな……。


「ちょっとごめんね」

「ちょ、ちょっと」


 俺に一度詫びを入れて、院長は足早に紗季の方へ向かった。

 いきなりの行動にびっくりした俺は、この不審者の動きを止めることはできなかった。


 そして院長は紗季の前に着くと、期待を込めたような表情で質問した。


「君は、もしかして、有峰紗季さんかな?」

「えっ、は、はい。」


 紗季は一瞬戸惑いの表情を見せたが、その後すぐに大きく目を見開いた。







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