第59話 元カノと問題点


「染井さんとは高校時代に知り合ったそうですが、会った当初の印象はどうでしたか?」

「そうですね。僕にとって染井さんのファーストインプレッションは最悪でしたね」

「そうなんですかっ? それはとても意外ですねっ」


 アナウンサーさんは俺の返答に興味を抱いたのか、俺の瞳を覗くように前傾姿勢になる。

 結果として、俺に上目遣いをしたような姿になるが、当の本人は気づいていないのか気にしていない様子。


 年上のお姉さんがする上目遣いは滅多にお目にかかれないので、ドキッとしてしまう。

 これがギャップ萌えというやつか。ありだな。ありよりのあり。


「そ、そうなんですよ。当時から見た目は申し分なかったですが、性格は最悪でした」

「へー、どんな性格だったのか気になりますね」

「世間で言うところの、小悪魔と言ったところでしょうか。学校の男子ほとんどを虜にしていましたね」


 そういって、俺はあの日の愛奈のことを思い出す。

 手当たり次第に男を堕として手駒にする愛奈。

 そこに恋愛感情はなく、ただ自分の価値を高めるために男を侍らす。

 そんな愛奈が苦手で仕方なかったのに、一回付き合うことになって、今では欠かせない存在になってしまった。

 

 恋というものは思っている以上に難解らしい。


 俺が物思いにふけっていると、アナウンサーさんがニヤつきながら俺を見ていることに気づく。


「それで久野さんも染井さんにぞっこんになったということですね?」

「違いますよ。友達です」

 

 ぞっこんという死語聞き流しながら、俺はきっぱりと否定する。

 『元カレです』なんて言った日には俺に殺害予告が来ることは火を見るよりも明らかだ。

 せめて成人してから死にたいので。


 部屋の端で頬を膨らませた愛奈を俺はすっと視線から外す。


「でも、染井さんはミスコンで彼氏がいると発言して炎上してましたよね?」

「そ、そうなんですねー。あ、あはは」

「そうなんですよ。だから、それが久野さんかなって思いまして……」

「まさか、僕な訳ないじゃないですかー」


 なぜかやけに食いついてくる女子アナさんを俺は直視することができない。

 だって、すっごいジト目で見てくるんだもん。

 

 部屋の端で小声の呪詛を吐いている愛奈を俺はすっと記憶から外す。


「ならいいんですけどねっ」

「……?」


 なんでこの人俺の胸触ったの?

 逆セクハラなら通報されないと思うなよ。


◆◇


「賢太くん、お話があります」

「俺はないから帰る」

「私はあるんですっ」


 インタビューも終わり、テレビ局から帰ろうとする俺を愛奈が止めた。

 俺の前に回って、両手を広げて通せんぼのポーズ。

 顔から察するに、俺のインタビュー内容に不満が最後までたっぷりなんだろう。


「なんですかあのインタビューは?」

「一生懸命にやったろ」


 一般人なりに頑張ったと思うんだが。

 今日の夕飯は自分へのご褒美として、外食にしようと思ったぐらいには頑張った。


「別にインタビューの内容の話はしてないんですよ」

「え? そうなの」


 インタビューの内容に関しては文句は受け付けるが、それ以外なら文句の言われがない。

 今日はスタイリストさんに全力で盛られたから容姿には自信もあるし。


「女子アナさんといちゃついてましたよね」

「えー?」

「なんですかあの女。私の賢太くんに色目使いやがって……。確かに今日の賢太くんはいつもの賢太くんとは違うキリッとした姿に惹かれるのは分かるし、一目ぼれしてしまうのは仕方ない。だからといって、カメラの前であんな発情期の猫みたいな顔しますか普通? ちょっと人気があるからって調子に乗りやがってるんですね。これは一度痛い目に合わないと分からないんだろうなー。だったら、私がしっかり……」

「お疲れさまでしたー」


 急に自分の殻にこもって早口で何か言いだした愛奈を、俺は怖くなったので置いて帰る。

 あの顔の愛奈は放置するに限る。

 世の中には放置することで喜ぶ女子もいるし、レベルが上がる女子もいる。

 ネットの話と広告で知ったことだけど。

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